第16話 隠密と救出
——誰もいませんように……!
恐る恐る砦の中に足を踏み入れると、生き物の気配はなくシーンと静まり返っていた。
長い廊下のようになっていて、そこら中に樽や木箱・資材が雑然と置かれている。
うわぁ。
ごちゃごちゃしてて汚いなあ。
けど幸いにも身を隠すにはもってこいの障害物となりそうだ。
私は、一番近くにある木箱の影に隠れる。
「……ふぅーーー」
そして、大きく息を吐く。
モンスターとは違う、人間に明確な敵意を持った魔人の拠点。
そして、初めての隠密行動。
モンスター退治には少し慣れた私だけど、初めてのことだらけでやっぱり緊張する……。
すると私の大きな吐息に反応してか、ラウが『大丈夫ですか?』と尋ねてくれた。
『……ラウ、ありがとう。けど、大丈夫! 私が宿場の人たちを助けるんだから! 正直、やったことないことで不安もあるけど、そんなことも言ってられないから』
そう。
私が手間取ったせいで助けられるはずの人を助けられないなんてごめんよ!
半分は空元気だけど、もう半分は真剣にそう思う。
『よく言いました、ルイ。必ず助けましょうね。私もできる限りのサポートはしますから、安心してください』
『……うん!』
ラウの”安心して”ほど安心できるものもないかもしれない。
緊張でガチガチに固まっていた肩、恐怖から震える足。
どちらもいつも通りに動くようになった。
やっぱり、ラウがいればなんだってできる!
木箱から顔だけを出して奥を覗き見る。
……相変わらず敵影なし。
『よし、今なら誰もいないみたい! 奥に行っていいかな?』
『……ルイ? 助けるべき人がどこにいるか、わかってないですよね?』
『う……それはそうだけど……。けど、しらみつぶしに探していけば、いつかは見つかるはず!』
『それはそうですが。それだと敵に遭遇する確率も上がってしまいます』
『……確かに。けど、どこに誰がいるかなんてわかりっこないし……』
と、そこまで言ったところであることに気がつく。
この話の振り方、もしかして……。
『あるのね?! どこに誰がいるかを知る方法が!』
『そうです。”
『わかった……
そう唱えると、ラウから手にピリッと電気が走るような感覚が伝わり、五感とは違う感覚が研ぎ澄まされていくようだった。
……わかる!
理屈はわからない。
けど、感じる!
私の周りに、何かの気配を感じる!
『ラウ、これって……』
『感じましたか?
『なんて便利な技……』
『ここから目的の生物を探すことになります。これにはある程度の経験が必要になりますが……。探索対象の種族はもちろん、個体の大きさや感情によって受ける感覚が異なりますので、攫われた人たちがどこにいるか考察しましょう』
確かに、感じる気配は一様ではなく、色々な違いがある。
なんとなくになるけど。
ギザギザしてたり、すばしっこく動いてたり、まあるいマイルドな感じがしたり、ブルブル震えてたり……。
『違いがあるのはなんとなくわかったけど、どれが人間のものかわからないよ!』
『まあ、それはそうでしょうね。どの種族がどういう反応をするかは慣れていくしかないですから。では、今回はシチュエーションから考えてみましょう』
『シチュエーション?』
『ええ。今の目的は、攫われた人たちです。その人たちは今どうなっていると思いますか?』
『ええっと……。動けないように縛られて、牢屋に捕まっている? とか?』
『良いですね。今、そういう気配はありませんか?』
再度、ラウから受け取る感覚に意識を移す。
……あ。
これかな?
ブルブル震えてる気配が一箇所に集まっている場所がある。
数は……二十くらいかな? だいたいだけど。
そして、その近くにトゲトゲした気配も一つ。
「建物の奥に、一箇所に集められた複数の気配を感じる! なんだか怖がってるみたいだし、多分これが攫われた人たちだと思う。それと、その近くに攻撃的な気配も感じるから、見張りがいるのかな?
……あってる?」
『パチパチパチ』
「……?」
『大正解です。初めてなのに感情までわかるなんて、少し驚きました。見事です。思わず拍手をしたくなったのですが私には腕がありませんので、口で表現してみました』
「あ、ありがと」
褒められたけど、ラウの口拍手のおかげで素直に喜べない……。
けど、攫われた人たちの居場所はわかった。
これですぐに助けに行ける!
幸い、近くには見張り以外の敵意を持った気配も感じられない。
私は人が集まっている場所まで迷わずに進むことができた。
『どうやら、この部屋みたいね』
建物に入って五分ほど小走りで進み、目的地であろう部屋の前にたどり着いた。
ネルの陽動のおかげか、ここまで魔人に会うこともなく。
……この中に、助けるべき人たちがいる。
すぐにでも中に入りたいが、トゲトゲとした気配が私の行動を鈍らせる。
『……ラウ、魔人って強い?
『命中すれば倒せるでしょう。ですが、見張りが牢の近くにいたとします。そして牢屋は鉄製です。この場合、もしルイが電撃を外したらどうなりますか?』
『……牢屋に当たって、攫われた人たちに当たっちゃう可能性があります……』
『はい。これは極端な例……と言いますかもしもにもしもを重ねた話です。外でのルイの槍さばきでしたら、奇襲をかければその可能性はとても低いでしょう。ですが、目の前に安全な橋があるなら、そちらを渡るべきかなと私は思うのです』
……つまり?
ラウ先生のアドバイスだ。
私に何か気付いて、と言っている。
応えたい!
でも、なんだろう。
安全な橋? 目の前に?
と言っても目の前にはドアしかない。
鉄製のドアノブが付いた、木製のドア。
……あ!
鉄!!
確かにこれを使えば確実に見張りを無力化できる!
私はドアをノックした。
見張りに聞こえるように、強い力でゴンゴンと。
すると、ブルブル震える気配から離れるように、ギザギザがこちらに近づいてきた。
……よし!
槍の先をドアノブにつけて待つ。
気配はだんだんど近づき、ギザギザとしたプレッシャーを目と鼻の先に感じる。
跳ね上がる心拍数。
けれど私は一心にドアノブを見つめる。
——カチャ
ドアノブが回る。
この瞬間を待っていた!
見張りが鉄のドアノブを握る時を!
「
ドアノブを電撃が伝い、ドアの向こうから「ガガガガ」と聞こえる。
……手応えあり!
電撃が終わると同時に、ドアの向こうの気配を感じなくなった。
「失礼しまーす……」
恐る恐る目の前のドアを開くと、足元に倒れこむ魔人と部屋の奥の牢屋に閉じ込められた人たちが目に入る。
まさか人間が入ってくるとは思わなかったのだろう。
手を後ろで縛られ、口に猿轡をされている人々は牢屋の更に奥にひしめき合っていた。
「みなさん、大丈夫ですか?! 助けに来ました!」
私のその言葉は初めこそ受け入れられなかったようだが、次第に人々の顔を明るくする。
牢屋の鍵を槍で壊して牢の中に入り、一番前にいた人の縄を解く。
「ありがとうございます! もうダメだと何度も思いました……。本当にありがとうございます!」
拘束を解かれた男性に、目に涙を浮かべながらお礼を言われる。
「連れてこられたのはここにいる方で全員ですか?」
「そうです、本当にありがとうございます……ありがとうございます……」
「みなさん、魔人に何かされていませんか?」
「はい。先ほど見張りに”準備ができた”と言いにきた魔人がいましたが、まだ何もされておりません。全員無事でございます。ですが、あと少し助けに来てくださるのが遅ければ、どうなっていたか……」
……よかった。
本当によかった。
全員の無事を確認できたところでようやくホッとする。
「それでは早く脱出しましょう!」
解放された人が近くの人の縄を解いていき、すぐに全員が自由の身となる。
私は捕まっていた人たちと共に、砦の外へ向かった。
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