第2話 見返す為の練習


―――


「いやぁ~、惜しかったね。あともうちょっとだったんだけどなぁ。」

 競技場からの帰り道。先輩が自分の事のように悔しがった。結局私は予選を一着で突破したものの、決勝で惜しくも三着だった。


「仕方ないですよ。みんな早かったですもん。」

「でもねぇ……」

「次頑張りますよ。」

 笑顔で先輩を見る。本当は凄く悔しいのに無理している自分が嫌だった。


「あれ?新井じゃねーか。」

「え!?」

 先輩の声に驚いて飛び上がった。何故こんな所に彼がいるんだろう。まさか大会を見に……?


「おい、どうしてこんな所にいるんだよ?まさか見に来てたのか?」

「何だ、お前か……」

「何だとは何だよ。」

「ふん。」

 彼は馬鹿にしたように鼻で笑うと私の方に視線を移した。


「あんたが陸上部の新人?」

「え?あの……」

「おぉ、紹介するよ。うちの期待の新人の水尾美紀。お前も見たんだろ?こいつの走り。まだまだ粗削りだけどもっと頑張れば日本一も夢じゃ……」

「馬鹿馬鹿しい。ただの部活だろ?そんなのガキのお遊びと同じ。最近始めたばかりのど素人にそこまで期待するなって。」

「あ……」

 彼の言葉に胸が痛む。確かに陸上を始めたのは今年からだし動機も不純だ。でもそこまで言わなくても……


「そんな言い方はないだろ!こいつなりに一生懸命頑張ってんだ。一応後輩なんだし、応援くらいしてやってもいいじゃないか。」

「何そんなにムキになってんだよ。じゃあお前が手取り足取り教えてやりゃぁいいじゃんか。俺には関係ない。」

 そう言うと彼は踵を返して去っていった。


「たくっ!相変わらず口が悪い。本当は怪我も治ってんだけど、もう走る気はないみたいだな。」

「そうなんですか……」

「悪かったな。嫌な気持ちになっただろ?あんな奴の事は気にしないで頑張ろうな。」

「……はい。」

 笑顔で肩を叩かれて戸惑いながらも頷いた。



―――


 この前の陸上競技会の日から、私は毎日練習に明け暮れた。朝は早く起きて軽くランニングして夕方は部活。そして夜は遅くまで居残り練習。


「お前もそろそろ帰れよ。ほどほどにしないと体壊すぞ。」

「平気です。」

 三島先輩の声にも耳を貸さず、もう一周走る為にスタート位置に立った。


 私がこんなに練習に打ち込む理由は、あの新井聡一を見返す事。あんな風に言われて大人しく引き下がる私ではなかった。まだ素人に毛が生えた程度でも動機が不純でも今は本気でやっているのだ。そこをわかって貰えなかったのが何より悔しかった。


「はぁ……タイム伸びない。」

 ストップウォッチの数字を見て溜め息をつく。来年の陸上競技会で今度こそ優勝する為にはもう少しタイムを縮めないといけない。

「あーあ、こんなんじゃあの人を追い越すどころか三島先輩に笑われる……」

 その場で仰向けに寝転ぶ。三島先輩は普段はあぁだけど結構凄いんだよね。確か去年の成績、2位だったっけ。まぁ、1位はあの人らしいけど。


「でもどうしてだろう?怪我は治ったはずなのに走らないなんて。……ってあんな人の事はどうでもいいでしょ!さっ、練習練習。」

「あんな人って誰の事だよ。」

「うわっ!」

 突然視界が暗くなって頭上から声がする。奇声を上げておずおずとその人の顔を見た。


「あっ!新井先輩!?」

「よぉ。」

「どうしてこんな所に……?」

「どうしてって、俺ここの生徒。」

「いや、それはわかるんですけど……何でこんな時間に学校にいるんですか?」

「別に大した事じゃねぇけど。ずっとサボってたからさ、担任に呼び出されて説教されてたんだよ。」

「大した事あると思うんですけど……」

「やっと終わったって思ったら八時過ぎてるし。慌てて帰ろうと思ったら誰か走ってんの見えたから来たって訳。」

「そ、そうですか……」

 私は先輩から視線を外して起き上がった。この間会った時とだいぶ印象が違うなぁ。あの時は何て失礼な人だと思ったけど、今は結構気さくな感じ。


「ふーん、新人頑張ってるのな。」

「え?」

「その足のまめ。」

「あ……」

 シューズを履いていない足を指差し、先輩が笑い混じりに言う。私の足の裏には潰れたまめが何個もあった。

「これはその……」

「シューズ履いてねぇの?」

「はい。その方が走りやすいんで。」

「へぇ~……まぁ、いいや。じゃあな、新人。せいぜい頑張れや。」

「あ、待って!」

「ん?」

 思わず呼び止めてしまった。どうしよう……


「あの私、一年B組の水尾美紀です!」

「は?」

 しまった……何でこんな時に自己紹介なんてしてんの。先輩、変な目で私を見てる。


「えっとあの……新人っていうの、何かイヤだったから……」

「……ぷっ!あはははは!」

「へっ?」

 急に先輩が笑いだした。私は唖然とする。


「お前最高!変な奴。」

「はは、どうも……」

 私は気が抜けてまたその場に倒れ込んだ。



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