第3話 剣精
夢を見た。
まだ
だからこれは夢というより過去の回想に近い。
俺の住んでいた村は―――。村というのは少し違うかもしれない。
一族は余所から流れてきた流浪の民だった。
代々土地を持たない一族はその時々で一時的な居住地とし、また別の土地を目指して流離う。いつの頃からはよく知らないが。爺さんの爺さんのそのまた爺さんの―――、とかなりの期間そうしてきた、という噂だけは聞いていた。
この大陸は、巨大だ。
それを大陸中心の王都が統制し―――東西南北4つの都市が工業、農業、商業、漁業。それぞれに特化した都市機能を使い分割統治している。
俺が思い立ったのは十三歳くらいの頃か。
特に理由はない。しいて言うならば、度々耳にするかつての英雄譚に憧れ―――。
何を勘違いしたのか『俺は剣一つで大陸中に名を響かせる剣士になってやる!!』と勢いのままに一族を飛び出した。
案の定、すぐに野垂れ死にし掛け、
偶然拾われた
現実ってやつを叩き込まれた。
だから俺は―――身の丈に合った生活をしようと思い,
そこから
その結果、今では単独でも遺跡へ潜れる程度の知識と経験を―――血の滲む努力の末手に入れたのだ。
満足しているし、現実―――夢を語った時に大笑いして俺を一蹴した
『俺より強いやつがごまんと居るってのにお前程度が剣で成り上がるなんて出来るわけねえだろ』という嘲笑。
確かにそうだな、と思い俺はあっさり鞍替えした。
『荷物持ちでもなんでもやりますから俺を此処に置いてください!』
プライドなんてものは即座に捨てた。
だって生きる方が優先だから。
誇りじゃ飯は食えないっての。
嗚呼―――それにしても何と言ったか。
かつての英雄譚で語り聞いた伝説の剣士の呼び名は―――。
「………っ」
胸の中に靄を抱えたまま目を開ける。
「漸く起きましたか」
眼前には少女―――ティアの端正な顔と、後頭部に当たる柔らかく、暖かな感覚。
「っ!?」
飛び起きようとして身体に激痛が走り、顔をしかめる。
「まだ無理してはいけませんよ」
額に手を当てられる。風に晒されていたからかひんやりとした温度が心地良かった。
そこで俺は、自分達、というよりはティアが野営をしていることに気付く。近くには焚火の音もしている。
「…………悪いな」
「ええ。慣れないことをしたものですから。時間が掛ってしまいました」
ティアが微笑む。
日は既に落ち、ティアの背中越しには無数の星が輝いている。
それが―――言葉に出来ない程綺麗だった。
「どうしましたか?」
不思議そうに首を傾げるティア。
「いや―――」
見惚れてた、と口にするのが何となく恥ずかしくて話題を探す。
「———とりあえず、色々と説明を頼む」
「成程。確かに動けない今はその方が良さそうですね」
澄んだ声で納得したティアは言う。
「では。回りくどいことは抜きで言いましょう。ナゲキ。貴方は私という『剣精』を手に入れたことで『剣聖』となりました」
微妙に発音の違う『ケンセイ』という言葉に身体が反応した。
「『剣聖』って―――」
その言葉は。
「おや。ご存じでしたか」
「存じているも何も……」
今大陸を治める五大都市―――東西南北の四都市の統治者の持つ称号。
そして何より―――。
かつて憧れ、あっさりと捨てた英雄の名だ。
「———そうですか。『剣聖』とは今、そのような扱いなのですね」
「っ!?」
驚愕する俺の顔を見てティアが微笑む。
「分かりますよ。貴方は顔に出やすいですね」
図星を突かれて赤面する。
「私は現在貴方と仮契約を結んだ状態になります。緊急を要する事態と判断したため、本契約を結ぶより仮契約であの場を切り抜ける方が優先される、と判断したためです」
そこまで言うとティアは真剣な顔付きになる。整った眉がきりっと形を変える。
「本契約を結ぶためには―――ナゲキ。貴方が私という『力』を得て、何を為したいのか。それを私に誓ってください。そうすれば―――
「何を……為したいか……?」
言われた言葉を反芻し、自分の掌を見る。
かつての自分が描いた子供じみた夢を思い出し、被りを振る。
「……特に無いな」
そう。今の自分の生き方が身の丈に合っている。
この先どうなるかは分からないが今の自分はこれでいいと思っている。
「言ったでしょう。貴方は顔に出やすいと」
呆れとともにばっさり切り捨てられた。
「無いって」
「嘘です」
「だから無いっての」
不貞腐れた子供のように横を向く。彼女の身体が目に入り、今が膝枕されている状態だと言うことを忘れていた。
「……良いでしょう。貴方の認識を改めます」
「そうしてくれ」
「『思ったより頑固』としておきます」
向こうも機嫌を損ねたのか、頬を膨らませてぷい、と横を向く。
「ともかく。夜が明けたら近くの街へいききちんとした休息を取りましょう」
「それについては賛成だ」
痛む身体を無理やり起こす。
「あっ……」
「いつまでも女の膝枕になってらんねぇからな」
完全に強がりだったが、野宿は慣れてるし何とかなるだろう。
「あんたも休め。火の番くらいは出来るからよ」
ティアは何か言いたそうだったが、拳を握り締めると唇を結ぶ。
「分かりました。それでは何かありましたらお呼びください」
「おう」
そう言って横になるティアは最後に。
「おやすみなさい。
と付け加えた。
そうして焚火の音が耳を満たす。ティアも無理をしていたのかすぐに寝息を立て始める。
「……こっちは案外素直じゃんか」
ぽつりと零し、俺も彼女に対する認識を改めた。
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