第12話 お人好しで悪かったわね

「見えたな。あそこがさっき言った宿場だ」


 ネルが指をさす方向を見ると、道沿いに背の高い建物が数棟見えた。


「宿場ってのは大体が旅人が休める建物と、住み込みで働いてる人の住居で構成されてる。だからいくつか建物があるだろ?」


「ほへえ。道沿いとは言え、こんなところに暮らしてるのね……。モンスターとかが出たら大変じゃないの?」


「そのためにも宿場にはそれぞれ専属のハンターがいることがほとんどだな。それに、こういうところに暮らしてる人は脱冒険者だったり、隠居した兵士だったりでみんなある程度の腕は持ってることが多い」


 そう説明をしてくれながら、ネルはチラチラとこちらを見て何かを観察していた。


「……ちょっと、さっきからどこ見てるのよ?」

『さっきからルイの下半身をじっくりと観察していますね』

「うっそ! 厭らしい! ケダモノ!!」


「ちょ、ちょっと待てよ! 俺に聞こえないところで勝手なことを言わんでくれ! お前の歩くペースが落ちてないか見てただけだ!」


「”苦し紛れにしてはまともな言い訳ですね”だって」


「本当だって! ルイがまだ行けるなら宿場はスルーしたいなって思ってただけさ! ルイは追われてる身なんだから、あまりあちこちに足跡を残したくないからな」


『……ラウ先生、どうやら言ってることには筋が通っているようです』

『そのようですね。鼻の下でも伸ばしていたら有罪にできたのですが、それもなさそうです』

『じゃあ、今回は?』

『ええ』


「ネル。審議の結果が出たわ。今回は無罪です」


「黙ってこっちを睨みつけてると思ったらラウとそんな話してたのか……。まあ、なんにせよ誤解が解けてよかった」


 ホッと胸をなでおろすネルは再び街道を進み出し、ほどなくして宿場の前を通り過る手前まできた。


「じゃあ、ここはスルーでいいな?」


「うん!」


 まだまだ足も気持ちも元気だ。

 休憩なしでいけそう!


 私が自分の足に意識を巡らすも疲れは感じない。


 まだまだそよぐ風や新鮮な空気を楽しむ余裕もある。


『ねえ、ラウ。外の空気って美味しいよね。この辺は物静かだし、こんな時じゃなかったら草の上で昼寝でもしたいなあ』

『……おかしいです』

『……え? おかしいって、何が?』

『宿場の前なのに静かすぎます。普通なら客引きや監視役がいたりで、もっとやかましいはず』

『でも、今はすごい静か……』

『ええ、ですので何かが起きている可能性が高いですね。この宿場で』


 ラウのその言葉を聞いて、宿場の建物に目をやる。


 ここに住んでる人が何か困ってるのかな?

 今も、この中で?


 そう思うと、居ても立ってもいられなくなってしまう。

 足を止めて、先を歩くネルも呼び止める。


「ちょっと待って! この宿場、静かすぎておかしいってラウが!」


 その声にネルは足を止めて、黙ってこちらに振り返り「はああ」とため息をく。


「やっぱりその槍様は気づいたか」


 そのため息とその言葉にカチンとくる。


「やっぱり、って。あなた、何か起きているかもってわかってながら通り過ぎようとしたの?! 見て見ぬ振りをして?!」


 初めてネルに言葉を荒げる。

 誰か困っているかもしれないのに、我関せずとスルーしようとしたのが許せなかった。


 でも、ネルはそんな私に対しても、慌てることなく冷静な顔をしている。

 ……私とラウに振り回されてる時とはまるで別人。


「落ち着けよ。確かにここで何か起きているのは明白さ。けど、自分の身の心配もしなよ」


「……私の?」


「お前は今、結構な大国から追われてるんだ。今は速やかに距離をとってアリアンの感知外に出る必要がある。ここで時間を使えば使うほど、自分の身に危険が及ぶ可能性が上がると思ってくれ」


 ううう。


 また、正論。

 確かに、私の身を一番に考えるなら、ここは関わらないのが一番かもしれない。


 顔を伏せて黙って話を聞く私に、ネルは続ける。


「それに、ここでの問題を解決できたとしてもお前は名乗ることができない。名乗ったら居場所がバレるからだ。そしたら苦労をかけても、報酬も何ももらえない。無駄働きになっちまう」


 ネルは間違ったこと、何も言ってない。

 けど……。



 やっぱり我慢できない!


 私は顔をキッとあげてネルの目にぶつける。


「ネルは正しいこと言ってるし、理にかなってるよ。

 けどさ、誰かの命を救うための時間がとは私は思わない!!」


 その言葉で、ネルは初めて冷静な表情を崩す。


「誰かが苦しんでるなら助けたい。誰かが困ってたら手伝いたい。それって全部無駄なこと?! そんなことない! 絶対に!!

 今、私が危ない状況って言うのはわかってるけど、それでも見て見ぬ振りで通り過ぎるのは嫌!」


 ……言った。

 よしよしよし、言った言った言った!


 言いたいことは全部言った!


 最後にネルを強く見つめて、”ここは譲れない”と訴えかける。


 ……でも、言ったことは勢い任せの感情論だけ。

 まだ正論砲で丸め込まれるかも……。


 まだ慣れない理論的な正論ラッシュに備えるべく、心をしっかり持とうと再度ネルの目を睨みつける。


 しかし、ネルの返事は意外なものだった。


「はあ。わかったよ。それじゃあ手っ取り早く片付けるぞ」


 そう言って宿場の入り口へ向かうネル。


 壮大な肩透かしを食らう私。


 ……あれ?

 てっきり反論されると思ったのに……。


 ネルの行動を理解することができず「いいの?」とネルに聞くと、呆れた表情で「はあ?」と返される。


「お前が様子を見たいって言ったんだろ?」


「でも、さっきはあんなに反対してたのに……」


「ルイがもう何言ってもダメな顔してたからな。俺の負けだ」


 そう言って再び宿場に向けて歩き出すネル。


 私は嬉しくなってネルの横まで駆け寄る。


「な、なんだよ。ニヤニヤしやがって」


「ネル。ありがとね!」


「れ、礼ならこの件が片付いてからにしろ。さ、早く片付けてここを立ち去るぞ」


「うん!」


 私とネルは宿場の大きなドアを開いた。

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