第20話 歴史の続き

「この砦ができたのは三日前の明け方で、魔人俺らが配属されたのも同じ日だ。

 配属の翌日に、魔王様から通達が届いた。”我が手に落ちた勇者が一人、孔雀姫が実験設備を有した各砦に人間を配りに行く。届き次第、例の実験を始めよ”ってな。

 そして今日、その通りに角を生やした人間の女が人間を連れてきた。んで、言われた通り実験の準備を済ませたところで、何者かがきて人間を解放しちまった」


「……それで?」


「は、話せることはもうない」



 壁に張り付けられた魔人はスラスラと話した。


 それを椅子に座り聞くネルと、ドアの隙間から覗き込む私。



 やっぱり、リーカさんは敵側に堕とされたんだ……。

 信じたくなかった、けど本当なんだ。


 他の勇者が、まさか敵になるなんて……。


 ショックで胸がいっぱいだ……。


 けれど、ネルはまだ足りないみたいで。


「はあ〜〜〜」と特大のため息をつきながら、魔人に近づいていく。


「いやいやいやいや。まだ足りないだろ」


 魔人の手を貫いている剣の柄を握りグリグリと傷口を広げる。


「グウウウ!」


 ……うっ。

 魔人の表情が苦痛に歪み、私も過酷な光景に思わず目を背ける。


「例の実験とやらが残ってるだろうが! ここまできて何出し惜しみしてんだ? おい!」


「ガアアア!!」


 魔人の手からは血が吹き出し、ネルはその血を浴びながら表情一つ変えずに恫喝を続ける。


 私は、思わずラウに問いかけた。


『ねえ、ラウ』

『何ですか? ルイ』

『外の世界で生きるって、こんなに大変なことなの?』

『……』

『こんなに非常にならなければ生き抜けない世界なの?』

『……』

『ねえ。教えて、ラウ』

『……これが、人間と魔人の歴史なのです』

『歴史……』

『人間と魔人、昔は領土を分けて争いなく暮らしていました。

 けれど、ヒトというものは多様な個体が存在します。お互いの欲を持った個体が問題を起こすようになるのです。

 始めは小さないざこざから始まったのですが、長い時間をかけて、お互いに対する扱いがエスカレートしていきました。

 そして歴史は、今に続いているのです』

『……なんだか、その目で見てきたみたいね』

『……いえ。私も聞いた話ですよ。ともかく、長い長い争いの積み重ねが、感覚を麻痺させているのでしょう。過激な尋問こうした情景は今も世界のどこかでたくさん行われているでしょう』

『そう、なんだ……』


 私は今、長い歴史の波に流されている途中なんだ。

 そして、目の前の光景もその波の一つ。


 私はこれから、どうすべきなんだろう。


「わかったぁ、話す、話すからやめてくれ……」

「ぜひ、そうしてくれ」


 魔人が折れたみたい。

 ネルが椅子に戻っていく。


「じゃ、よろしく」


 椅子に座ったネルは、右手にナイフを持って魔人に話を要求する。


「……実験ってのは、人間を魔人化する実験のことだ。人間に魔族の血を注入し幻術をかけた上で、外から大量の魔力を流し込み体内の魔力を暴走させる。するとあら不思議、人間に角が生えて魔人になるのさ」


 魔人は実験内容を話し終えると「ケケケ」と笑い始めた。


「お前ら、もうお終いだ。人間は徐々に魔人にされて、お前らを襲いにいく。それに貴様らが勇者だと崇めている奴らも魔人になった」


「何だと……? 奴? リーカだけじゃないのか?」


「ああ。孔雀姫の他に、”鉄心てっしん”とかいうおっさんの二人だ。ケケケ、ざまあみろ」


「……なんてことだ」


 ……二人?

 今二人って言った?


 ”鉄心”は、きっとギランダルさんだ。

 カドニさんはおっさんって感じじゃないし、ギランダルさんには悪いけど。


 じゃあ、カドニさんはまだ無事かもしれない!


 二人が敵側にいるとわかったのは残念だけど、一つ希望が生まれた。


「……もういい。よくわかった」


「さあ、さっさと殺せ」


「いいのか? 死にたくなくて話したんだろう?」


「ここで生き延びても、情報を漏らしたってバレればいつか魔王様に殺される。どのみち俺は死ぬんだ」


「……じゃあ、何で話したんだ? 黙って俺に殺された方が痛みも少なかったのに」


「お前の焦る表情が見たかったからだ! 俺が黙っても、そこに転がってる奴らはポンコツだ。どうせ喋っちまうだろう。ならせめて俺がお前の苦悶の表情を見てやろうと思ってな……。案の定、勇者が魔族側についたって聞いた時のお前の顔は傑作だったぜえ! いい冥土の土産だ」


「……そうか、それは良かったな」


 ネルはナイフを構える。


「じゃあ死ね」


 ネルが投げたナイフを魔人の胸に突き立ち。

 魔人は程なくして動かなくなった。



「こ、殺したの……?」


 恐る恐る部屋の中に入り、ネルに尋ねる私。


「ん? いや、殺してないぞ。ナイフに塗ってた麻痺毒が回ってるだけだ。そこらに転がってる魔人にも同じ毒が効いてる。こいつは外から解毒しない限り起きることはないから、安心しろ」


 私に向けられるネルの顔は、もうすっかりいつもの通りだった。


 この顔だけ見たら、この少年がつい先ほどまであんな尋問をしていたなんて誰も思わないだろう。


 ——やっぱり、怖い。


 けど、私が怖がったらいけない気がして。

 私もいつも通りに振る舞う。


「そっか。てっきり焦った顔を見られたのにムカついて殺しちゃったのかと思った」


「……俺は、魔人の思い通りになんかならねえよ。焦った顔も演技だ、その方がこいつがベラベラと話してくれそうだったしな。それに、こいつは死を覚悟してナイフを受けただろうが、実際は生きてる。魔王軍に回収されてここで死ぬ以上の苦しみが待ってるだろうぜ」


 ネルの顔に暗い影が落ちる。

 やっぱり、魔人族にはただならぬ感情を感じる。

 恨みとか、憎しみとか。


 ……魔人と昔何かあったんだろうか。


 気にはなるけど、聞くのも怖くてここで聞くのはやめておく。


「で、でも! 色々話は聞けたね! カドニさんは向こう側に堕ちてないみたいだし」


「それに、他の二人の勇者も助け出せるかもしんないぞ」


「……本当?!」


「ああ。角は魔人の血と魔力暴走の産物だろうから取れるかわかんねえけど。こいつ、”幻術をかけて”って言ってただろ? 角を生やすだけで言うことを聞くなら、そんなものは必要ない。体に負担をかかっている間に、精神を乗っ取っているんだろう。だとしたら……?」


「幻術を解けば、こっち側に戻ってこられるかも!」


「その通り。だいぶ話がわかるようになってきたな」


 これは朗報だ!


 消息を絶っていた勇者は魔人の手に落ちたと思っていたけど、助けられるかもしれない!


 これまでの、やんわりとした希望とは違う。

 もう少し輪郭がはっきりした希望。


 カドニさん、リーカさん、ギランダルさん……。


 絶対、私が助けてみせます!

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