第13話 大きなワンちゃん

「こ、こんにちは〜」


 恐る恐る建物内に入ると、そこは散らかっていて誰もいなかった。


「だ、誰もいないね……」

『やはり、おかしいですね』

「だよね……。こんな大きい建物に誰もいないなんて」


「いや。”おかしい”ってのはそういうところじゃないぞ」


 奥の部屋を見て戻ってきたネルが、私とラウの会話を聞いていたかのように話に入ってくる。


 私が「どういうこと?」と尋ねると、ネルは本来宿泊の手続きをするだろうカウンターに座り説明を始める。


「宿場の外からでも、ここら一帯に人がいないっていう異常は簡単にわかる。”おかしい”ってのは、この状況さ」


「状況?」


「ああ。街の外の人がいなくなる理由は大抵三つだ。

 一つ目、全員で自ら移動したから。夜逃げみたいなもんだな。

 二つ目、全員殺されたから。

 そんで三つ目は、全員さらわれたから」


「……ねえ、そんな怖い理由しかないの? もっとポジティブな理由はないわけ? 例えば、全員でピクニックに出かけた、とか……」


「……。んで、この建物の状況から推察するに。まず夜逃げはないな。奥に中身の入った金庫があったし、外には荷車もあった。

 そして、殺された線もない。これはわかるよな? 死体や血痕どころか、争った痕跡すらないからだ。

 ……って、聞いてるのか?」


『ラウ! こいつ、無視した!! 確かに、ちょっと無理があったかもしれないけどさ!』

『……』

『って、ラウも無視?!』

『すみません。あまりに脳天気な意見だったのもですから、つい』

『そんなひどい!』

『けど、ルイの言ってることもありえるかもしれませんね』

『そうでしょ?』

『はい。確率は、0.00000000000000000——』

『もういいよ! そんなフォローいらないから!』


 まったく! ネルもラウもバカにして……。

 みんな無事かもしれないって思って何がいけないのよ。


 ふてくされながらネルに視線を戻すと、ネルは自分の膝に肘を乗せて頬杖をついて私とラウの話が終わるのを待っていた。


「終わったか? じゃあ続けるぞ。

 残る可能性の誘拐だけど、これもおかしい。普通誘拐って言ったら人質解放の代わりに金銭とかいろんな要求をするもんだ。そのために人なり紙なりにメッセージを残すもんだけど、ここはもぬけの殻だし、そんなメッセージもない」


「と、いうことは……?」


「さらった連中の目的は、金ではなく”人間”そのものってことになるかな」


「それって、ただの誘拐よりも危ないんじゃ……」


「その通り。ま、他にもこの状況からわかることはたくさんあるんだけど……」


「そんなことより、早く助けに行かないと!」


「そうなるよな」


 そういうとネルは「ふう」と一息つきながらカウンターから降りて、建物の外に一人出て行った。


 早くここの人を助けないと。

 犯人の目的はわからないけど、助けられる命を見過ごすことなんてできない!


 ……けど、どこへ行けばいいんだろう。

 足跡とか、残ってるのかな?


『ルイ』

「ひゃい! びっくりした。考え事してる時に急に話しかけないでよ」

『ここで考えていても何も始まりません。彼について行ってみましょう』

「どうやったら犯人の場所がわかるか、あいつなら知ってるっていうの?」

『ええ。もうもできているようですし』


 ……準備?

 なんだろう。


 その準備とは何か、どうやって犯人の居所を突き止めるのかが気になって、先に出たネルの元に向かう。


 建物を出た私が、そこで見たものは予想だにしないものだった。


「……大きなワンちゃん」


 建物を出たすぐのところに、大型犬がおすわりをしてこっちを見ていた。


 初めて見る犬種だ。

 体は漆黒な毛に覆われており、ところどころ白銀の毛がアクセントになっている。


「……かっこいい」


 端正な顔つきで賢そうなその犬は尻尾をゆっくりと左右に振っている。

 体型はがっしりとしていて襲われたらひとたまりもなさそうだが、警戒している様子もなくこちらをジッと見ている。


「撫でても大丈夫かな」


 そろりそろりと近づくも、犬の表情は変わらない。


 ついに手が届くところまで来たので、犬の頭に手を伸ばす。


 ——フサァ


 野犬とは思えないほど毛並みは整っており、撫でごごちは最高だった。


「うわーーー! もふもふだーーー!」


 あまりの気持ち良さに頬ずりもしちゃう。

 犬の頭だけでなく、首や胸のあたりも優しく撫でると、犬は嫌がるそぶりはせずに尻尾をふる速度を早める。


『ルイ』

「何ー? ラウ、この子めちゃくちゃふわふわだよー。私、動物好きな方だし。ずっと触っていたいくらい」

『その犬、よく見てください』


 ラウに言われた通り、目の前の犬をよく観察してみる。


「んー? 白銀の毛がかっこよくて……。首に何か巻いてるね、鉄板がついた布だ。それと胴にはベルトが巻いてあって、剣が二本……ん?」

『その特徴、どこかで見覚えがありますよね?』

「うん、ネルね。……そっかー、お前、あいつのワンちゃんなのかー。よしよし」

『……プッ』

「……ん? ラウ何か言った?」

『……いえ何も。それより、その犬は賢そうですね』

「うん。あいつよりも頼り甲斐がありそうねー。ネルは頭は切れるし強いみたいだけど、見た目はちょっと頼りないのよねー。背も私とそんなに変わらないし。それに飼い犬に自分と同じ格好させるなんて、ちょっとナルシストも入ってるのかもしれないし……」


「……悪かったな。頼りないナルシストで」


「……ん?」


 その声は、私が散々撫で回した犬の方から聞こえた。ような気がした。


 犬が喋るわけない……はずだけど。

 犬の周りには誰もおらず何もない。それに、この犬の特徴……。


「ま、まさか……」


「……俺がネルだ」


「えっ……。ええええええええ!!!」


 今日、私は人生で初めて、喋る犬と出会いました。

 死ぬほどびっくりしました。

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