第23話 ネルの目的地
使わせてもらってる部屋を出て受付に向かうと、三十代くらいのおじさんが座っていた。
……なんとなく、この辺に詳しそう。
「すみません。少しお話しいいですか?」
「えっ、ああ、アンさん! もちろん! 私なんかでよろしければ!」
あ……ここではアンだったわね。
なんだか気持ち悪いけど、ここで訂正すると怪しまれちゃう。
ここは我慢するしかないわね……。
「あの、この先の道って何があるんですか? その……行き先はいつも兄任せなので、あまり詳しくなくって」
「この先ですか? この先でしたら、ウィンベルンという国があるだけですね」
「ウィンベルン、ですか」
「はい。魔術大国でアリアンまでとは言わないもののかなりの強国です。ですが、昔からアリアンとは仲が悪くて……なのでこの街道は人通りが少ないんですよ」
「そうなんですか。他には何もありませんか?」
「他……ですか、うーん。兄妹で向かうところとなると他には無いかなあ。あとあると言えば、盗賊団のアジトぐらいですから」
「盗賊団……!」
「ええ、”
「盗賊団のアジトって、知られてるものなんですか? その、バレたら潰されそうな気がするんですけど……」
「それがね。金さえもらったらどんな依頼でも引き受けるってんだから、いろんな国が裏で贔屓にしてるって噂なんだ。だから、どこも潰しに行かないんだと」
「そんな……」
「おかしいよなあ。それもあって余計にこの辺は人通りが少なくってよ。嫌になっちゃうぜ、まったく」
……まさか。
ネルがその盗賊団の手下で、私を連れて行こうとしてるのがそのアジト……ってことはないよね?
私を助けて、励ましてくれたけど。
それも演技だったかもしれないってこと?
嫌な予想をしてしまい、心をかき乱される。
悪い感情を追い出そうと、顔を左右にブンブンと振る。
……はあ、きっと疲れてるんだ。
部屋に戻って休もう。
おじさんに「どうもありがとう」と言って、部屋に戻ろうとする。
すると、私の前に小さな女の子が立っていた。
「はい! お姉ちゃん、これあげる!」
女の子が差し出した手には、お花で作られた冠が握られていた。
「わあ……! ありがとう。これ、あなたが作ったの?」
「うん! お母さんとつくったのー! こっちはお兄ちゃんの! はいどうぞ」
もう一つ花冠を受け取る。
私用の冠はオレンジと赤の花で作られていて、ネルのは白と黄色でできていた。
「どちらもとっても素敵ね。ありがとう、大切にするね」
「うん! お姉ちゃん、お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!!」
なんの疑いもない純真な笑顔でそう言った女の子は、タタタと外へ駆け出して行った。
「すみません、うちの娘が。ご迷惑でしたらお預かりしますので」
「……とんでもありません。とてもいい子ですね」
お花の冠を手に「大切にしますよ」と言い、その場を後にした。
ネルは信じられる。
そう感じたんじゃない。
私も、ちゃんと信じてみよう。
部屋に戻ると、ネルはもう目を覚ましていた。
「おう、どこ言ってたんだ?」
「……ちょっと散歩にね。それより、もう起きたの? 十分くらいしか寝てないじゃない?」
「慣れてるからな」
『ルイ! 部屋は? 部屋は増やしてもらえたのですか?!』
「そんな話してないよ」
『そんな……ルイ、どうして……』
「部屋? なんのことだ?」
「ううん、気にしないで。それより……ハイ!」
先ほどもらった花冠をネルに渡す。
「ここの女の子が作ってくれたのよ。こっちが私ので、これがネルの。お母さんと一緒に作ったんですって」
「……そうか」
「……ハイ!」
「まさか、俺に被れって言うんじゃないだろうな?!」
「そうよ? せっかくお礼に作ってくれたんだもの。あんな小さな子の好意を無駄にはしないわよね?」
被るか、被らないか。
葛藤しているのだろう、ネルの表情が固まったまま私の差し出した冠を見ている。
「だーーー! わかったよ! 被ればいいんだろ! 被れば!」
ネルはヤケクソ気味に私から冠を受け取ろうとするのを、私は「優しくね!」と諌める。
一瞬動きが止まったネル。
私の言う通り優しく受け取り、額当てをとって花冠を被る。
「似合う! うん、似合うよ!」
「嬉しかねえぞ」
「でも、あの子きっと喜ぶよ!」
「それはよかったな」
「うん!」
ネルは「ふん」とそっぽを向くが、その顔はまんざらでもなさそうだった
……やっぱり。
ネルは優しいよ。
ネルが私たちを騙してるなんて、そんなわけない。
その後のお食事は、私たちのために盛大な宴を開いてくれた。
嫌がるネルを説得して花冠を被ったまま参加させたら、冠を作ってくれた女の子はたいそう喜んでくれた。
喜ぶ女の子を見るネルの顔も、優しい笑顔だった。
その夜、私は安心して寝付くことができた。
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