第3話 痛み

痛いという言葉がどれほど痛みを表す言葉として陳腐なものなのだろうか。



人に殴られている時はそんな哲学的なことを思い浮かべる。



学校からそう遠くない部長に羽交い絞めされながら腹に2~3発入れられると体がふわふわしてくる。体のどこかから悲鳴が聞こえるがもう慣れた。いい加減お腹の声がうるさい。



「こいつほんと生きてるサンドバックだよなぁ!」「お前は部長に殴られるために生きてるんだ、感謝しろよな!」



何もできないまま攻撃は続く。顔、腹、頬からズキズキした痛みを感じる。夕焼け空が眩しい。開きにくい目からも光がこぼれ落ちてくる。



攻撃から30分後、攻撃がやみ、今日の「先輩からの指導」が終わった。今日はいつもより短い方だった。気がする。あくまで気がする。



つらく悲しい時間だったがここで生きていくにはこれを受け入れるしかない。



いじめという世間一般ものだが僕個人はそんな生ぬるいものだとは感じなかった。



口から噴き出た血を左手でふき取る。



「本日もありがとうございました!」



頭もフラフラだが、こうやって先輩たちに感謝の意を表明しなければまたやられてしまう。しっかりしたお辞儀を見せる。



「おう、また世話焼いてやるよ!」



そう言って先輩どもはバックを担いで公園から去って行く。



それらが自分の視界を去るのは2分ほどかかった。



「うう、痛い。」



日が沈む前に始まったこの行為も気が付けば日が落ち切っていた。秋も近づいてき、日が暮れる時間も刻々と短くなってきた証拠なのだろう。



僕はそんな事を思いながら先輩方に隠されたバックを取りに行く。



場所は大体検討がついていた。この行為が始まるときにもう1人その場にいた先輩が僕のバックを持ち去るのを確認していた。



この先輩は僕のいじめについてあまり肯定的な立場ではなかった。



だが、それを止めることは無かった。本人的には毎度のことながら「僕はいじめに関与してません」というスタンスをとっていたが僕自身はどれも変わらなかった。こいつも加害者だ。



そしてこいつは決まって同じ場所にバックを隠す。



ここからすぐの学校の電柱の裏側だ。



あった。いつもここに置いてあるのだ。多分こうやって場所を変えないのは罪滅ぼしからだろう。ほんの少しだけ丁寧に置かれたそれを背負い、汚れた膝を少し払い、家路に向かうとする。



そんな中、



「淳―!」


高い女性の声が聞こえた。



「美智子ちゃん・・・・・。」



振り返ると美智子がいた。ツインテールでテニス部に所属している女の子だ。



「どうしたの?そんな怪我して。」



ちょっと転んだだけとテンプレのようなセリフを返したが、美智子はただただ頷いただけだった。多分何があったのか分かっているのだろう。



「ごめん、もう帰るから。また明日。」



僕はそう言いながら家路を急ぐ。体は痛む。だけどこれが自分の世界だと体にうなづかせていた。





あれから6日の時間が経った。俺は普通の記者としてのこれまでのように職務を全うしていた。


少しばかり資料やらで散らかったデスクで真面目に仕事に取り組んでいると




「あんたこれ、頼むわね。」





声がした。振り返ると、すらっとし、黒のスーツを着たショートカットの似合う女性は俺に用紙を渡した。




彼女の名は村田アキ。俺の先輩にあたる人だった。




「先輩、これは?」




「言わなくても分かるでしょ?」




先輩が俺に手渡された用紙には土岐田中学校への訪問と書かれた企画書だった。要はここに向かえという事だった。今日の予定には入っていない。今から迎えということだろう。




「最近中学校の記事多くないですか?この前も俺の記事は中学生の剣道大会でしたし。」




「あの記事を見て編集長が手応えを感じたみたいでね、もうちょい深く掘り下げてみようって。」




先輩の意見は嬉しかった。自分の書いたものが素直に評価されているのである。


が、中学生と聞くとどうしてもあの異形の怪物を思い浮かべてしまっていた。


「分かりました。」


俺はかけてあるバックを手に取り、そそくさと準備を行う。




「あの少年にも会わなきゃいけないな。」



剣道部のあの子のことがここ数日頭から離れなかった。俺は夢を見ていたのかとも錯覚していたが、それ以上にあの出来事についてもっと深く知りたかったのだ。



そして俺はまだ俺を誘拐した組織に返答もしてなかった。






俺は取材の前にあの林へ向かった。




林は荒らされた気配はなかった。まるで何事も無かったように。




「こんなに整ってやがるのか・・・。」




俺は違和感すら抱いた。全てが自然過ぎたようにも思えた。怪獣と巨人が戦った跡なんて無かったのだ。




「あの組織が戦いの後に全部植えなおしたりしたってことか?」





俺はどうも納得できなかった。それだけの労力をしてまであの化け物の存在を秘匿する必要があったのだろうか。





「まさにその通りですね。」





そんな事を考えていると急に後ろから声がした。





あの少年が立っていた。





「君かよ・・・。えーっと・・・確か名前は・・・」





「結城淳ですよ。隆さん。」




俺が思い出すよりも早く少年は答えてくれた。向こうが自分の名前を覚えてくれているのが少し恥ずかしかった。




「悪いね。悪気はないということだけは理解してくれ。」


俺は人の名前を覚えるのが少し苦手だった。




そう言うと俺は辺りをもう一度見渡した。





今までの事が何もなかったかのように緑が生い茂り、鳥はさえずり、虫が羽ばたく。





「僕はこの場所が好きなんですよ。」




淳はひとりごちるように語り始めた。




「僕は両親が僕がみっつの時に死んじゃったんです。そのあとすぐにここに引き取られたんです。施設では僕は有望な存在ではありましたが大切には扱われませんでした。あの力を生まれさせるためには仕方なかったんですけどね。」





俺にはあまり良く分からなかった。俺の頭が悪いせいなのか、淳の表現が不可解なモノにも思えてはいた。




そして「大切に扱われていなかった」という表現が引っかかっていた。




「そうなのか。悪いこと聞いたかもな…」



「いえいえ。」




淳はニコリと微笑んだ。



「前の怪我とかは大丈夫なのか?あんな激しいのだったんだ。痛い所とか。」



俺の心配を他所にまた淳は笑う。



「僕は大丈夫ですよ。」



だが、彼の顔はどこか膨れており、殴られた跡とも見えるものが分かった。



「それよりあなたの方こそ大丈夫でしたか?」




「お陰様でね。ありがとう。」




「いえいえ。こちらこそ。」




屈託のない笑顔にこちらまで元気を貰った気がした。




そしてどこか今にも崩れそうな感覚を感じた。何故なのか分からない。野生の勘と言えばそれまでなのだが、何故だかこの少年を「ほっとけない」と感じた。




「あのよ、」




俺は言葉を切り出す。6日前の質問の答えを今返そうと思った。




「組織の事なんだけどよ」




「ええ。」




「俺、入るよ。お前みたいな子供だけを戦わせる訳には行かないからな。」




そう言うと淳はまた笑う。




「ありがとうございます。」




屈託のない笑顔の筈だ。笑顔の筈なんだが、見る度にどんどん笑顔がくすんで見える。気のせいか。気のせいでありたい。




と、ここでブルルと携帯のバイブがなる。




ふと携帯を手に取り、時計を見る。やばい!そろそろ行かないと間に合わない!




「あと、今から取材で土岐田中学校ってところに行くんだが、近道知ってるか? 」





俺は淳に尋ねた。





「まぁ僕の通ってる学校ですからね。」




「本当か!」





助かる!と少し安心した俺に淳はある提案をした。




「その代わり僕をそこまで送って下さい。」




ニコリと笑った淳に俺は




「お安い御用だよ。」




と返し、バイクの置いてある場所へと向かった。

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Legend of.... 山本友樹 @yamaki

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