第6話 第一歩

『落ち着いて動きをよく見て。 相手はスライム、低級モンスターです』

「そんなこと言われてもーーー!」

『大きな声を出してもモンスターは倒せません。早く武器を構えなさい』

「ギャーーー! こっち来たーーー!」

『ちょっと! どこに行くんですか?!』

「たーすーけーてーーー!」


 ここは、国を出たすぐの草原。

 月はのぼり、あたりは真っ暗だ。


 消息を絶った勇者を探すため、まずは隣町のイリナというところへ向かっている最中なんだけど……。



 私は今、スライム一匹相手に戦意喪失し、背中を向けて全力疾走している。



 相棒のラウは『先が思いやられますね』と落胆しているようだが、許してほしい。


 なぜなら、私はこれまでの十六年間、モンスターとなんて戦ったことがないんだから。

 町の外に一人で出たのもこれが初めて。


 息が切れても走り続け、限界が近づいてきた頃に振り返る。


 どうやら、本気で走った結果スライムは撒けたようだ。

 よかった……。


 安堵と同時に疲れもドッと押し寄せたので、近くにあった木に寄りかかりそのまま座り込む。


 これまでの人生で、こんな夜に町の外に出たことも、ましてや一人で街を出たことすらない。

 けれど、これからは故郷を離れて生きていかないといけない。


 お母さんのご飯も食べられない、酔っ払ったお父さんの笑い声も聞けないんだ……。



「お父さんお母さん、心配してるかな……。まさかこんな形で家を出ることになるなんて……。お父さんお母さんに何にも話できなかった」

『ルイ……』

「はあ、お家に帰りたい……」


 膝を抱えてうずくまりながら呟く。



 けれど、それは叶わぬ願い。

 もう私は、んだ。


 だから今、町の外側こんなところにいる。


 寄りかかる木の周りには何もなく、遮られることのない風が周りの草ごと私を包み込む。


 はあぁ。

 夜の風って、冷たいな。


 暖かい我が家が恋しい。


 準備なんてする暇もなかったので、ろくな装備も持っていないし。


 私が不安に押し潰されそうになっていると、ラウが明るい声で語りかけてくれる。


『ルイ、隣町まで頑張りましょう! 大丈夫、私が付いてます』

「ラウ……ありがとう」


 ラウは昔からそう。

 私とずっと一緒にいてくれる。


 色々教えてくれるし、一緒に笑ってくれる。

 叱られることもあるけど、こうして私が落ち込んだ時は必ず励ましてくれる。


 私のお姉ちゃんみたいな存在だ。


 潤んだ瞳を袖でグイと拭う。


「よし! 行こう!」

『はい! 夜が明けないうちに到着しましょう』

「一晩こんなところにいたら風邪ひいちゃうもんね」

『そんな可愛いもので済めばいいですが』

「え?」

『上級モンスターに膨らまされたり、野盗に転がされたりするでしょうね』

「動詞がよくわからないけど、怖いね!」


 ラウに突っ込みながら、立ち上がる。


 ……うん。

 話をしてるうちに、ちょっと元気が出てきた。


 仕上げに自分の頬を両手でパンと叩いて気合をいれる。


「よし! じゃあ、行こう! モンスターが出たらアドバイスよろしくね!」

『はい、任せてください』


 もう一度、隣町のイリナへのスタートを切り直す。


 一応さっきもイリナへの道中だったんだけど、スライムに遭遇して引き返してきちゃったからな……。


 ここから、もう一回スタート!


 ——プニャ


「……って、こいつは?!」


 私が目にしたのはプニョプニョと蠢く物体。

 数メートルくらいの距離しかなくて、めちゃくちゃ近いんですけど?!


 慣れないモンスターとの再びの対峙に、私の心拍数が跳ね上がる。


『さっきのスライムのようです。どうやら健気に地道にルイのことを追いかけてたようね』

「どうしてこんなに近くに?!」

『周りは足の長い草。スライムは上背がありませんし、さっきまでルイはしゃがんでいましたから。見えないのも無理ありません』

「そんなことはどうでもいいから! どうしたらいいの??!」


 テンパってまともに会話ができない私に、ラウは一応『ルイが聞いたから答えたのに』とボソッと反論をした後に冷静に対処方法を伝えてくれる。


『さっきも言いましたが、スライムは確認されているモンスターの中でも最下級のモンスターです。俊敏性もなければ、リーチも短い』

「先生質問!! りーちって何ですか??!」

『攻撃が届く範囲のことです。相手のリーチよりも外にいれば攻撃は喰らいません。そして、今はそのリーチ外にいます。なので落ち着いて』

「そっか……うん……わかった」


 ようやく冷静に慣れた私は、唯一連れてきた槍を両手で持つ。


 ラウと話をしている間にもスライムはプニュンプニュンと跳ねながらこちらに向かってくるが、まだ少し距離がある。


 確かに動きは鈍いし、遠くに攻撃が届きそうな感じもしない。


『いいですか、ルイ。相手が槍の届く範囲に来たら思い切り突いてください。一回でも当たれば倒せます。簡単です』

「……わかった」


 一回当てればいいだけ……一回当てればいいだけ……。


 うん!

 それくらいなら私にもできるはず。


 その場で槍を構え、スライムが近づいてくるのを待つ。


 数回跳ねたスライムが、切っ先の届くところまで……来た!


 今だ!


「ヤアッ!」


 腰の高さに構えた槍をスライムに向かって突き下ろす!


 すると……


 ——ピョコン


「ぎゃあーーー!! 避けたーーー!!」


 すぐに数歩後ずさりをする私を、ラウが『落ち着きなさい。ルイ』とたしなめる。


『避けられる攻撃を避けずに死を受け入れる物好きな生物は、そうそういません』

「じゃあどうすればいいの??! 一回突けばいいって言ったじゃん!」

『私はと言いました。避けられないタイミングで攻撃をしましょう』

「先生! じゃあその避けられないタイミングを教えてください! 早く!!」


 再び爆上がりする私の鼓動。

 先生の冷静なアドバイスでもう一度冷静にしてください。


 しかし、そんな私の願いは今度は聞き入れらないようで。


『ダメです』

「先生?!」

『戦闘の基本は相手をよく見ることです。ルイ自身で相手の隙を見つけてください』

「そんな……殺生な……」

『これくらいできないと、これから外の世界では生きていけませんよ。ほら』


 ラウに促されてしぶしぶスライムと対峙する。


 聞こえるのは、スライムが跳ねる音と私の心臓の音。


 怖いけど……大丈夫!

 だって私は一人じゃないから。


 ラウとなら、何だってやれるんだから。


 ふぅーーー。


 大きく息を吐いて平常心を何とか取り戻し、スライムを観察し始める。


 スライムって遠くから見るとただのプニプニした物体って感じだったけど、よく見ると結構グロいんだね……。

 中身が透けて心臓みたいなのがドクドクしてるのが見えるし、跳ねる前には予備動作みたいに体の下にグニョグニョと何かが寄せ集まってる。


 あ! ほらまた。

 集まって、跳んで、休憩して、集まって、跳んで、休憩して。

 何なのあれ……。


 でも、一定周期で下半身にグニョグニョが集まるのは見ててちょっと楽しいかも。


「一定周期……? あっ!」


 戦闘度外視でしていた観察から、まさかの閃きが!


「わかった! 着地した後にはすぐ跳べないのね!」


 私の閃きをラウも『いい目の付け所ですね』と褒めてくれる。


 やった! 正解みたい!


 じゃあ、この周期を利用して、相手がジャンプし終わったタイミングで……


「エイッ!」


 見事な着地狩りで、突き出した槍がスライムを捉える!


 槍が貫通したスライムは「ピィァ」と鳴いてすぐに霧散した。


「ラウ! やった! 私やった!!」

『ええ。見事でしたよ、ルイ』


 初めてモンスターを倒せた喜びで飛び跳ねて喜ぶ。

 それくらい、本当に嬉しい!


「ラウのおかげだよ! ありがとう」

『ルイが頑張ったからですよ。この調子でイリナまで頑張りましょう』

「うん!」


 肌に当たる風も、さっきより心地よく感じる。


 ラウと一緒なら何だってできる気がするし……


「私、ラウとなら何処へだって行ける気がする!」

『フフ、そうですね。私もそう思いますよ』


 だって、私とラウは最強コンビ何だから!


 まずは目指せ隣町!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る