最初から君のターン

 その歌詞は、南雲にとっては心当たりが多すぎた。


 ――まさか……彼女はあの時のメガネっ娘……

 だが事実は物語っている。全く否定は出来なかった。


 心が震える。まさか……まさかと。


 ◇ ◇



 高校三年のあの時。都営アパートの階段を降りた先で、星空を見上げていた三つ編みおさげのメガネっ娘に、何か奥深い気概を感じた南雲。


 同じ棟の住人だと思い、顔を伏せたまま「こんばんは」と挨拶をした。

 ところが、すれ違いざま「南雲先輩?」と、声を掛けられたので、南雲は思わず彼女を直視した。


「えっと……」


「お、お弁当有り難う御座いました」


 お辞儀をした彼女が南雲を見上げた時。眼鏡のレンズに反射する光は無く、南雲には彼女の瞳がハッキリと見えていた。


「あ……」


 南雲にとっては意外だったのだ。


 彼女の弁当を見た限り、ダイエットしているのだと判断してしまい、恐らくポッチャリ系なのだろうと思っていたので、余りにも憶測とはかけ離れた華奢な彼女を見て、ドキッとすると共に慌てて顔を逸らした。



 当然だが南雲は、彼女に好意を抱かれるなどとは夢にも思っていなかった。



 ◇ ◇



 ――それから数年後。南雲は二十歳を迎えたが……。


 都営アパートの前で、自分を見詰めて来たその後輩の女子の事が、未だに頭から離れなかった。そして南雲はイメージが湧くままYFDという曲を作ったのだ。



 あのチョコレートの贈り主が、もしも彼女だったら、どんなに僕は嬉しかっただろうか。


 そう考えると妄想はどんどん膨らみ、何だかテンションが上がってきた。

 骨董品のミュージックシーケンサーに、思い浮かんだメロディーをポチポチと入力したが、入力し終わってから改めて聞いてみると、これが中々良いメロディーではないか。


 益々テンションが上がってきたので、自分の事を想っている彼女というのを、勝手に想像して歌詞も作成した。


 南雲にとっては自己満足だ。何かの達成感に浸りたかっただけだ。

 ところが、テンションが頂点を迎えた南雲は、折角だからこの曲を誰かに聞いてもらいたいと思ったのだ。


 そして、顔出し無しで動画サイトにアップする事にした。



 ◇ ◇



 そうだ――今の僕は……全て君から始まったんだ。



 第七スタジオの演奏ブースの右端。

 そこに居る南雲は目頭が熱くて堪らなかった。


 大学の学食で、指の隙間から阿佐ヶ谷ゆうみを見た時に、見覚えがあると感じていたのは、彼女の素顔が見えていたからだ。


 記憶の中に残っていた名も知らぬメガネっ娘の瞳と、今は眼鏡を掛けていない阿佐ヶ谷ゆうみの瞳が、自分の頭の中で重なっていたのだ。

 だが……怖がられこそすれ、まさかこんなコワモテの僕が、彼女に好意など抱かれるはずが無いという、染みついたオタク思考のネガティブな固定観念が、全ての可能性を否定していたのだ。


 ……何という事だ。偶然なんかじゃ無い。

 もはや否定しようがない……


 ――君への想いで僕は曲を作り、此処まで来る事が出来たんだ。



 ◇


 阿佐ヶ谷ゆうみが歌い終わると、カメラは再び南雲を映し出した。


 何かを噛み締める南雲の眼光はいつもより鋭く光った。恐らく涙がにじんでいた所為もあるだろう。


 阿佐ヶ谷ゆうみは歌う前に「次は私の番だよね?」と言った。

 そして南雲はその歌詞を聴いて言葉の意味を理解した。


「最初から君のターンだ……僕に勇気が無かっただけなんだ」


 小さく呟いた南雲がマイクを握り締めると、バンドメンバーは『呼ばれた気がして振り向いてみたけど誰も居なかった』を演奏し始めた。


 ……南雲の歌声は、かすれつつ震えつつ各会場に流れ始めたが……

 ――間もなく止まった。


 こんな胸を締め付けられるような南雲の表情は、未だ嘗て誰も見たことは無いだろう。

 感極まって泣いているのだろうか。だが、この上なく恰好良い南雲の泣き顔に、感化された観客達も涙を流しながらナグコールを送った。


 そう……南雲は胸が詰まって歌えなかったのだ。


 すると、演奏ブースの反対側に居た阿佐ヶ谷ゆうみが歌い始めた。


「いつも見ていますー……


 ええ――

 いつだって見ていますー……

 そう――

 貴方のすぐ後ろで……


 ラララーララー

 振り向いた貴方の

 笑顔をだけを想って……


 私が声を掛ければ振り向いてくれるかな

 でも私には勇気が無いの


 私に魅力があれば声を掛けてくれるかな

 でも私には自信が無いの……」


 阿佐ヶ谷ゆうみが歌うYFD。

 自分が作った曲なのにも関わらず、その歌声は南雲の胸に突き刺さった。


 ――君が歌ってくれるなんて……なんだか最高の気分だ。


 気持ちを奮い立たせた南雲が再び歌い始めた。


 南雲と阿佐ヶ谷ゆうみの歌声は、お互いの想いが重なり合うように、観客達の心の奥底にまで響き渡り、ネットライブコンサートのラストを飾った。


 ――鳴り止まぬ歓声はいつまでも続いていた。




 ◇ ◇ ◇





 この話はここで終わるが、その後の話を少しだけしておこう。


 このライブコンサートから数年後……


 高井戸美由紀は月島と結婚をした。

 十八も年が離れたカップルに世間は騒然となったものだ。


 それと……噂では中野佳音と菅原が交際をしているらしい。

 同時に、芝浦ひな乃と加賀谷が婚約発表をした。


 それぞれの恋愛物語は書いているときりがないので、これくらいにしておこう。



 そして南雲は……

 ナグRソニックブームのボーカルとなった阿佐ヶ谷ゆうみの為だけに、曲を作っている。


 勿論だが、現在のナグRソニックブームというバンドの認識は、南雲と阿佐ヶ谷ゆうみの、ツインボーカルバンドという認識だ。


 ……ああ、今や世界中で売れているバンドだ。




 ◇ ◇ ◇




 南雲は引き出しを開けた。

 そこには確かに想いが詰まっていた。


 形ではない想いが。



 ◇ ◇





 ――――終。




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次は私の番だよね、と、彼女は言った 弥月ねお @21cm

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