幕間1
「それで?少年に敵わないで背中向けて一目散に逃げてきたってわけ?」
遺跡からそれほど離れていない、街道沿いの宿場にある宿屋兼酒場で一人の男が話を聞く。
男の歳は30に届くかどうかと言ったところだろうか。赤い髪に軽薄そうな笑みを浮かべ、ジョッキに注がれた麦酒に口を付ける。
「はっ…申し訳ありません……。しかし―――その少年は既に剣聖と契約をしているようでして……」
「ふぅん……どう思うヒルデ?」
男はそう言うと傍らに控えていた―――青髪の美女に話しかける。美女は恭しく頭を下げる。
「恐らく、ですが」
「うん」
男がまたちびりと麦酒を口に含む。
「まだ仮契約の段階ではないかと」
「どうしてそう思う?」
ヒルデ、と呼ばれた女性はジョッキに追加の麦酒を注ぐ。
「話を聞く限りですが、その二人は『誓約』を結んでおられないようなので」
「なるほどねえ……。それでも素人剣士が一個小隊くらいは相手に出来る程度には立ち回れる……か。いやはや恐ろしいものだねえ『聖剣』てやつは。それも長い間存在だけが示唆されていた
酔いが回ってきたのか男の語りが饒舌に、大仰になっていく。
「本来中央に位置する王都が持つべき5本目の由緒正しき聖剣だ。それがどこの馬の骨ともしれない少年の手に渡っちゃったとなっては、我々の沽券に関わる。そうだろうヒルデ?」
「仰る通りかと」
お辞儀をして応えるヒルデと呼ばれる女性。
「して」
「うん?」
「この者は如何なされるおつもりですか主」
ヒルデは報告をしにきた甲冑姿の男―――、ナゲキとティアの二人から逃げてきた隊長を見る。
「必要であれば私が」
「おいおいヒルデ勘弁してくれよ」
大仰に被りを振って男は答える。
「せっかく酒が回って気持ち良くなってるんだ。血なまぐさいのは勘弁してくれ。それにきちんと情報を持って帰って来てくれたんだ。なぁ?」
男は豪快に笑うと隊長の肩を叩く。
「は、はははい」
「但し」
男の言葉から熱が消える。
「部下を見捨てて一人おめおめ逃走、というのは度し難い。忘れたか?あの兵士達はお前の部下である前に俺のものだ。お前に貸し与えているだけに過ぎんということを」
跪く隊長の身体が震える。
「………なーんちゃってな」
「…………は?」
「半分本気だが半分は冗談だ。そう怯えるな。流石の俺も少しばかり傷付く」
態度を反転させ、男はジョッキを一気に煽ると酒気を帯びた息を盛大に吐く。
「ま、罰としては生きているなら日が明け次第遺跡に救出に言ってやれ。死んでいるのなら弔ってやれ。その他は国に帰ってから追々、で良いだろう」
「か、寛大なお心遣い!痛み入ります!!」
「うむうむ。くるしゅうない」
隊長の言葉に気を良くしたのか、男は壁に立てかけてある物に目をやる。
「よし。では行くとするかヒルデよ」
「は。して何処に」
「無論。その少年にだ。先達として色々仕込んでやらねばなるまい?」
そう言って男は壁に立てかけてあった身の丈を超えるほどの大剣を軽々と持ち上げ、背負う」
「畏まりました。しかし」
「うむ?」
席を立った男の身体がよろめく。
「そんな千鳥足では辿り着くことは難しいかと思われますよ。ジーク様」
男は何か言おうとして、派手な音を立てて地面に倒れ込み、数秒後にはいびきをかき始める。
ヒルドははぁ、とため息をつく。
「もう……お酒強くない癖に飲みたがりなんですから……。あっご主人。お代、こちらに置いておきますね。くれぐれも私たちのことはご内密に。それと隊長さん」
ヒルドは厳しい目をして隊長を見る。
「はっ、はい……」
「貴方のような臆病な者を、我が国は許しません。国へ戻り次第覚悟しておくように」
「も、申し訳ありません!!」
「とりあえず新兵育成コースからやり直しですね」
「そっそれだけはご勘弁をーーー!!!!」
ヒルデは隊長の叫びを聞き流し、倒れ込んだ男―――ジークを肩に担ぐ。
「とりあえずお部屋に戻りますよ主。いえ、我が王」
「んーだめだー。行くったら行くのだー」
「心配せずともあの遺跡から一番近い村は此処ですから。きっと寄ります。だから今日のところはお休みになりましょう?」
「むーヒルデが言うならそうするのだ……」
いびきをかき始めるジークをなんとか宿の部屋へ運び、ヒルデは窓から差し込む星空を眺める。
「さて……
穏やかだがどこか獲物を想う捕食者のように唇をぺろりと舐める。
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