第4話 剣聖
「おはようございます。昨晩はありがとうございました」
「おう。寝れたみたいで何よりだ」
夜が明け、ティアが目を覚ます。
「とりあえず朝飯でも食うか?」
言ってから俺はふと気付く。
「ていうか剣精とやらは飯食うのか?」
順序が逆だな、と思いながら俺は器に乗せた干し肉とその辺に落ちてた食べられる木の実を煮込んだだけのスープをティアに差し出す。
「えぇ。身体の維持に栄養の摂取は不可欠ですから。その辺りは普通の人間と変わりないと考えていただいて結構です。昨晩の通り睡眠も必要ですから」
器とスプーンを受け取りティアは言う。
「そうか。あ、言っとくけど味は期待するなよ」
こいつのことだから何か文句を付けてくるんじゃないかと思い、一応釘を刺す。
「失礼ですね。好意で頂いたものにわざわざ批評をするとでも思っているんですか?」
眉をひそめてティアが言う。
「確かに褒められたものではないかもしれませんが、私は貴方が私の為にわざわざ作ってくれた。それだけで十分嬉しく思います」
上品に音を立てずスープを口げ運ぶティアは、そうしているとどこかの貴族のようで、俺と一緒だと増々浮いた存在のように見える。
「さて、ナゲキ」
「あん?」
自分の分のスープを息を吹きかけて冷ましながらティアに返事をする。
「最寄りの宿についたらで良いのですが、私から一つ提案があります」
「俺にとってはすごく嫌な予感がするんだけど何だ」
「はい。私に剣の稽古を付けさせてください」
「何で」
「貴方が『剣聖』だからです」
「筋肉痛で身体あちこち痛いんだけど」
「動けば治ります」
「治んねえよ!」
この女思ったより脳味噌筋肉で出来てんぞ!?
「第一俺は『剣聖』なんて呼ばれるほど剣が達者じゃねぇ」
「知ってます」
「だから俺は、その。そういうのに相応しくねぇんだよ」
尻すぼみになる俺の声に、ティアは真っすぐな瞳で俺を見つめる。
サファイアのような青い瞳に自信なさげな俺が映っていた。
「今はそうかもしれません。ですが、私は何か貴方が剣に対する想いを抱えていて、未だ燻っているように感じるのです」
その言葉に、なんと返せば良いのだろうか。
「……買い被りだ」
そう言って、冷めたスープを飲み干す。
「食い終わったら街道沿いを東都に向けて進むぞ。結局お前のいた遺跡じゃ大した物は見つからなかったからな。次の稼ぎを探さないと」
そこでお前とはお別れだ、と言い掛けて止める。喉に何かが引っかかるように、さっきティアに言われた言葉が気に掛かっているようだ。
「燻ってる……か」
「何か?」
「いや、火の後始末の話だ」
そう、焚火も、かつて心に秘めた情熱も。
現実を見据えて行動しないといけないんだ。
心で思い、俺とティアは野営地を後にする。
俺とティアが出会った遺跡は、大陸で言うと南東部の森の中になる場所だった。
そこから街道へ出て道沿いにある村で休息と補給、東都イースタリアを目指すというのが大まかな行動指針だった。
「ところでずっと疑問だったんだけどよ」
街道沿いの道を歩きながら俺はティアに尋ねる。
「なんでしょう」
「その服どうしたんだ?」
俺はティアの着ている女性用の軽鎧のような出で立ちに疑問を覚える。
「ああ、これですか」
ティアはスカートの端をちょい、と摘まみ言う。
「この服も……まあ、言ってしまえば私の身体の一部みたいなものですね」
「……さっぱり訳が分からん」
「ええ、でしょうね。だから『そういう物だ』くらいに認識していただければと思います」
「あ、そう……」
聞いても分からなそうだったので深く突っこむのをやめた。
道中の会話は、基本的に静かだった。
ティアは聞かれれば返事はする、と言う物のあまり口数が多い方ではないらしく、俺は俺でさっきみたいな話を振る、ということも特にしなかった。
空は晴れていて、途中馬車に乗った商人が通りかかるくらいで、のどかな雰囲気を醸し出している。
この調子なら昼間の内に宿場町には到着しそうだ。
着いたら何をしようか。疲れを癒すために麦酒を一杯ひっかけるか。いや待て、仮にも王国の兵士を倒してしまったのだ。ひょっとして手配書とかが出回っているかもしれない。
そうなると逃走経路の確保を……え、まさかこれから
「何か悩んでるようですね」
「だから何故分かる」
「貴方が分かりやすいからです」
断言された。
「お前と一緒だとトラブルが続きそうだと思っただけだ。それも仕事に差し障るレベルで」
「おや、でしたら心配要りませんよ」
何を今更、と言ったようにティアは言う。
「貴方は私の元で剣の修行を行い剣聖として立派に育っていくのですから」
「ひよこか何かか俺は」
「ひよこ程愛らしい自信があるのですか貴方は」
「そういう話じゃねぇ!」
「ともかく。私は決めたのです。貴方を私の主に相応しい立派な剣の使い手に導くと」
拳を握り締めて力説するティア。
「なぁ、何で俺なんだ」
「そうですね。私を起こしたのが貴方だったから、というのは勿論ありますが」
ティアはそれまで歩いていた俺の後ろから、早足で俺の前に回り込むと俺の手を握る。
「私は、貴方がなんだか放っておけないのです。何か、剣のことで思い詰めているような。そんな気がして」
風が吹き彼女の金色の髪が風で揺れる。
「……だから買い被りだっての」
握られた手を振りほどいて、俺は再び歩き出す。
迷ってなんかない。俺は
「お前とは東都《イースタリア》までの付き合いだ。そこで新しい主でもなんでも探してくれ」
わざとらしく冷たく言う俺の言葉に、ティアは肯定も否定もせず再び後ろを着いて歩き出す。
頬を撫でる風も、幾ばくか冷たく感じた。
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