第17話 帰還、即出発

 砦から出ると、太陽の光が降り注いでいた。


 暗いところから急に明るいところに出たので、思わず目を細める。


 ……やっと外に出られた!


 後ろについてきた人たちの数を数えて、全員の無事を確認する。


 ……いや。まだだ。

 みんなを宿場まで送り届けて初めて助けたって言える。


 絶対無事に帰してあげないと!



 けど、宿場からくる時はそれなりの数のモンスターに遭遇した。


 あの数からみんなを守りながら帰れるのだろうか……。



「よお。早かったな」


「あ、ネル! 大丈夫だった?」


「ああ、こっちもちょうど終わったところだ」


 岩場から歩いてくるネル。

 そこから後方の少し離れたところに、六体の魔人が倒れていた。


 わあ、すごい。

 一人で六体相手にして無傷だなんて……。


 助けたうちの一人、顎髭を蓄えた壮年の男性もこの光景に驚いていた。


「あの数の魔人を兄ちゃん一人で倒したのかい? 砦にいるような奴らだ、連携してきたりして結構な強さのはずなんだが……。いや、一人で潜入してきたお嬢ちゃんといい、若いのに大したもんだ」


 褒められたネルは「どうも」とそっけない返事をしつつ、魔人の持っていた剣と槍を二本ずつ持ってきて声を張り上げた。


「この中に戦闘経験のある人はいますか? ここから宿場に戻るまで、俺たちだけではこの人数をカバー出来ませんのでお手伝いいただけると助かります!」


 すると、先ほどの顎髭の男性を中心に合計五人の男女が前に出て、顎髭の男性が代表して話し始める。


「私があそこの専属ハンターだ。他に元冒険者が四人いる。一人は魔法を専門にしているので武器は不要だ。私たちも戦おう」


「助かります」


 ネルは魔人から取り上げた武器をハンターに渡し、ハンターが更に武器を振り分けた。


「では、前を俺たちとハンターさんで先導します。後ろを残り四人で固めてください。では、行きましょう」


 おお。

 なんか、仕切り慣れてる感じ。


 ラウもハンターさんたちも何も言わないところを見ると、きっと的確なことを言ってるんだろう。


「さ、行くぞ」


「あ。う、うん」


 ネルにそう呟かれて、ネルの横に並んで宿場へと歩き出した。




 ◇◇◇




 私たちは荒れた岩場を抜けて、草が繁るエリアまで戻ってきた。


「ふう。ここまでこればもう安心だろう」


 安堵の表情を浮かべてハンターさんが言う。


「そうですね。ですが念のため陣形はこのままで行きましょう」


「ああ、わかった。そうしよう」



 やっぱり、ここに戻ってくるまでに数多くのモンスターと遭遇し、戦闘になった。



 主にネルが前衛となり、討ち漏らしを私とハンターさんで処理することで、非戦闘員に危害が及ぶことはなかった。


 後ろからモンスターが来た時も、ネルが後ろまで素早く回り込み前衛の役目を果たしていた。


 改めて、ネルの強さを実感する。



「じゃあ、残りの道すがら、宿場で何があったか教えてもらえませんか?」


「わかった。だが、私たちもそんなに話せることはないんだが……」


「……と、言いますと? 宿場に争った跡がなかったことと関係があるんです?」


「ああ。今日の昼前のことだ、俺は宿場の外で見張りをして、他のみんなもいつも通りに過ごしていた。だが急に、意識が遠のく感じがしたんだ。急激な眠気というか、気を失う感じのやつだ。それで気がついたらあの牢屋に入れられていた……。だから誰にどうやって攫われたかはわからないんだ」


「なるほど……催眠魔法の類か……?」


「おそらくな、俺もそう思った。けど、あんなに一瞬で意識がなくなる催眠を俺はこれまで食らったことがない。魔術師だった職員も捕まってるんだ。相当レベルの高い魔法だと思うぞ」


「そうですね……」



 ……ほほお??

 なるほど、全くわからない。


 だって、専門用語が多すぎるよ……。



『ラウ先生。この人たち何を話してるんでしょうか?』

『今回の誘拐、強大な黒幕がいると言っているのですよ』

『……そんなこと言ってた? ネルの話から更に飛躍してない?』

『それよりもルイ。聞いてもらいたいことがあります。そのハンターに聞いてみてください』



 ……うう。

 完全にのけ者だ……。


 ただの通訳と成り果てた私は、ラウが言った質問をそのままハンターさんに伝える。

 悔しい。


「あの、牢屋を出るときに言っていた”準備”について詳しく聞かせてもらえませんか? そのとき、他に何か言っていなかったか、とか」


「え? ああ、あのときか。えーっとなんて言ってたかなあ」


 ハンターさんが顎髭を触りながら思い出そうとしていると、私のすぐ後ろを歩いていた初老ほどの女性が答えてくれた。


「”おい。実験の準備ができた。まずは人間を三人連れてこい” じゃよ。一言一句覚えておる、間違いないわい」


「ああ、そうそう。そんなこと言ってました! 流石です、リーダー」


 リーダー……宿場で一番偉い人ってことかな?


 確かに助けた人の中で年齢は高いけど、足取りはしっかりしてるし魔人の言葉も覚えてるみたい。


 私がリーダーさんの隣に並び「他に覚えていることを教えていただけませんか?」とお願いすると、「ああ、いいとも」と快諾してくれた。


「私たちが牢で目を覚ますと、”これだけの人間をあの一瞬で連れてくるとは、くじゃきめ?は流石だな”と魔人どもは盛り上がっておったよ。

 その後、”じゃあ各班に別れて行動開始だ”と言って散らばっていきおった。

 それから三十分後くらい後かの。先ほどの”準備完了”の話をしに魔人が来たのじゃが、すぐに他の魔人が”外にやばい獣がいる”と慌て出し、見張りが一人になったところでお主がきた。

 こんな感じじゃな」


「よくわかりました、ありがとうございます!」


 と、ラウが言っています。

 私は半分くらいしかついていけていません。


 けれど、疲れているだろうに、丁寧に話してくれたお婆さんを無下に扱うなんてできるわけない。


 私は自分の感謝も伝えたくて、笑顔でもう一度「ありがとうございました」と言って最前列に戻る。


『ラウ、ネル。さっきの話わかった?』


『ああ。色々とな……。ちょっと厄介なことになってそうだ、長くなりそうだからこの人たちを届けたあとで話すよ』


 心伝石でそう答えてくれたネルの顔を見ると、いつになく真剣な顔をしていた。



 それから宿場に着くまで、ネルに話しかけるのはやめておいた。



 ◇◇◇



「本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません!」

「ありがとー!」

「あなたたちは命の恩人よ!」


 宿場まで無事に戻ってきた私たち。

 助け出した人たちは、宿泊施設を背にして並び口々にお礼を言ってくれている。


 やはりここまで戻ってきてホッとしたんだろう。

 表情も声も明るくなっている。


 ……ああ、本当にみんな無事でよかった。


 つられて私の顔も笑顔になる。


「そういえばお名前を聞いていませんでしたな。お礼をしたいですし、今回のことを国に届け出る為にも教えてもらえんじゃろか」


 リーダーさんが近づいてそう尋ねるので、「はい。私の名前は——」と答えようとすると私の言葉を遮るようにネルが答えた。


「俺はケンで、こいつはのアンだ。二人で両親を探す旅をしている。この宿場にはたまたま立ち寄っただけだし、特にお礼も必要ない」


 ?!


 今、なんて言ったの?


 私が、ネルの妹?



 驚いてバッとネルの顔を見るも、その表情におふざけ要素は全くなく、普段通りの顔だった。


 ……怖!

 こんな自然に嘘を吐けるなんて……これまでの私との会話にもたくさん嘘があったんじゃないかしら……。


 私がネルに軽く引いていると、ネルは「じゃあ、俺たちは急いでますので、これで……」と私の手を引いて立ち去ろうとする。


「えっ、ちょっ! ちょっと!」


 私たち、そんなに急いでたっけ?


 うーん。

 思い当たる節はない。


 けど、ネルにも何か事情があるんだろう。


 それを尊重してあげたい。


 けど、こんなすぐお別れだなんて……。

 ちょっと寂しいよ。


『ルイ。気持ちはわかるが、ここは俺を信じろ』


 ……私、何もいってないのに。

 

 こうネルから心伝石で語りかけられて、私はネルについていくことにした。


「そんな! まだお礼も渡せていないのに!」

「お待ちくだされ〜」


 宿場の人たちの声に、後ろ髪を引かれながら。

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