ボッチなクラスメイトその2

 次の日。

 俺は初めて迎える朝日に感謝しつつ、学校の支度を進めた。


「お兄! 早く起きないと遅刻しちゃうよ!」


 突然制服姿のミナトが部屋のドアを開け、勢いよく飛び込んできた。

 夜更かしを微塵もしなかった健康な俺は、前方不注意なミナトを華麗にかわすことに成功。

 例によってミナトは俺の寝ていたベッドへと突っ込んで行った。


「大丈夫か?」


 ベッドで細かく弾む妹に、一応声を掛けておく。

 もしまだ寝ていたらと思うと背筋が凍るな。

 だがゲームとして見るなら毎朝可愛い妹に起こされるのもアリか……ゲームとして見るなら。

 ちなみに、振り返ってから見えた純白のを俺は絶対に忘れはしない。


「お、おおお起きてる! ソウカねぇー、お兄が起きてるよー!」


 ミナトは血相を変え、部屋を飛び出していった。

 言葉から察するに、クリスはこの攻撃を毎日受けていたのだろう。

 名前以外に何も知らない彼に対するリスペクトが溢れてやまない。


「もう、なんですか。朝っぱらから騒がしい」


 寝起きなのか、ぶかぶかで紺色をしたパジャマを着たソウカが長い前髪を横にかきながら姿を現した。

 後ろからは背中を押して急かすミナトの姿が。

 朝は弱いみたいですが、お疲れ様です。


「おはよう、ソウカ」

「ヒロシが早起き……して……」

「ソウカねぇ!?」


 気絶するほどありえない出来事なのか。

 あと、ミナトの言葉が「そうかねえ」というおばあちゃん言葉の相づちに聞こえてしまうのは何故だろうか。


「たまには俺だって早起きするさ。今から着替えるから、とりあえず二人とも――」

「大変だー! お兄が早起きするからソウカねぇが倒れた―!」

「心配ないわミナト……少し、驚いただけですから」

「やだー! 死んじゃやだー!」

「たまには心配されるのも悪くないですね」

「いいからお前らさっさとでていけ!」


――バタン。

 俺は二人を部屋から追い出し、制服に着替えた。

 騒がしいというのは鉄板かもしれないが、毎朝こうだと疲れるからやめてくれ。

 部屋の前でコントを続ける二人を他所に、俺は学校へと駆け出した。



『マナちゃんから狙うことにしたんだね』


 学校に着き、ゲームを絶たれてすっかり廃人となった哀れな男にお声がかかる。

 狙うって言うのはなんだか犯罪チックだから言葉をもっと選んでくれ。


「そうだな。でもまだ情報が少なすぎる」

『まだ決定しなくても、最後の分岐は冬くらいだよ?』

「突然のメタ発言やめて」


 それまでに好感度を上げないとげーむおーばーやり直しってことだろうが。

 これから何年もゲームの無い生活を続けるなんて耐えられるか。


「おはようヒロシ。今日は早いんだな」


 細身な俺とは対照的に、ラグビーでもやっているかのような大柄な男が近寄ってきた。

 一直線の棒にしか見えない目は開いているのか閉じているのか判断に苦しむ。

 今にも弾けそうな半袖の制服に、笑ったときに見える真っ白な歯並び。

 ツッコミ所の多そうな印象だ。


 このクラスに男は俺含めて6人しかいないらしいが……その内の1人だろうか。


「お、おうおはよう。ちょっといろいろあってな」


 返答しつつ、ヘルプに視線を送る。

 向こうは俺を知っているかもしれないが、俺は知らないんだよ。


『彼はクラスメイトの真田起男さなだきお君。筋トレが大好きで、仲良し三人集の一人だよ』


 三人集ってことはもう一人いるのか。

 そいつはキオみたいに脳筋じゃないとありがたいんだが。


「えっと、あいつはまだ来てないのか?」

「あいつ? ああエルトのことか。今日は風邪引いたとかで休みらしいぞ……ってメッセージ見てないのか?」


 もう一人はエルトって言うのか。

 なんだか外国人のような名前だな。

 メッセージ……もしかしてスマホアプリにあるリーンのことだろうか。

 リーンは遠く離れた人との文による会話から通話までこなせる最強のアプリだ。

 女の子と連絡先を交換することができれば、攻略に繋がるはず。


 俺は鞄をひっくり返し、中身を確認する。

 そういえば一度も持ち物を見てなかったな。

 教科書以外に何か面白いものは……


 ない。

 なんにもない。

 スマホ自体は見つけたんだが、中は当然リーンのみ……あくまでゲームはやらせてくれないんだな。


「なに落ち込んでんだよヒロシー。抱き締めてやろうか? 優しくするぜ?」


 いや、どういうキャラだよ。

 攻略対象じゃないことを願ってるからな。


「遠慮しとく。それより授業始まるぞ」

「なんだよ、つれねーな」


 キオは自席へと戻っていった。

 俺は一番後ろの席の窓側から二つ目、つまりギリギリ黄昏ることの出来ない席に位置している。

 窓の外を見ようものなら、光を受けてマナが一層輝いて見えるというおまけご褒美付きだ。

 キオは一番右前か……っていちいちウインクしてくるな気色悪い。


 2日でこの情報量か、帰ったら纏める必要がありそうだ。



――授業開始。

 長くなったが、ここから本題に入るとしよう。

 マナと話すには授業のタイミングしかない、一週間以内に距離を縮めてリーンの交換をする。

 これが重要だ。

 放課後だとストーカーフウナの邪魔が入るしな。

 俺は昨夜練りに練った作戦を実行し始めた。


「あっ教科書忘れた、どうしよ……これは困ったなー、うーん」


 少々演技が臭かったが、俺が険しい顔をしていた時に気にかけてくれた優しいマナなら話しかけてくるはずだ。


『少々じゃないよ、大げさだよ』

「いいから静かにしてろ」


 物凄い小声で呟きながら、俺を見下すヘルプを睨み付けた。

 緊張してるんだからほっといてくれよ。


『緊張~? 初日に大胆な告白をした君が~?』

「その事は忘れてくれ!」


 初対面で「大好きだ」なんて、今考えたら全身痒くなる言葉だ。

 今度はきちんとしたムードで言うからマナも忘れてくれよ――って、忘れているんだった。


 そうこうしていると、左耳に聞き覚えのある可愛らしい声が響いた。


「教科書忘れたの? 見せてあげようか?」

「う、うん。お願い」


 まさか上手くいくとは。

 正直断られるか無視されるかだと思っていたが、この子の優しさに触れることができてよかった。


 と、思ったが。


 マナは持っていた教科書を俺に渡すと、机に突っ伏せてしまった。

 普通ここは一緒に見る流れじゃないのか。

 これじゃ俺はただの嫌な奴に成り下がってしまう、とりあえず返さなければ。


「あ、あー! 机の奥に教科書挟まってた。悪いマナ、これ返すよ」

「そう。それならよかった」


 教科書を持った手を伸ばすと、パッと目を覚ましたマナに回収されてしまった。

 マナは教科書を受けとると同時に、再び前を向いて授業を聞き始めた。


「おいヘルプ、これはどういうことだ?」

『君の恋路なんだからさ、ある程度は自力で頑張ってよ。詰んだ時と雑談以外に僕は口出ししないよ』

「やっぱりメッセージウィンドウを返してくれよ」


 これじゃまた迷走して爆死がオチだ。

 今度という今度は失敗する訳にいかない、マナと接近するにはどうすれば……。


『これは独り言だけど、悩むより行動した方がいいんじゃない? 独り言だけど』


 "大事な事なので2回言いました"だよな。

 その厚意、ありがたく使わせてもらう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る