第8話 またしても敵襲

 ゴロゴロ転がってふかふかのベッドを堪能している最中に、宿屋のおじさんがお水と朝食を持ってきてくれた。

 ノックはしたけど、返事がなかったらしい。しまった……。


 私が顔を真っ赤にして飛び起きると、おじさんは「ハハハ、続けてていいよ」と笑ってくれた。

 は、恥ずかしい……。


 くしゃくしゃの髪の毛を手で直しながら「こんなに広いお部屋を使わしてくれてありがとう」とお礼を言うと、「ここしか空いていないんだよ」とおじさんは言い食事を置いて部屋を後にした。


 その言葉が本当かどうかはわからないけど、ありがたく使わせてもらうことにした。

 どうもありがとう。


 おじさんが階段を降りていく音が聞こえたので、貪りつくようにご飯と水を平らげる。


 ……美味しい! 水も体に染み渡る〜!


 そして、シャワーで体を綺麗にした後、眠気に任せて再びベッドに腰をかける。

 そのまま倒れ込んで一休みしたいところだけど、その前にそばにある槍を見る。

 ふくれっ面で。


「ねえ、ラウ。ラウはおじさんがノックする音、気づいてたんでしょ?」

『……はい』

「なんで教えてくれなかったのよーーー! めちゃくちゃ恥ずかしかったんだから!!」

『はい、いい顔をしていましたね』


 ラウが悪そうに笑うので、私は「もーーー!」とさらに膨れながらベッドに全身を沈みこませる。


 ……はー、いい風。


 窓から入り込む風が、気持ちよく顔を包み込む。


『……ルイ、よく頑張りましたね』


 ラウの言葉に小さく「ありがと」となんとか返すけど、まぶたがとても重たくなる。


 私は、窓から射す暖かい太陽の光も気にならないくらい、深い眠りについた。



 こうして、私の冒険一日目は終わりを迎える……はずだった。





 ——五時間後




『ルイ! ルイ、起きなさい!』


 ラウの尋常じゃない声に驚き、飛び起きる。


「なに?! どうしたの?!」

『早く! !』


「だから、どうしたのよ。気持ちよく寝てたのに〜」とぼやくも、『早く!』としか言われないので、訳も分からないままラウに言われた通りベッドの横に立てかけた槍を手にする。


『今、扉の向こうに敵がいます』

「えっ?! 敵って?! モンスター?」

『いえ、人間です。数は二人』

「……まさか?!」

『ええ。おそらくルイを狙ってのことでしょう』

「そんな、もう見つかるなんて……。どうしよう、ラウ!」

『窓から逃げましょう。さあ、窓を開けて、屋根を飛び移りながら遠くへ走って!』

「そんな無茶な! できないよそんなの!」


 私はそんな超人じゃない、ただの武器商人なんだから!


 窓際でラウと「できない」『できる』の押し問答をしていると、どうやら時間切れのようで……。


 ——バタン!


「動くな! もう狙いはつけたからな。一歩でも動いたらこいつがお前の脳天ぶち抜くぜ?」

「おーっと、でかい声も出すなよ? 大きく息を吸ってもダメだ」


 地味だけど動きやすそうな服装に顔を覆い隠す頭巾、それにボウガン……。


 ボウガンに装填された矢と容赦無く目が合う。


 あれが発射された瞬間……。

 私はし、死ぬ……。


 モンスター相手とは違う、人間から向けられる明確な殺意。


 怖くて動けない。


 こいつらの目的は私じゃない。

 だから容赦無く私を殺すだろう。


 こいつらの目的も——


「さあ、お嬢ちゃん。その槍を渡してもらおうか」


 当然、この槍ラウだ。


 どうしよう、どうしようもなく怖い。

 体の震えが止まらない。


 けど、ラウは絶対に渡したくない!!


「しかし、よくこんな小娘一人で夜のフィールドを抜けられたなあ。今も震えちゃって。素人丸出しじゃないか」

「けれどこいつ、的確に上級モンスターは避けてたし、下級モンスターもレアドロップを狙える倒し方ばかりしてたぞ」

「へぇ。知識だけは豊富な優等生タイプかね」


 私、見られてたんだ。

 ずっとここまでつけられてたの?


『ラウ、どうしよう』

『そうですね、ここはしかないですね』


 心の中でラウと会話すると、どうやらラウは打開策が見えているようで少し安心する。


「さあ、おしゃべりはここまでだ! 早くその槍を渡してもらおうか?」

「俺らだって鬼じゃねえ。槍さえ渡してくれれば命までは取らねえからよ」

「ああ。ブロンズのサラサラショートヘアーにクリクリの瞳。ぜってえ高く売れるから心配すんな」


 しびれを切らせた男二人が更に脅しをかけ、「ゲヘヘ」と下品な笑いをしてる。

 どうしてこうも売れる・売れないで人を判断するのだろう……。


 ……気持ち悪い。


『それで、どうしたらいいの? あの手って、まさか昨日みたいな色仕掛けじゃないでしょうね?』

『はい、今回はもっと手っ取り早くやりましょう。ルイ、私を手にしたままこう言ってください”雷そ——”』


 ラウが”あの手”とやらを教えてくれているその時。


 ——パリン!


 窓を突き破って球状の何かが部屋に入ってくる。


 部屋に入ってきた何かは部屋の中央まで転がったところでシューっと煙を吹き出し始める。


 まさか、三人目?!


「煙玉だと?! くそっ! 誰だ?!」

「おい! あの女どこいった? 見えねえぞ!」


 たちまち部屋に充満する煙で、ボウガン男二人もこっちの姿を見失ってるみたい。


 ……って、え?

 あいつらの仲間じゃないの?


 いや、どっちでもいいこの際どうだっていい!

 この隙に逃げたい!


 ……けど、私だって全然見えない! あいつらにバレないようにうまく部屋から出るなんて絶対無理!


 こうなったら、ラウの言った通り窓から出て屋根伝いに走るしか……。


 部屋の中の全員が慌てふためく中、半ば投げやりに覚悟を固めようとしていると、窓の外から小さな囁き声が聞こえた。


「動くな。じっとしてろよ」


 聞いたことのない男の子の声。


 けれど、敵意は感じない優しい声。


「……誰?」


 聞き返すも返事はない。

 すると、ラウも同様に勧めてくる。


『ここはこの少年に任せましょう。ルイはその場に伏せてください。敵に居場所がバレるから声も絶対にダメですよ』


 ラウが言うなら間違いない。

 窓の外の声とラウの言うとおりその場にかがんでじっとしていると、”何か”が窓から入ってくる気配がした。


 外から入ってきた”何か”は私の横をかすめるようにして部屋の中央に素早く動いていった。


「ぐあっ!」

「ぎゃっ!」


 何も見えないけど、ボウガン男がいた方向からうめき声が聞こえてくる。



 何?! 

 何がどうなってるの??


 怖くて叫びそうになるけど、必死に自分の口を両手で抑え込む。


 しばらくすると声は聞こえなくなり、衣擦れのような物音だけが部屋に響いた。


『どうなってるの?! ラウ、教えて!』

『……すぐにわかりますよ』


 余裕のない私がラウにはぐらかされ『そんな悠長な!』と返していると、部屋の中央からさっきの男の子の声が聞こえてきた。


「おーい、もう大丈夫だぞー!」


 声のする方に顔を向けると、煙が晴れていく。


 ようやく真っ白な世界が終わったので、現状を把握しようと槍を構えてあたりをキョロキョロと見回す。


 ……あの下品な男たちは?!


 すると、意外なところにその男たちを発見する。


 ボウガン男たちは部屋の中央でぐったりと倒れ、縄でぐるぐる巻きにされていた。

 口には声を出せないように猿轡をされている。


 そしてその横には腰に剣を二本携えた、少年が一人。


 白銀の短髪に額当て。両手には手甲をしている。


「もうこいつらは動けねえからさ、安心しろよ」


 私が警戒を解かないでいると、少年はこちらに両手のひらを向けながらニッと笑う。


 その顔には敵意が全くない。

 それにこの声。さっき窓の外から聞こえた声だ。


「あなたが助けてくれたの?」


 構えていた槍を下ろしながら聞くと、少年は「まあな」と笑った。


 私が「どういうこと?」と尋ねると、宿屋のおじさんが勢いよく扉を開けて部屋に飛び込んできた。


「一体どうしたんだい?! 下に煙が……あん?」


 おじさんは部屋の中を一通り見て、唖然としている。


 部屋に泊まっている私以外に、ふん縛られた悪党二人に、そのそばに立つ少年。

 察しろという方が無理な話ね。


 私は説明しようとするも「あ、えっと、これは……」と説明に詰まってしまう。


 しょうがないじゃない、私だって、何が何だか!


 すると少年がこっちでも助けてくれる。


「騒がしくてすみません。俺は賞金稼ぎのネルと言います。この部屋に賞金首が入っていくのを見たのでやむなく窓から入って無力化しました」


 わかりやすい端的な説明。私も状況がようやく把握できた。この男の子、賞金稼ぎだったのか。


 私が理解できたように、おじさんも理解できたようで「そうだったのか。ルイちゃん、大丈夫だったかい?」と心配してくれる。本当に優しい人。


「私は大丈夫です。ありがとう、おじさん」


 私とおじさんが安心した様子で話していると、ネルと名乗った少年が「コホン」と咳払いをして注目を引く。


「申し訳ないがおじさん。この町ここの自警ギルドに引き渡しの連絡してくれませんか? 俺はこいつらを見てるので」


「あ、ああ。わかった、ちょっと待ってなよ」


 おじさんは部屋を出てドタドタと階段を降りていった。


 その様子を見送っていた少年が「さてと」と言いながらこっちを向く。


「いくつか質問してもいいかな?」


 その表情は先ほどより真面目な感じで、ラウを握る手に自然と力が入った。

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