第19話 お前が喋るか、俺が投げるか

「くるぞ! 左前方!」

「わかってる!」


 再びネルとともに砦を目指して岩場を駆け抜ける。


 モンスターの迎撃にはだいぶ慣れて、ラウのアドバイスなしでやってこれてる。


電撃ショックボルト!」


 左から迫っていたウィップテイルバードに電撃が命中し退ける。


 探雷針サーチライトで周囲を警戒しつつ、単独の敵は電撃ショックボルトで、複数の敵は電拡撃ショックエクスボルトで対処する。


 だいたいこのパターンだ。


『だいぶ慣れてきたみたいですね? 槍のブレや技の選択速度が洗礼されてきましたね』


 モンスターの波が落ち着いた頃、ラウが話しかけてくる。


『うん! ラウのおかげだよ! もうモンスターなら一人でも大丈夫かも!』

『……ルイ? 油断は禁物ですよ。もっと強いモンスターはいくらでもいるんですから。”油断=死”だと言うことは忘れないでください』

『……はい。すみません……』


 ……褒められると思ったら、怒られた。


 まあでも、ちょっと調子に乗ってたのは確かかも。

 取り返しのつかないことになる前に、釘を刺してくれたんだ。


 やっぱり、ラウは私のことよく見てくれてる。


「おい。見えたぞ」


 ネルのいうとおり、前方に先ほどの砦が見えてきたので、探雷針サーチライトで周りを索敵しネルに伝える。


「砦の前には誰もいないみたい! 砦の中も魔人の数は三体だけ!」

「よし、入り口の前まで行くぞ」


 ネルは砦の入り口で止まり、私を下ろした。


 まさか、こんなにすぐに戻ってくることになるとは……。


 ——クンクン


 私が砦を見上げていると、ネルのいる方向から不思議な音が聞こえる。


 えっと……。

 入り口付近の地面に鼻を近づけて……匂いを嗅いでいるのかな?


 ……やっぱり、こうして見ると本当の犬みたい。


 いや、中身がネルだっていうのはわかってるんだけど。

 目に写っている姿が犬な以上、私の反応も犬よりになってしまうみたいで。


「ここまで運んでくれてありがとうねー。よしよしよし」


「わっ! なんだ! やめろよ、俺だってわかってるんだろ?!」


「わかってるんだけど……。ワンちゃんが健気にここまで私を運んでくれたみたいで、愛おしくなっちゃって……よしよし」


「なんだよそれ!」


 ネルの頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 やっぱりふかふかで気持ちいい。


 ネルは口では”やめろ”と言うものの、尻尾はパタパタと激しく振っている。


「ねえ、あんた。本当はこれ、気持ちいいんじゃないの?」

「なっ! そんなこと……ないこともないこともないこともない」

「え、結局どっちよ、それ」

「知らん! さあ、さっさと中に入って調査するぞ」


 ネルが人間に戻り砦中に入っていってしまった。

 ……やっぱ犬の方が可愛い。


 私は「はあい」とわざと不満げに言って、ネルの後に続いた。



 ◇◇◇



「やっぱり、砦内の魔人は少ないね。三体で間違いないみたい」

「ああ。入り口は俺たちと宿場の人たちの匂いが強くて、その後に誰か来た感じじゃなかった。あれからあまり時間も経ってないし、増員も間に合っていないんだろう」

「つまり……チャンスってことね!」

「そういうこと」


 周りに敵がいないことを確認して、宿場の人たちが捕まっていた牢屋がある部屋まで先導する。


「ここよ」


 少し前に電気を流したドアノブを回し、部屋に入る。


「ここは……牢屋しかなさそうだな。実験設備なんかは近くにありそうなもんだけど……別の部屋か」


 確かにこの部屋の大半は牢屋が占めており、他には見張りが使うであろう机や椅子しかない。


『ルイ、ドアの前に魔人の亡骸がありません』


「あ、本当だ!」


「……亡骸だと?」


「うん。この部屋の見張りを一体……と言っても不意打ちみたいな感じで、相対したわけじゃないんだけど」


「……そうか。ここに残ってた魔人が片付けたんだろうな。ま、ここにいてもしょうがない。実験部屋を探そう」


 そういうと、ネルは入ってきたドアとは違うドアを開こうとする。


「あ! 待って、ネル! その先に魔人がいる。残った三体かな」


 ネルがドアを開ける既の所で警告するも、ネルは「そうか。じゃあ直接聞くとしよう」と言ってそのままドアを開けた。

 一切の躊躇もなく。



 ——ガチャ


 開けたドアの隙間から部屋の中にスルリと入ったと思ったら、部屋の中から「グギャ」、「ギッ」といううめき声と「ガアアア」という大きな叫び声が聞こえた。

 一瞬で。


 ……い、いったい何が?


「よし」というネルの声が聞こえたので、恐る恐る部屋の中を覗く。


 二体の魔人は死んでるのか気絶してるのかわからないけど、うつ伏せになって倒れている。

 もう一体は両手の平を二本の剣で……貫かれて、壁に固定されて動けなくなっている。


 うう、グロい……。


「これでゆっくり話ができるな」


 その魔人の前に立つネル。

 左手には複数のナイフが握られている。


「じゃ。ここで何をしようとしてたか、教えてもらおうか」


「……断る」


「ああそう。魔王様への忠誠か? ご立派だな」


 ネルはナイフを一本右手へ渡し、張り付けられている魔人に向かって、投げた。


「……っ!」


 ——スコン


 ナイフは魔人の顔のすぐ横に突き刺さった。


 魔人はたらりと汗を流す。


「俺はいいんだぜ? お前が死んでも、そこで寝てるやつを起こしてそっちに聞くだけだ」


 ——スコン


「お前が忠誠心に従って沈黙をしたとしても、他の奴が喋ったら無駄死にだろ?」


 ——スコン


「それに魔王様は、お前が死のうが悲しむどころか、何も感じない」


 ——スコン


「俺は情報さえもらえれば、命まで取ろうとは思わないんだ」


 ——スコン


 一方的に語りかけるネル。


 魔人の顔の周りはナイフに囲まれていた。

 魔人の顔は脂汗が滲み、恐怖で息が上がっていた。


「なあ、そろそろ話してくれよ」


 ネルは最後のナイフを右手に持ち、くるくると回す。


「これが最後の一本なのに、もう投げるところがない」


 まっすぐナイフを魔人の顔に向ける。


「これが最後だ。お前が喋るか、俺が投げるか。決めるのはお前だ」


 空気がピーンと張り詰める。




「……わ、わかった。話す……」


「ありがとう、助かるよ」



 見たことのないネルの冷たい笑顔が、私に向けられていないとはいえ心に突き刺さった。

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