第2話 聖剣抜刃
「聖剣―――抜刃ッ!!」
ティアと名乗る少女に差された剣を引き抜く。
黄金の光が煌き、彼女と剣を包む。
光が収まると、少女の姿は無かった。
手元を見ると武器屋で買った愛用の直剣は俺の記憶より鋭く、先程見た光と同じ黄金の輝きを薄っすらと纏っていた。
『何を惚けているのです』
少女―――ティアの声が聞こえ、辺りを見回すが彼女の姿はどこにもない。それどころか、声の聞こえ方がおかしい。これではまるで頭の中に直接聞こえるようだ。
『その通りです。私は貴方の剣にして鞘。この状態の私と貴方は精神的な繋がりを得ているのです。ああ、それより―――右に避けなさい』
その声が聞こえた直後、殺気を感じた俺は身を捻る。
「くそっ!外したか!」
兵士が振り下ろした剣が床を叩き、甲高い音を立てる。
『反応速度は中々ですね。鼠程度の素早さはあるようで何よりです』
「それは褒めてるのかけなしてるのかどっちだよっ!」
手元の剣に向かって怒鳴りつける。
どういう理屈かは分からないが、このティアという少女は今俺の剣と同化しているらしい。
『無論、どちらでもありません。事実確認その一、です』
ティアの冷たく、凛とした声が頭の中に響く。
『それではその二です。反撃を開始しましょう。右足から大きく踏み込んで振り下ろしなさい』
その言葉に従うように―――いや、その声が聞こえるのと同時に身体が動く。
まるで身体がどう動くべきか。この声の主が何をさせようとしているのか既に分かっているようだ。
「はぁぁぁっっ!!」
渾身の力を込めて上段から振り下ろされた剣は、それを受け止めようとした兵士の剣を叩き斬る。
「なっ……!?」
困惑する兵士の隙を見て、振り下ろした勢いで身体を回転させ回し蹴りを叩き込む。
「ぐわっ!?」
鎧の上からとは言え衝撃をまともに受けた兵士は気を失ったのか起き上がる気配を見せない。
『粗暴な技ですね。いえ、技というのもおこがましい。何より私はそんなことをしろと言った覚えはありません』
「生憎育ちが悪くてな。お上品に剣だけで戦うつもりは無ぇよ。それに―――お前のやり方じゃ、あの兵隊さん斬るつもりだったんだろ」
俺の頭に声を通して浮かんだイメージは振り下ろした剣を、返す刀で持ち上げ、鎧ごと兵士を斬る、というものだった。
『当然です。敵戦力を確実に削ぐにはそれが一番ではないですか』
ティアは当然のように言う。
「俺は盗みはしても殺しはしない主義でね」
『非合理的です。あぁ、それと―――』
「———後ろから狙い撃ち、だろ?」
振り向き様に剣を切り上げる。
手応えとともに剣を構え直す。
正面を見据えるとクロスボウを構えた兵士が一人、口を大きく開けて唖然としていた。
「ば、化け物か……!?」
「失礼だろ流石に」
『同感です』
「お前は黙ってろ」
頭に浮かんだイメージのまま、地面を蹴り間合いを詰め、延髄に肘打ちを入れる。
『……やはり、ですか』
ティアは不満そうな声を上げる。
「いちいち五月蠅いぞ剣だか人だか分かんねぇ癖に」
『おや、そこから説明しなければなりませんでしたか』
「お前な……ってあれ?」
二人の兵士を倒した俺は、そこで異変に気付く。
「人数……明らかに少ないよな」
『遠ざかる気配があります。おそらく両名の隊長格かと』
「逃げた……ってことか。こいつらも可哀そうに」
倒れている二人に同情する。
『どうしますかナゲキ』
「どうするも何も。居ないもんは仕方ないだろ。こいつらが目を覚ます前にここから逃げるだけさ」
『しかし―――』
「あのな」
抗議の声を遮る。
「俺は剣を使って戦うのは主義じゃねぇの。剣を持ってるのはあくまで護身の為。本職は遺跡探索なの」
『あぁ。道理で―――』
何かに納得したようにティアが言う。
「何だよ」
『いえ、限界が来るのが早いのはその為かと。得心がいったまでの話です』
「どういう―――」
ことだよ、と言うよりも先に、体中に稲妻のような激痛が走る。
余りの痛みに呻くことしか出来ず、持っていた剣を落とす。
「鍛え方が足りませんね」
剣から光が抜け落ち、再び金髪の少女が現れる。
但し今度は、きちんと―――どこから出したのかは分からないが服を着ていた。
いや、服というよりは女性用の軽鎧だ。
胸元を覆う白い金属鎧に、足元まで広がる裾の長い外套。動きやすさと少女らしさを意識してるのか短いスカートに太腿まで覆う脚甲。
長い髪はそのままに、冷たくも凛とした碧い目の少女は、微笑む。
「自己紹介をしましょう。私の名はティア。———
その言葉を最後まで聞き届けると同時に、身体から力が抜けていく。
「おや」
ティアは、倒れ込む俺を抱きとめると、どこか弾んだ声で言う。
「中々鍛え甲斐のありそうな主で楽しみです」
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