第18話 さっきの砦へUターン
「ルイ、よくやったな」
宿場を出て街道を歩く私たち。
ネルの最初の一言は、まさかのお褒めの言葉だった。
「槍様がいるとはいえ、あんなに早く連れ出してくるとは思わなかった。すごいぞ」
「え、あ、ありがとう……」
ネルにこんなストレートに褒められのは初めてで、なんだかむず痒い。
本当は嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしくてわざと話題を切り替える。
「それよりも、何よ! 妹って! 私あんたの妹になった覚えはないんだけど?!」
「ああ、当然だろ? あれは嘘なんだから」
悪びれもなくネルは言う。
「なんであんな嘘をつく必要があるのよ?」
「だって、あの人たちは一連の出来事を国に伝えるだろ? その時お前の名前があったらまずいだろうが」
……そっか。
私、今追われてるんだった。
「……偽名の理由はわかったけど。なんで妹にされたのよ」
「それもアリアンに対するブラフ。全部お前のためだよ」
「う……」
「今はお前をアリアンから遠ざける。黙って俺についてきてくれ」
”私のため”って言われると何にも言えなくなっちゃうな。
「……わかった」
私はネルについていくことにした。
けど、会ったばかりの私のことをここまで考えてくれるなんて。
本当にいいやつなのかも。
きっと私だけじゃここまで来れなかった。
きっと、こんな太陽の下、優しい風になびく草原を歩くこともできなかっただろう。
宿場の誘拐を解決するどころか、たどり着くこともできなかっただろうし。
ラウもネルも、すごく頼りになる。
「……あ!」
これまでのことを思い出しながらネルと並んで歩いていると、ふと砦からの帰り道でのことを思い出した。
「それよりも、さっき”あとで話す”言ってたことについて教えてよ。ラウも! 黒幕がどうとか言ってたけど、あれってどういうこと?」
『少年に任せます』
「え……まあいいけどさ。じゃあまずはルイが気になってることだろうことから話してくぞ」
「……んえ? そんなことがわかるの?」
「ああ。昔お前みたいなお人好しが身近にいたからな。”今回助かったのはいいけど、次また狙われたら大丈夫なのかな?”とか心配してるだろ」
「! う、うん……。すごい、なんでわかったの?!」
「うちのお人好しも、似たような思考回路だったからな。自分の境遇なんて忘れて、他人の心配ばかりするんだ」
図星だ……。
恥ずかしくて顔を下に向ける。
「そんでそのことだけど、おそらく大丈夫だ。あの砦の中の戦力を削ることができたし、そもそも宿場の人たちを攫ったのは砦にいた魔人じゃないからな」
「……どうして攫ったのがあそこの魔人じゃないってわかるの?」
「ハンターが言ってたろ? 急に意識がなくなったって。原因はおそらく強力な催眠魔法。それを二十人ほどに同時にかけるとなると、砦にいたような下級の魔人じゃ出来っこないんだよ」
「そう、なんだ」
「そして極め付けは婆さんの言ってた”くじゃきひめ”。これはおそらく”
「ん? 風麗魔導って、どこかで聞いたような……」
「リーダーの名前は、リーカって女だ」
「リーカ?! リーカってあの??!」
「ああ、お前と一緒に勇者に選ばれた大魔法使い」
まさか。
まさかここでリーカさんの名前が出るなんて!
よかった、本当に生きてたんだ……。
やっぱりラウの言った通りだった!
だったら、早く迎えに行かないと……。
って、ん?
あれ、おかしくない?
「どうしてリーカさんが宿場を襲うのよ?!」
あんな優しい人が、人間を襲うなんてありえない!
きっと何かの間違いよ!
自然と語気が強まる。
けれど、ネルはそんな私に臆することなく、冷静に話を続ける。
「だよな。俺もそこはわからない。けれど、少し前にこんな噂が流れる時期があった、”魔人に攫われた人間が死体で発見されたのだが、頭部には魔物のような角が生えていた”ってな。まあ、その噂が流れたのは一時的なもので、最近は聞かなくなっていたんだが」
そんな、さっきみたいなことが他でも起きてるなんて……。
『驚くべきことですね』
「うん。他にも誘拐事件が起きてるなんて」
『いえ。驚くべきところはそこではありません。魔人族と人間の対立は今に始まったことではありませんので、辺境の地へ行けば行くほど誘拐や拉致は珍しくありませんから』
「そ、そんな……。捕まった人たちはどうなっちゃうの?」
『ほぼ殺されますね。主に人間に対抗する有効な手段開発のための実験台にされるようです』
……知らなかった。
私はこれまで、巨大な国の中でのうのうと暮らしていたんだ。
過酷な現実を突きつけられて目頭が熱くなる。
ラウはそれ以上何も言わず、ネルに『続きを』と催促する。
「……ああ。槍様の言う驚くべきことってのは”死体に角が生えていた”点だ。ここからはあくまで俺の想像だが、もしかして魔人は人間を魔人にする、あるいは意のままに操れる方法を確立しようとしていたのかもしれない。角の生えた死体はその実験の失敗作で、最近はその死体が発見されていない。と仮定すると……」
「ってことは……もう実験は成功してて、リーカさんが魔人にされちゃったってこと?!」
ネルのトンデモな予想に思わず顔を上げると、その勢いで目に溜まった涙が飛び散る。
「言ったろ? あくまで、想像だって。だがそう考えると、魔人が砦内で”孔雀姫”って言ってたのも、宿場の人が一瞬で連れ去られたのも納得できる。リーカは風魔法と幻術のスペシャリストらしいからな」
そんな……。
あの優しかったリーカさんが人間の敵に?
てことは、カドニさんやギランダルさんも魔人側についてる可能性もあるってこと?
そうじゃないって信じたい。
けど今はわからない。
決めつけるには、材料が足りない。
私の足取りが遅くなる。
すると、ネルは「そこでだ」と言って足を止める。
「このモヤモヤする気持ちを、晴らせる方法が一つある」
また私の気持ちを読んでいたかのような言い回し。
けれど、今は突っ込んでる余裕もない!
「教えて!」
「簡単なことだ。さっきの砦に戻って中を調べる。リーカはいないだろうが、連中が何をしていたかくらいはわかるはずだ。ただし、アリアンから離れるって目標に対しては大幅に遅れることになる。ルイが見つかるリスクもかなり上がるだろう。それでも行くか?」
……行くか? ですって?
そんなの、考えるまでもない!
「行こう!」
「ま、そう言うんだよな」
ネルは半ば諦めていたように、犬に変身する。
「じゃあ、行くか! 乗れ!」
「うん!」
私を乗せたネルは来た道を戻り、再び魔人の砦へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。