第3話 ゴールに向かって


―――


 一頻り笑った先輩は私の隣に腰を下ろした。何処か懐かしそうにグラウンドの方を見る。その姿にさっき思っていた事を聞いてみたくなった。


「あの、どうして怪我が治ったのに走らないんですか?」

「ん?あぁ……」

 怒られるかと思いきや、先輩は逆に元気が無くなっていく。私は首を傾げた。


「……去年の大会で優勝した事で俺は、オリンピックの候補選手に選ばれた。」

「そうなんですか……」

「だけどその直後に怪我しちまって。候補から外されたんだ。もう一度走りたくて頑張ってリハビリしたけど、今度は東京オリンピックが延期になって……もういいやって。オリンピックがないなら練習したって意味ないしな。」

 そう言って自嘲気味に笑う。私は何と言っていいかわからなくて俯いた。


 オリンピックに全てを注いできた先輩にとって怪我をした事。そして延期になった事はとても辛い事だっただろう。自棄になってもう走らないと決めてしまった先輩の気持ちは私なんかには計り知れない。でもだからといって……


「先輩。」

「何だ。」

「確かにオリンピックが延期になった事は悲しい事だし、選手の人達にとって一年という時間は長いかも知れない。でも……だからといって今年の夏が消えた訳じゃないですよ。」

「え……?」

 先輩がゆっくりと私の方を見る。その目はきょとんとしていて、思わず噴き出してしまった。


「何笑ってんだよ……」

「いいえ、別に。」

「たくっ……」

「今年の大会に出て下さい。それで二連覇して下さいよ。そしたらきっとまた選ばれます。」

 私の言葉に先輩はふっと息を吐いた。そして徐に立ち上がる。


「一緒に走るか。」

「……はい!」


 結局私達は先生に見つかって怒られるまで、グラウンドを走り回った。



 今年の全国高等学校陸上競技会で先輩と私がどうなったのか、そしてオリンピックの選手に選ばれたのかはまた別のお話――



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ゴールに向かって @horirincomic

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