第21話 元勇者様

 あの後、実験設備を物色したものの有益な情報は得られず。

 今は砦から出ようと出口まで歩いているところ。


「結局、ネルが尋問した以上のことはわからなかったね」


「ああ、そうだな」


「……けど、たくさんわかったよね! 魔人がどんな実験をしようとしているかーとか、他の勇者を助けられるかもしれないーとか」


「……助けられるかもってのは、俺の想像の域を出ないけどな」


「それでも、助けられるかもしれないってわかったのは本当に嬉しいよ! ありがとね、ネル」


「……ま、それなら良かったさ。これで気になることは片付いて、やっと俺の目的地に来てくれるんだろう?」


「うん。いいよ」


「……どこに行くか聞かないのか?」


「うん、あなたのこと、信じてるから」


「……そうか」


 入り口から外に出る。


 宿場の人たちを助けた時みたいに眩しい太陽が照りつけてくると思って、手で目の周りに影を作りながら出る。


 しかし、その必要はなかったみたい。



 来た時は晴れていたのに、いつの間にか青空は分厚い雲に覆われて見えなくなっていた。


「あれ。さっきまでいい天気だったのに。通り雨でも来るのかな」


 なんて私が呑気に空を見上げていると、ネルは腰の二本の剣抜き、腰を落として両手に握り締めていた。


「ルイ!! 構えろ!!」


 ネルの只ならぬ警戒。

 さっきあんなに余裕で尋問をしていたのに、その顔からは恐怖に近い焦りが見えた。


「よく見てみろ。まさかのお出ましだ」


 そう言われ目を細めてみると、遠くに人影が見える。


「”探雷針サーチライト”」


 ラウから周りの情報を受け取る。


 私たちの前方に、まあるくて穏やかな気配を感じる。


「この感じ、宿場の人たちを助ける時にも感じた気配だ」


「なるほど、泳がされていたってわけか……」


「……ネルさっきから何を言ってるの?」


「よく見てみろよ。こっちにゆっくり歩いてくるだろう? 元勇者様がよ……」


「……まさか!」


 徐々に大きくなる人影に目を凝らす。


 あれは……。


 まさか……。


 まさか!


「リーカさん?!」


「あら、ルイじゃない。こんなところで会うなんて偶然ね」


「何が偶然だ。ルイを狙ってきたんだろう?」


「失礼しちゃうわね。なんの証拠もないくせに、あなたがそう思いたいだけでしょ? 押し付けないでくれる?」


「……言ってろ」


 確かにリーカさんだ。

 いつもの喋り方に、優しくも強気な表情。


 けれど、前とは違うところが一つ……。


「リーカさん、その角……」


「ああこれ? いいでしょう? 魔王様につけていただいたのよ。見た目もいいし、力も湧いてくる。最高よ!」


 ……ああ。

 わかってはいたことだけど。


 実際に目にするときつい。


 リーカさんが、”魔王様”だなんて口にするなんて……。


「そうだルイ! あなたもこっち側にきなさいよ! 私が紹介してあげるから心配ないわ」


「ふざけるな! 誰が魔人の仲間なんかになるか!!」


「あのねえ。あんたには話してないの。……てゆうか、何よこの小僧。まさかルイのボーイフレンド?」


「ち、違います! ネルは……私の飼い犬です!」


「なんだよそれ!」


「あらあら、ボーイフレンドよりもな関係なのね、失礼。ならいいわよ、あなたも一緒に魔王様に紹介してあげるから」


「だから……ふざけんなって言ってんだろうがーーー!!!」


 ネルがすごいスピードで飛び出し真っ向からリーカに向かって切りかかるも、リーカはそれを両手に持っている杖で軽々と受け止める。


 ……あ、戦闘中は敬称略です。


「へえ、なかなか早いわね。けど、軽いわ」


 リーカが杖を振り抜くとネルは空中へ放り出されるが、宙でくるりと体勢を整えて着地する。


 距離を取り違いに見合うネルとリーカ。


『ルイ、聞こえるか』


 すると立ち尽くして見ているだけだった私に心伝石から声が届く。


『俺が近接で攻める! 合間に遠距離から攻撃してくれ!』


『え。でも、リーカさんと戦うなんて……』


『こいつの狙いは十中八九お前だ! 伝説の武器の使用者を抑え込めば人側の勝機はかなり薄くなるからな。お前もここで戦わなければ、こいつみたいに人間を襲わさせられるんだぞ、それでもいいのか?!』


『それは……』


『よし、行くぞ!』


 私の答えを待たず向かっていくネル。


 素早くリーカの周りを回りながら、攻撃を加えての即離脱を繰り返してる。

 私は目で追うのがやっとだけど、リーカはそれを難なく受け流している。


『どうしました、ルイ。見ているだけですか?』

『ラウ! けど、あんな優しくしてくれたリーカさんに攻撃するなんて……』

『見た目はリーカですが、今の彼女は魔族に操られています。彼女とて、自分の意思では無いとはいえ人間を襲っている状況は本意では無いでしょう。ここで止めてあげるのも優しさです』

『……”止めてあげる”って、”殺せ”ってこと?』

『いえ、違います。戦闘不能状態にするまでです。先ほど少年が言っていた通り、幻術を解けば意識は戻るかもしれませんが、解術するためには一旦無力化するしかありません。大丈夫、あれほどの強者なら一発や二発当たったくらいで死にはしません』

『どの道やるしかない、ってわけね……。わかった!』


 ラウをリーカに向けて、攻撃のタイミングを計る。


 ネルはリーカの周りを回りつつ、様々な方向から攻撃を仕掛けて続けていた。


「はあ、早く動けるのはわかったから。他に何かい無いの? 無いならもう用済みなんだけど」


「お望み通り、見せてやるよ! ”地槍グランドランス”!!」


 ネルが走り回っていた地面から槍のように鋭い岩がで飛び出してきた。

 岩の槍はすごい勢いで全方位からリーカを襲う。


「なるほど、これを仕込むためにくるくる回ってたのね。犬みたいに。けど……」


 両手杖を手に、魔力を高める。


「”風壁ウィンドバリア”」


 リーカの周りに風が渦巻き、リーカまであと少しだった岩の槍はボロボロと崩れ去った。


「惜しかったわね、ワンコくん」


 リーカが先ほどネルがいたところに向かってそう言うも、そこにはネルはいない。


 けど、その居場所はすぐに、リーカの顔に落ちる影で見つけられる。


 ——ガキン!!


 風壁で全方位にガードを張ると読んでいたのか、ネルは地槍とともに飛び上がっていた。


 しかし、見事リーカの視線を外し上空からの奇襲を仕掛けたネルだったが、直前でリーカに杖で受け止められてしまった。


「……残念だったわね」

「そうでもねえさ」

「?」


「”電撃ショックボルト”!!」


 ラウから放たれた猛烈な電光が一瞬でリーカに着電した。


「きゃあああ!!」


 リーカの体からまばゆい光を放つ電撃は、バリバリと轟音を響かせている。


 間一髪リーカから離れていたネルは「危ねえ」と本音を漏らしている。



 ネルは立ち上がり、私に向けて親指をたてる。


 ……や、やった!


 私も親指でネルに答える。


 これで、幻術を解けばリーカさんが元に戻る……。


 まずは一人、助けられるんだ!



 けれど、私のそんな希望はすぐに消えてしまう。



「やってくれたわね……ルイ……。ハアッ!!」



 リーカの掛け声とともに、リーカを覆う電撃がかき消された。


「そ、そんな……」


「あなたと雷槍、やっぱり凄い”結合力”ね。私と翠天子杖この子の比じゃ無いわ。技の発動速度と電撃の威力・速度が使用者の能力に対して桁外れだわ。けれど、所詮は戦闘未経験の小娘。やっぱりまだこの程度みたいね」


 リーカは無傷で、その場に立っていた。


 私たち、勝てるの?


 最高のコンビネーションで最高の一撃を入れたはずだったのに。

 全然効いてないなんて。


『ルイ、もう一回だ! 諦めるな! 必ず方法はある! 心で負けたらそこで終了だ、気をしっかり持て!』


『……ネル』


『そうですよ、ルイ。まだあなたは本気を出していません。心のどこかでブレーキをかけています。本当のあなたはこんなもんじゃ無いはずです』


『……ラウ』


 凄いな。

 二人とも諦めてない。


 ネルなんか、私に関わらなければこんな大変な目に合わなくて済んだのに。


 私が最初にくじけてどうするの!


『二人とも、ありがとう! 私、諦めない!』


『よく言った!』

『その意気です』


 相手がリーカさんだろうが、絶対に負けない!


 強く決意して、リーカさんの目を見る。


「あら、まだやる気なの? 偉いわね。けど、続きはまた今度にするわ。それまでに腕を磨いておいてちょうだいね」


「……なに?」


「気が変わったのよ。もっと強くなってから魔王様に差し出すことにしたの。考えてみれば、弱っちいアナタたちを引き入れて足を引っ張られても困るのよ」


 リーカさんが手をあげると、リーカさんを中心に上昇気流が巻き起こる。


 その風に乗ってふわりと浮くリーカさん。「じゃ、またね」と言って上空へ消えていった。




 砦の前での戦闘は一方的に打ち切られ、私たちだけが残った。


「はああああ」


 緊張の糸が切れてその場にへたり込むと、ネルが寄ってきてくれる。


「無事か?」


「うん、助かってよかったね」


「ああ……そうだな。奴の行動はイマイチ腑に落ちないが、お前が無事でよかったよ」


 座り込む私の頭を撫でながらそう言うネルの表情は、優しさにあふれていた。


「……ありがとう。ネル」



 リーカさんとともに消え去った分厚い雲。

 ようやく暖かい日差しを浴びることができた。

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