第7話 束の間の休息

 人生初のモンスター撃破から約四時間後……。


 息も絶え絶えになりながら、ようやく目的地に到着した。


「やっど……着いだぁ……」


 モンスター避けの木の柵でぐるりと囲われた小さな町。


 夜も明けて太陽が顔を出し始めた頃、イリナの門の前にやっと到着した。


 太陽の暖かい日差しが、まるで私を歓迎してくれてるみたい。


『はい。隣町のイリナです。ルイ、お疲れ様でした』


 ラウも労ってくれてるけど、返事をする気力もないので黙って首を縦に振る。


 本当に。

 我ながら、よく頑張ったと思う。


 ここにたどり着くまでにスライムを六体、鉄ムカデを四体、トゲガエルを二体も倒したんだから。


 もちろん、ラウのアドバイス有りで。


 それでも初めてのモンスター相手はビビっちゃってかなり時間がかかるんだけど、二体目以降は割と手早く倒すことができたはず!


 ラウも『その点は評価してあげます』と言ってくれたし。

 私、飲み込みは早いみたい! やったね!


 ……それよりも、怖かったのは上級モンスター!


 ラウから急に『伏せて息を殺して!』と真剣な声で囁かれた時はただ事じゃないと思ったけど……。


 まさか、大型のトカゲモンスターが私の横を通り過ぎて行くとは!

 ほんと、生きた心地がしなかった。

 あああ今思い出しても身の毛がよだつ……。


 他にもゴーレムとかアンデッドのモンスターとか……。


 ラウの視野の広さには、ほんと感謝です。

 ありがとう。

 おかげで何とか町につくことができたよ。


 でも家を出てから丸一日。

 流石にヘトヘト……。


 体力もだけど、喉が限界。

 叫びすぎてガラガラ声になっちゃった。


 数回ンンと喉の調子を整えてからラウに尋ねる。


「もう朝になっちゃったけど、宿屋さんはやってるかな? 流石に休みたいよ……」

『基本宿屋は一日中誰かいるはずです。空き部屋があれば入れてくれるでしょう』

「空きがありますように……ありますように……」


 空き部屋があることを切に願いつつ早速町の中に入ると……。

 なんと! 門のすぐそばに宿屋を発見した。


「ラッキー! こんな近くにあるなんて!」

『ルイのような人のために、宿屋は大抵入ってすぐのところにあるんですよ』


 ベッドにダイブしたい一心でお店に駆け寄るが、店の扉の前まで来たところでハッとあることに気がつく。


「あ、けど……。どうしよう、ラウ。私お金なんて持ってない……」

『大丈夫です。ルイ、私の言ったはちゃんと持っていますね?』

「う、うん。持ってるけど?」

『じゃあ大丈夫です。私の言う通りにしてください』

「わ、わかった……」



 ——ガチャリン



 宿屋に入ると正面にカウンターがあり、向かいに顎髭を蓄えたおじさんが座っている。

 ロビーには他にお客さんはいない。


 流石にこんな朝早くから泊まりにくる人はいないのだろう、おじさんは眼鏡をかけて本を読んでいた。

 こちらにもまだ気がついてないみたい。


『さあ、ルイ。あのご主人に話しかけて』

『う、うん……』


 これまでに宿屋に泊まったことはもちろんある。

 武器商人の父さんの手伝いで、商品調達に同行した時なんかはいろんな町に赴き、先々で宿屋を利用した。


 けれど受付とかの手続きは全部父さんがやってたから……。


『どうしよラウ! 緊張するー!』

『落ち着いて、ルイ。さっきも言った通り、私の言う通りにすれば大丈夫だから……』


 心の中でラウに助けを求めると、落ち着いた声でなだめてくれる。


 軽く数回深呼吸をし、カウンターに向かう。


「あの、すみません」


 私が話しかけると、受付のおじさんはようやく気がついたのか慌てて本を置き、眼鏡を取りながらこちらに向き直す。


「ああ。どうもすみません、何せこんな時間にお客さんはほとんど来ませんので」


 おじさんは愛想よく笑いながら、宿帳を用意したりペンを準備してくれる。


 ……よかった、いい人そう。


「いえ、こちらこそこんな時間にすみません。もし空いてるお部屋があれば一日泊まりたいんです」


「ええ、ええ、ありますとも。一泊30Gです」


 来たお金の話! 私、持ってないけど本当にこれで大丈夫なのかな……。


 一抹の不安を覚えながらも、ラウのことを信じて肩にかけたポーチから言われたものを取り出す。


 ——ガラガラプニプニ


 物音を立てながら受付カウンターにぶちまけたものは、私のゲットした戦利品たちだ。


 スライムの魔道心臓に鉄ムカデの触覚、というらしい。ラウ曰く。

 正直気持ち悪くて触りたくない。


 他にも倒したモンスターがドロップしたアイテムをカウンターに出し、そして宿屋のおじさんにこう言えばいいらしい。


「これ、こちらで換金してもらえますか?」


 おじさんは並べられたアイテムを一通り流し見たあと、驚いた表情でこちらを見る。


「いいのかい? これ、レアドロップばかりじゃないか?! それに、宿屋で換金すると——」

「商店よりも手数料がかかるんですよね。知っています。でも大丈夫です、こちらで換金してください。疲れたので早く休みたいんです」

「そうかい? それじゃあ、えーと。手数料を引かせてもらって、全部で150Gだね。でも本当にいいのかい? 商店で売れば200Gにはなるのに……」


 私が「それでいいです」と言うと、おじさんは「ちょっと待っててね」とドロップアイテムを抱えて、奥に仕舞いに行った。


『ラウの言った通りにしたらうまく行きそう!』

『当然です』

『でも、いいおじさんでよかったな。「変な時間に来るんじゃねー!」とか怒鳴られたらどうしようかと思ってたよ……』

『中にはそれ以上の罵声を浴びせる人もいるでしょうが。ここの主人は優しそうでしたね。換金の値段も妥当ですし』

『それ以上の罵倒も気になるんだけど……。値段が妥当ってどう言うこと?』

『世の中には無知な冒険者相手にぼったくる、なんてことはざらにあると言うことです』

『ははあ……世知辛いなあ……』

『ルイも、これからはそういう目も養っていく必要がありますね』

『はい先生。努力します』


 私の宣言に『よろしい』とラウが返してくれた頃、おじさんが奥から戻ってきた。

 手にはお金を持っている。


「はい。50G札三枚で、150Gね」

「ありがとうございます! それで、ここから支払いたいので……」

「ああ! そうかそうか。こりゃいかん。お釣りがいるね、ごめんよ」


 頭をぽりぽりと掻きながら「しまったしまった」お釣りを取りに奥に戻ろうとするおじさん。


 私はとっさに「待ってください」と引き止める。


「お代、50G払います。なのでこれでお願いします」


 おじさんは私が差し出した一枚の50G札を見てぽかんとしている。


「いやいや、料金は30Gでいいんだよ?」

「はい。でも、こんな早くから入れてもらうので、少し多めに。はい、受け取って!」


 おじさんの手に無理やりお札を握らせると、おじさんは申し訳なさそうにそれをポケットにしまった。


「すまないね。じゃあ遠慮なく受け取らせてもらうよ。鍵はこれだから。部屋は二階の右手にあるよ」

「はい! ありがとうおじさん!」


 宿帳に記入し、鍵を受け取った私におじさんが「ごゆっくり」と声をかけてくれたので、手を振りながら階段を上った。


 ようやくふかふかのベッドだー!


 るんるん気分で階段を登りきり、右手の部屋の鍵穴に鍵を入れる。


 ——カチャン


 扉を開けると、中は一人で泊まるには十分すぎるほど広い部屋だった。


 ベッドもうちのより大きい!


「おおー! 広いし綺麗な部屋! 広すぎるくらい! ね、ラウ!」

『……どうやら、ここは二人用の部屋みたいね』

「え? そうなの?」

『ベッドは二人用の大きさで、一通りの食器も二人分あるでしょう? どうやら、ルイが多めにお金を払った分、大きな部屋にしてくれたんでしょうね』

「えええ! そんなつもりじゃなかったのにな……。一人部屋に変えてもらおうかな?」

『いえ、ルイの優しさが響いたんでしょう。あの主人のご厚意でもあり、ルイの人柄のおかげです。ありがたくいただきましょう』

「うん……。本当にいいおじさんだったな。ありがとうございます」


 見えないおじさんに向かってぺこりと一礼をし、部屋の隅に鞄を下ろす。

 そして、槍をベッドのすぐ横に立てかけて、お待ちかね!


 ベッドに向かってダイブ!


 ——ぼふん


「ああ〜ふかふかで気持ちいい〜〜〜」



 早く他の勇者を助けに行かないといけないって、頭ではわかってはいるんだけど。


 数回ゴロゴロとしてベッドを堪能した後、真ん中で仰向けになり大の字を作る。


 はああ。

 思えば、命を狙われて一人で故郷を離れた時は本当に心細かったし、今でも信じられない。


 けど、ラウがいれば一人じゃないし、初めて泊まった宿屋のおじさんもいい人で……。



 初めてホッと落ち着ける時間になった。

 みんな、こんないい人だったらいいのにな……。

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