第14話 夢の意味。
夢を見た。
そこは、何故か夜の海。
浜辺に着物を着た香里が立っていた。
大正ロマンを思わせる少し色あせた朱鷺色の振り袖。
棺の中の香里にも掛けてあげた振り袖である。
香里、やっと、来てくれたんだ…。
その着物、成人式で着るのに香里が古着屋で買ったお気に入りだったね。
写真毎日見てるよ。
香里…。
何も語らず、仮面のような表情…。
どこ見てるの?お母さんこっちだよ。
そして、香里は袖をふわっとさせて背を向けた。
暗い海に向かって、段々遠くなっていく。
どこいくのよ。行かないでよ…。
ふと見ると、香里の向かう先には月が…。
そのおぼろげな月は、今にも消えそうに揺らいでいた。
えぅ、香里?どこ?
香里の姿は月とともに消えていた。
何も話してないじゃないのよ。
本当は、もっと話さなきゃならなかったのにね。
謝らなきゃならないのにね。
目を覚ますと、香里の穏やかな顔と目が合った。
私は、少し湿った枕カバーを外しながら、
「言いたいことがあったら言ったら良いのに。
ほんとに、月に消えるなんて、何よ、かぐや姫みたいじゃないのよ。」
写真の香里に向かって、声を出して本気で怒っていた。
夢から覚めた事を忘れたわけでもないが、夢の中の高ぶりをそのまま物言わぬ香里にぶつけていた。
あぁ、まただ。こんなんだからだよね。
分かってる、分かってるよ。
夢で会ったら、謝ろうと思ってたのに。文句ばっかだね。
朝からごめん…。
私は、無理やり頭の中を切り替えた。
そうだ、香里、パソコン教室の先生に手紙書こうと思ってるのよ。
こんなにお世話になってたんだもの。きっとどうしてるか心配しているかも。
でも、亡くなってることを伝えるのは、気が重いな…。
そのまま何も知らないでも良いのだろうけど。
パソコン教室の方は、どこまで香里を覚えてくてているだろうか。かえって迷惑かも。
でも、やっぱり、私の中にも香里と関わった人たちにも、香里が生きていた証を、また一つ刻みたいし。
でも、でも…。
怒ったり、一人で会話したり、虚しくなってくるよ。
そうひとり押し問答を繰り返したあと、私は手紙を書くことにした。
香里が亡くなってから、私は、お世話になったお礼も含めて香里が勤務していた職場にも挨拶へ行っていた。
医療も含め、施設で働いていると、少しでも関わった患者さんや利用者さんの訃報が載っていないかと、お悔やみ欄をよく確認しているものだ。香里の訃報も新聞のお悔やみ欄で知ったらしく、同姓同名なのか、年齢も同じだし、本人なのかとちょっとした騒ぎになっていたとの事だった。
例のパワハラ主任は異動になったとかで、香里の上司だった女性の事務長が対応してくれた。
一言言ってやりたかったのに…。
主任の態度で香里は悩んでいたと話したが、話し方はきつい人かもしれないけど、悪い人ではないと、想定通りの言葉にとどまった。
それでも、みんなが覚えていてくれたことが嬉しかった。
香里が生きた人生は短かったけど、頑張って生きていた証が少しでも欲しかった。
いつかは、周りのみんなは忘れてしまうであろう。
少しでも香里の事が心に残ってくれたなら、これからも香里を思い出す人が少しでも増えたなら、香里も救われるような気がした。
こんなことばかり考えてるよ。香里、早いよ。これからが長いんだから。
やっぱり、死ぬ順序って大事ね。
ふと夢の中の香里を思い出した。
何故海なんだろう。
そうだ、浜辺、浜辺の唄…。
綾にもらったメモ、たしか、財布に入れたんだ。
「あった、これだ。ここ行ってみようかな。何か変われるかもしれない。香里がそこに行けって言っているのかもしれない。」
こじつけかもしれないと思いつつも、私は何かせずにはいられなかった。
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