第13話 晴れ姿の遺影。
日記を読み終えたその日の夜、私はなかなか寝付けずにいた。
何度も目を開けた視線の先には、薄暗い部屋の中で浮かぶ写真の中の香里の振袖姿。
成人の日に、実家の前で撮った写真である。
背景の所どころに見える雪が、あの時の慌ただしく始まった凍るような寒い朝を思い出させる。
もちろん、髪結いと着付けは、綾にしてもらった。
いつも不機嫌な香里の顔ばかりが思い浮かぶのに、この写真はとても穏やかな表情をしている。
私は、遺影としてこの写真を選んだ時に初めて、こんな優しい表情していた事に気がついた。
何を私は見てたんだろうね。ほんとに…。
写真屋で撮るのは、お金貯めてから違う着物で撮りたいと言っていたが、結局、それも出来なかった。
私には、この成人式の写真で、他にどうしても思い出してしまうことがあった。
香里には、中学時代に仲が良かった中島沙希と伊藤結里という友達がいた。特に沙希は、香里が転校した5年生からとても仲が良かった友達だ。お互いに自宅に行き来したり、私も沙希の自宅に迎えに行ったりもしていた。
ある日、香里が来ていないと学校から連絡が入り、その後、不登校で休んでいた沙希の家に担任が訪問したらに、そこに香里がいた、ということエピソードもあった。
小学生ながらストレス抱えていたんだろうか。そんな似たもの同士だから気が合ったのかもしれない。
しかし、この時の私は、そう思えるほどの気持ちの余裕もなく、どれだけ心配したかを、香里にこんこんと説教したことがあった。
今思えば、ストレスにストレスを重ねてしまったのかもしれない。
そういった親友とも呼べる沙希ちゃんには、香里の事を早く伝えなければと思った。
しかし、メールや電話番号も分からない。9月に香里が亡くなって1か月ほど経ってから、思い切って事前連絡もできないままだったが、私は沙希ちゃんの自宅に伺った。
住宅街の中の白い一軒家。
ドアホンでの応答のあと、すぐに色白で細身の女性が出てきた。
沙希ちゃんの母親だとすぐ分かった。
「すみません、突然。」
香里の事を話すと、母親は少し戸惑った様子だったが、何も言わずに中へ招き入れてくれた。
沙希の母親は、スナックを経営していると香里から聞いていたが、想像していた以上に上品できれいな人だった。
私は居間に飾ってある大きな額に入れられた成人式の写真を見ていた。
「沙希ちゃんきれいになったね。」
小学生のころの沙希ちゃんは、長身でふっくらとしていた印象だったが、母親に似たほっそりとした顔立ちとなり、美しく成長していた。
「あの実は…。」
背後から、母親が声をかけてきた。
「沙希も今年の5月に亡くなったんです。」
「えっ、亡くなった?沙希ちゃんが?香里から何も聞いてなかったです。」
その艶やかな紺色の着物姿の沙希ちゃんを、私は二度見した。
「沙希は風呂場で手首を切って…。」
「そんな…。」
「香里ちゃんは知らなかったと思います。結里ちゃんが言ってました。香里ちゃんも悩んでてしんどそうだっから、言わない方が良いと思ったって。言ったら後追うかもしれないからって。実は香里ちゃんが亡くなったこと新聞で知ってたんですが、私も連絡取れなくてすみません。今って何でもスマホに入ってるもんですから、ロックかけてあったら分かりませんもんね。だから、今日、来てくれて本当に良かったです。」
私は、思ってもいない展開に動揺した。
「こんなことが…。沙希ちゃん、辛かった香里を見かねて呼んだのかしら。」
と言ったあとで、しまったと思った。沙希ちゃんが香里を死なせたみたいになってしまったかも。
「香里も寂しくないね。向こうで一緒に遊んでるのかな。すみません、変な事言って。」
「いいえ、いいんです。そう思わないと辛いですものね。」
その会話に加わるように、白い小鳥が、静かな羽音をたてながら私の肩に止まった。
「あら、可愛い。」
「沙希が可愛がってた文鳥なのよ。さくらって言うんですけど、不思議な事に、あの子が亡くなった時、落ち着きなく飛んでたかと思うと、しばらくじっと動かなくなってしまって。今は元気になったけど。何か感じていたのかもね。お客さんが来ても、あまり肩になんか乗ったりしないんだけど。さくらも里田さんに何か伝えたいのかしらね。」
「そうかもね。あなたも悲しくて寂しいのよね。さくらちゃん。」
そうよね。この子も悲しいのよ。きっと。
そして、私は小さな仏壇に手を合わせたあと、結里の連絡先を尋ねた。
母親の連絡先なら知っていると、私は電話番号を教えてもらい帰宅した。
私は早速、結里の母親へショートメッセージで香里の訃報を伝えた。
その日のうちに母親から電話が入り、相当驚いたのか、何度も言葉に詰まりながら話してくれた。
「結里もちょっと、あの私の母が亡くなってから間もなくて。おばあちゃん子だったからショックが大きくて。それに薬剤師の大学も上手くいってなくてね。どうしようか、今の結里に伝えるのが、ちょっと厳しいかも。少し間おいて伝えます。でも、びっくりです。なんて言っていいか。」
数日後、電話があった。
電話に出たとたん、結里は泣いていた。
意外と早い連絡だった。
あとから聞いた話では、結里の母は、娘に話すタイミングを思案している時間が辛くて、自分の中に長く持っておく事ができなかったらしい。
「結里ちゃん、大丈夫?」
「すみません。なんだか、ぐちゃぐちゃで。」
「お墓、まだだから家にお骨あるから、来てくれると香里も喜ぶわ。」
後日、結里は母親とともに、手を合わせに来てくれた。
「香里ちゃんも、成人式の写真なんだね。沙希ちゃんもだったね。この子、成人式出てなくて。写真だけ後から撮ることにしてたけど、まだなんだよね。偶然かもしれないけど、2人もなんて…。なんか撮るの怖いわ。」
そう言いながらついた母親の大きなため息を、悲しげに結里は見ていた。
そして、香里の遺影に話しかけた。
「ごめん、香里。もっと話すれば良かった。けんかって訳じゃなかったけど、しばらく口きいてなかったから。なんか、私も大変だったし、あんまり会えなくて。ごめん…。」
結里は泣き崩れた。
「結里ちゃん、ありがと。友達2人と、おばあちゃんまで、辛いね。」
そう、この一枚の写真から、あの二人を思い出すのである。
結里ちゃん元気にしてるかな。
沙希ちゃんと香里も、向こうでも仲良くしてるのかな。
そんな事を思い巡らながら、私は何度も寝返りをした。そして写真に背を向け、また涙した。
後を追うかもしれない…
その時は何気なく聞いていた言葉。
今になってわかる。
それほどの精神状態だったのね…。
まだ新鮮に頭に残る日記の中の言葉も、寝付けない時間の中に居座っていた。
それでも、いくらかの時間が過ぎ、子どものような泣き疲れが作用したのか、私はいつしか眠りについた。
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