第14話 荒野を進む

 宿場の人たち全員が、何者かに誘拐されたと見た私とネル。


 私は大きな犬に変身したネルにまたがって草原を進んでいる。


「ねえ、本当に大丈夫?」


「……何が?」


「私乗っちゃって大丈夫なの? その……重くない?」


「……ああ。この程度の重さなら平気」


 そこは明確に”重くない”って言って欲しかったんだけど……。


「全く。女心がわかってないんだから」


「悪かったな。でも、お前が普段俺のことをどう思ってたかはわかったぞ」


 走りながら「フン」と鼻を鳴らすネル。


「あ、あれは……その……。けどけど! 今はおっきくてカッコいいよ!」


「今は、か……」


 不満そうにネルはそうとだけ返し、宿場から追ってきてる匂いを頼りに道無き道を進んでいく。


 時折、地面に鼻を近づけて方向を確かめる様は、本当に犬のようだ。


 それに、見た目も完全に犬そのもの。

 そりゃあ誰だって飛びつきたくなるわよ……。


 ……って、あれ?

 私、さっきワンちゃんに飛びついたけど、それってネルだったのよね。


 ということは……。


 人間の姿のネルに飛びつく自分を想像して、顔が真っ赤になる。


「というか、よ! あんたも黙って撫でられてないでなんとか言いなさいよ! 私、あんただって気がつかずに……その、頬ずりまでしちゃったのよ!!」


「それは、その……。お前があまりに嬉しそうだったから言い出せなくて……」


 そう言うネルの顔も赤くなっている。


「ラウも! また知ってて黙ってたでしょ!」

『一応、注意はしましたよ? けれどルイったら気がつかないので、いつ気がつくかと見てみたくなりました』

「何よそれー!」


「全く、意地悪な槍様だな」


「ほんとよね! ラウったらたまにこういうところがあるのよ? 困っちゃう!」


 ……って、あれ?


「ネル、あなた今……」


「あ、ああ。俺も驚いた。確かに聞こえたぞ。今のが——」


『はい、私の声です』


「え? え? どういうこと? ネルにもラウの声が聞こえてる、ってこと? どうして??」


『少年、あなた”心伝石しんでんせき”を持っていますね?』


「あ、ああ。持っているが……」


「何よその、しんでんせき、って」


「遠くに離れていても言葉でコミュニケーションできるようになる魔石だ。ペアになっている石をそれぞれが持ち、相手に伝えたいと念じながら言葉を思い浮かべると相手に届く」


『なるほど。心伝石を少年が持っていて、今はルイと少年が密接に接触しているために心伝石が発動しているのでしょう。これは私も初めて知りました』


「密接って言わないで! なんか恥ずかしい!」


「つまり、心伝石によって槍様の声がルイを通じて俺にも聞こえた、ってことか。こりゃあいい! これで俺だけ仲間はずれにされて、二人盛り上がられることもなくなるってわけだ」


 うーん。

 二人は納得してるけど、正直”はてな”だ。


 けど、なんたらっていう石のおかげでラウの声がネルにも聞こえるようになるってことみたい。


「いちいち通訳しなくてよくなるなら、私は楽になるわね。じゃあネル、その石一個ちょうだい」


「あ、あれはかなり貴重なもので、俺だって手に入れるのは苦労したんだ! そう易々と渡せるもんじゃない!」


「えー。でもあんたもラウとお話したくない? たまには女子トークにも入れてあげるからさー。ね!」


「……してるのか? 女子トーク」


「あれ、あるんだ? 興味」


「あ、あるわけないだろう! ……けど、石は一つ渡しておく。その方が何かと便利だろうからな。ほら、腰のベルトについてるカバンの一番大きなとこに入ってるから、一個もってけ」


「ありがと」


 ネルの言う通り、カバンの中で一番大きな口を開くと綺麗に光る石が四つ入っていた。


「四つもあるじゃない! それなのに一個くらいでケチケチしちゃってー」


「あのな、四つで一組だから余計貴重なんだ! 一個もらえるだけでありがたく思えっての」


「はいはい、ありがと」


 私はカバンから石を一つ取り出して自分のポーチに入れる。






 宿場から五分ほど走ると、辺り草が消えて大小の岩が転がる砂地へと変わっていた。


 肌に触れる風は優しいものから、乾いた無骨な感じになっていた。



「なんか、ちょっと荒れてきたね」


「ああ。だが荒れてるのは地形だけじゃない」


 ネルはそう言い、あっちを見ろとばかりに顔をクイッと向ける。


 その方向は左上空。

 見てみると大きな鳥のような生き物が飛んでいた。


『ウィップテイルバードですね。縄張り意識が高く、好戦的な大型鳥類モンスターです』


「……ねえ、こっちに向かってきてない?」


 その鳥の影は次第に大きくなっているように見えた。

 と言うか、なっている!


「ああ。ルイ、対処を頼む」


「え! 私?!」


「俺はお前を背負ってて派手なことはできない。それに、ルイは乗ってるだけで楽してるんだから、こういう時くらい働いてくれてもいいんじゃないか?」


「う……はい……」


 ネルの正論に言いくるめられて、向かってくる鳥の対処を了承するもモンスターとの戦いに慣れているわけではなく、ラウを握る手にじんわりと汗がにじむ。


「ラウ! ラウの雷撃ショックボルトって遠くの敵にも当たるの?!」

『はい。槍から直線状に飛びます。射程は魔力に応じて変わりますが、今のルイなら十メートルくらいでしょうか』

「おお、よかったより長いね。よかった! じゃあやってみる」

『はい。頑張ってください、ルイ』

「……うん! ありがと!」


「くるぞ!」


 ネルの声に合わせて槍を鳥に向けて構える。


 まだちょっと遠い。


 もうちょっと……。


 あと、少し……。


 よし!


「今だ!」


雷撃ショックボルト!!」


 ラウの先から迸る電撃が、槍の先にいた滑空中のウィップテイルバードに命中する!


 バリバリと電撃を浴び、そのまま地面に激突するモンスターは、再び動くことはなかった。


「やった! やったよ! ラウ! ネル!」

『はい、見事でしたよ』

「それくらいやってもらわないと困る」


 ……ネルは素直じゃないけど。

 二人に褒められて満足!


「でしょー! もうモンスターが来ても怖くないかも」


「じゃあ、あいつらも頼むよルイ先生」


 再び顔で私に合図を送るネル。


「え」と視線の先をみると無数の黒い飛行物体が群れをなしてこちらに向かってきていた。


「まだくるの?!」

『あれはケナガコウモリですね。三十から五十匹で群れをなして獲物に襲い掛かります』

「さっきのよりも小さくて弱そうじゃない! 次も雷撃でイチコロよ!」

『いえ、雷撃は対複数の場合向いていません。単体の相手にしか命中しませんので。こういう時には”雷拡撃ショックエクスボルト”を使ってください』

「わかった!」


 細かいことはわからないけど、ラウの言うことに間違いはない!


 ものは試し!


「”雷拡撃ショックエクスボルト”!!」


 私のその言葉に合わせて、またしても槍の先端から電気が発生する。


 その電気は一番近いコウモリに命中すると、近くのコウモリに次々と伝播していった。


 群れの全員にバリバリと電気が通じ、あまりの眩しさに思わず目を腕で覆う。


「す、すごい……」

『他にも技はたくさんあります。状況に応じて使い分けてください』


 やっぱりラウはすごい。

 私でも簡単に大型モンスターやモンスターの大群を一撃で倒せるんだから。


 そんなラウが私の力になってくれてる。

 こんなに心強いことはない!


「ルイ先生。まだまだ来るみたいだが、頼めるか?」


「上等よ! みんな撃ち落としてやるわ!」


 ネルに跨り、私たちは荒野を突き進む。

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