第7話 闇。

 三人一緒に歩んできた道。

 

 これから先も、当たり前のように道は続いている…はずだった。

 

 いつかどこかで、分かれ道に遭遇し、遠回りや迷い道を経験しながら、娘たちは、それぞれの道へと歩みを進めて行ったであろう。


 それが、当然だと思っていた。

 

 しかし、その香里が進むはずの道が突然崩れ落ち、香里は、永遠の暗闇に落ちていった。

 

 分かれ道も、遠回りをすることも無く…。

 

 

 残った私は、幅の狭くなった道を歩み続けることができなかった。

 

 消えた香里を探すように、私も暗い闇の中へ。

 

 どこまで落ちても香里は見えない。

 

 どうして…どこへ行ったのよ。

 

 お母さんに何も言わないで。酷いじゃない。

 

 

 

 永遠と深く沈んでいくように思えた。それでもいいと思った。

 

 暑さも、寒さも、痛みも感じない。

 

 光の届かない暗闇の中。海の底のよう。

 

 ただ、悲しい…。

 

 ふと、誰かの声がした。

 

 お母さん…。

 

 美保の声。

 

 あぁ、そうだった。美保。戻らないとね。

 

 でも…。

 

 香里にもう会えないことも分かっているけど…。

 

 それでも、それでも…。

 

 香里がどこにもいないのよ。

 

 

 

 

 日々の仕事の忙しさで、次第に、涙することも減ってはいった。

 

 しかし、日常生活がすべて思い出。

 

 朝起きれば、歯ブラシがそのまま置いてある。

 

 最初の頃は、朝起きると、もしかしたら、私はあの悪夢から覚めたのではないかと、本気で香里の姿を、トイレや浴室まで、探してしたこともあった。

 

 やっぱり…いない。

 

 チェストの上の成人式で撮った写真。

 

 優しく私を見る香里の目が悲しい。

 

 亡くなってから、気が付いた。

 

 こんな優しい表情だったんだ。

 

 ため息とともに始まる、香里のいない日常。

 

 

 

 買い物に行けば、果物が好きだったな、このお菓子が好きだったな。

 

 アレルギー性鼻炎だった香里がいなくなってから、ストックがたくさんあるティッシュが減らず、買うことがほとんど無くなった事さえも香里がいない事を物語る。

 

 服が好きな香里とよく行った、ウインドウショッピングも、美保とでは、なかなかかみ合わず。テレビを見ても、芸能ネタから、政治ネタまで、会話が弾んでいた香里はもういない。

 

 喪失感を、ぽっかりと穴が開いたようだというが、香里が一人いなくなっただけで、ぽっかりどころか、底なし沼のように、どこまでも深く、永遠に感じた。

 

 それは、5年経った今でも、私は、深い海の中を漂っている。

 

 油断すると、すぐ沈んでしまう。

 

 寂しくて寂しくてたまらない。

 

 それでも、時折、キラキラと光る水面を眺めている。

 

 

 

 事件や、災害などで、家族の安否も不明のままというニュースは、自分はまだマシと感じるようになった。

 

 娘が入った棺が、火葬炉に入る時の強烈な辛さも味わった。

 炉から出て、まだ熱がこもる台の上で、崩されて軽くなった娘の真っ白な骨も拾った。

 

 娘に死化粧を施すこともできた。娘の身体だった遺骨も墓の中に眠っている。


 

 だから、まだマシ。

 

 事件や事故で、ひどく傷つけられた姿なんて…。


 災害で、骨も見つからないなんて…。

 

 耐えられない…。

 

 そう、だから、まだ娘の遺骨がある自分は、まだ…マシなんだと言い聞かせている。

 

 そうやって、沈まないようにしている。

 

 

 後悔と懺悔の日々…。


 許して…香里…。



 私は、水面の向こうのキラキラした世界に戻ることが、まだできない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る