第5話 聖剣の担い手
野営地から街道を歩く俺とティアは何も喋らなかった。荷物は俺が持ってるしティアは俺から数歩後ろを無言で歩いている。元々口数の多い方ではないのだろう。
辺りには草原と小高い丘が並び、風が吹くと心地よい涼しさと共に草が揺れる音がする。
「なぁ」
「はい」
「なんか……ないのかよ」
間が持たずに先に音を上げた俺はティアに話しかけるが、こいつは首を傾げるだけだった。
「何か……ですか」
「そう……何か……あー。話題、的な」
後頭部を掻いて言う。
「不思議ですね」
「何がだよ」
「先ほどまでは私との関係を早く断ちたいと仰っていたのに、今は関係を保とうとしているように思えます」
「……気のせいだろ」
「……でしょうか」
再びの沈黙。
「俺はな」
「はい」
「剣聖だとか、そんな大それた器じゃないことくらいお前分かるだろ?」
「ふむ」
ティアはそう言うと足を止めて、俺を頭の先から爪先までじっと見る。
ここで気付いたのだがこいつ、悔しいことに俺より少しばかり背が高い。
「そうですね……英雄、という者が存在するとして。貴方が外見上そう呼ばれるのにふさわしいか、と言われたら否定せざるを得ませんね」
「だろ?だったら……」
「ですが、私はそれが。『英雄らしい外見の方』が果たして本当に英雄の器なのか等と確かめる術はありません。逆もまた然りです」
「お前……もうちょっと簡単に喋れない?」
「善処します。ええと……」
こめかみに指を当てて考え込むティアはしばらくそうしてると、やがてピンと来たのか目を見開く。
「『人は見かけによらない』ということですね」
「それ、俺のこと馬鹿にしてんだろ」
「貴方から振ってきた話題ではないですか」
「そうだけどよ……」
ため息を付いて歩みを再開する。
「もう良いのですか?」
「あぁ……なんか。諦めた……」
ティアはそうですか、と言うとまた俺の数歩後を着いてくる。
この関係はいつまで続くんだろうか。早く自由な一人旅に戻りたい……。
日が暮れる頃小さな町へたどり着いた俺とティアは適当な宿屋を見つけ、そこで宿を取ることにした。
宿屋の一階は酒場兼食堂となっているためか、仕事を終えた男たちが大きな笑い声を上げながら酒を煽っている。
「騒がしくてごめんねぇ」
宿のお女将さんが料理を運んできてくれた。
パンと野菜を煮込んだスープに腸詰めと、オーソドックスだがどれも美味そうだ。
「いやいや。皆さん元気で良いですね」
こっちはよく分からん女に付き纏われて萎えてるところだ。その元気は正直羨ましい。
「この前から泊ってるお客さんがねぇ。なんだかうちの人と意気投合しちゃってねぇ。お陰で店のことなんて殆どそっちのけでああして騒いでるのさ。全く困ったもんさね」
「それはそれは……」
「おっと。お客さんに愚痴ってるようじゃダメだね」
女将さんはそう言うと向こうで騒いでいる男達を見てやれやれと首を振る。
「あんたもね。こんな綺麗な子泣かせちゃダメだからね。お嬢ちゃんも気を付けなよ。言う時はスパっと言わないと。スパッと」
「女将さん何か誤解されてます」
俺らの仲を何やら勘違いしている女将さんに訂正を入れる。
「そうですね。私とナゲキはそのような間柄ではありません」
お、こいつと初めて意見があった気がするぞ。
「私はナゲキの剣《もの》ですから」
……ちょっと待て。
「ははぁ……近頃の若いのは……随分進んでるんだねぇ……。ともかくあんた、大事にしてやんなよ。……あぁもうあんた!いつまでくっちゃべってんだい!仕事しな仕事!」
誤解を解くどころか更に深まった気がする。
旦那さんが女将さんに耳を引っ張られて裏に消えていくと、流れでどんちゃん騒ぎも解散になったのか皆散り散りになった。
殆どが街の住人だったのか残ったのは俺とティア、そして―――騒ぎの中心に居た男ともう一人、どこか浮世離れした美女だった。
「おっ、少年ー。新顔かぁ?」
男は俺と目が合うとカウンターから麦酒の入った杯を持って俺とティアの座っているテーブルに来る。
「そうっすね」
酔っ払いの相手をするのは大変なので適当に流すことにしようと思い素っ気なく返事をする。
「ならアレだよアレ」
「何すか」
「だからアレだっての!」
「分かるか!」
つい声を荒げてしまう。するといつの間にか男の脇に座っていた美女が言う。
「主は貴殿に『共に杯を交わそう』と仰りたいのです。ですよね?主?」
「そう!それだ!流石はヒルデ!!」
「お褒めに預かり恐悦です」
……この人、通訳か何かなのかな。
「悪いすけど俺、酒とか興味無いんで」
「あんだとぅ?」
男が顔を近付けてくる。酒精の匂いがして頭がくらくらしてきそうだ。
「まあそう言わずによぅ。男なら一杯くらい付き合えよ。驕るからよぅ」
「だからいいですって」
俺の拒否の声を無視し男は『女将さーん麦酒おかわりー!二人分持ってきてねー!
』とのたいまいやがった。
「あんま若いのに絡んじゃダメだよジークさん」
「だいじょぶだいじょぶ。この通りね!俺らすっかり仲良しだもんなぁ!」
ジークと呼ばれた男は豪快に笑うと無理やり肩を組んできた。
「……その子、割と本気で迷惑そうな顔してないかい?」
「違いますよぅ。まだ飲んでないから照れてるだけですよぅ。なあ少年?」
……本気でうざったいんだが。仕方がない。
「一杯だけっすよ」
俺は杯に手を掛ける。
泡が弾け、麦と酒精の香りが鼻をくすぐる。
それを一息で飲み干す。
「おっ、若いのに良い飲みっぷりだねえ!」
男が手を叩いて褒めてくるがそんなのはどうでもよかった。
「飲みましたよ。じゃあこれで……」
満足でしょう、と言う前に瞼が急激に重くなる。
「ナゲキ!?」
ティアの慌てる声が聞こえるが身体が言うことを聞かず、額からテーブルにぶつかったところで俺の意識は落ちていった。
「……あら?」
ジークと呼ばれた男の声がする。
「……想定外ですね。主」
「いやぁ酔ったところで色々聞き出そうと思ってたんだけどねえ。まあいいか。あぁ剣精のお嬢ちゃん、そんな怖い顔しないでくれよ。俺らはただちょっと色々と聞きたいだけだからさ。別に取って食おうってわけじゃあない」
「どの道主がこの状態では貴女も身動きが取れないでしょう。我々に従う方が賢明では?」
「………やむを得ませんね。貴方は―――」
「ジークフリート。東都イースタリアの王、というよりは
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