ボッチなクラスメイトその1

――放課後の校庭。

 いや、正しくはテニスコートか。


 マナに同行を求め、ヘルプにそそのかされてから何度も話題を振ってはいるが全く話が弾まない。

 ここに来るまでの会話がこれだ。


「式神さんって普段何してるのかな?」

「テニスかな」

「いや、帰ってからとかさ」

「勉強かな」

「そうなんだ、大変だね」

「うん。大変だよ」


 この塩対応だ。

 頑張ってイケメンキャラを演じている俺を殺すレベルの。

 逆にこの様子で好感度が50%に保たれているのが凄い。


 そして現在、俺は聳える緑のネットに囲われたテニスコート内のベンチに座り、姿勢良く彼女の背中を見ている所だ。


『じっと見てるだけじゃ始まらないよー?』

「仕方ないだろ、俺に感心無さそうだし」

『マナちゃんそういう女の子だから。本当は自分で知ってもらいたかったけど、僕お喋りだから言っちゃお。実はマナちゃん、友達いないんだよ』

「俺と同じじゃねーか」

『あれ? あんまり驚かないんだね』

「そりゃそうだ、ここで声を上げたら一人で騒いでる狂人だと思われちまう」


 俺から見れば、頭の上を回る意地悪な猫が俺と話している。

 だが、端から見れば女子の背中を観察しながら奇声を上げている変質者がベンチに座っているように見えるだろう。

 同一人物なのだとしたら、ヘルプではなくメッセージウィンドウに帰還を求めたいんだが。


『同一にゃん物だよ』

「そこ拘る必要ないぞ」


 そんな俺達の会話を遮るように、コート脇の木陰から高圧的な声が。


「何をさっきから一人で喋っているのかしら?」


 言葉だけ聞くと高飛車な金髪のお嬢様を想像するが、俺の目に写っているのは黒髪ロングの扇子を片手に広げる少女。

 目付きは鋭く、『怖い』という言葉が似合いそうだ。

 背後に待機する女生徒二人を見るに、お嬢様か何かか?


「いや別に。気にしないでくれ」

「気にしますわ。貴方さっきからマナさんの背中を追っていたけれど、それについてわたくしが納得できる理由を説明なさい?」


 いやまて。

 マナは友達がいない――所謂ボッチじゃ無かったのかよ。

 ヘルプへの言及も必要だが、それ以上にこの女に対する返答を秒速で考えることが必要だ。


「まあ、部活動見学かな」


 簡単な返事にはなってしまったが、この一文に全ての思いを込めたつもりだ。

 これで理解してくれると助かるが、この手の奴はだいたい引き下がらない。


「ダウトですわ! 貴方はマナさんのストーカーですわね? 今すぐここから出ていきなさい!」


 話を聞けないにも程があるだろ。

 今更だが、マナの短いスカートを追ってしまったことは認める。

 だが、ストーカーとの言葉は頂けない。


「いやまて、ストーカーでは」

「違うよフウナ。その人は私のクラスメイトだから」


 さっきまで相手とボールを打ち合っていたはずのマナが、いつの間にか俺達の方へと歩み寄っていた。

 白のキャップを被り、ピンクの服に黒のスカート。

 着替え終わってからこうして間近で話すのは初めてだ、一見可愛いというより美しい。


「マナさんが言うなら……信じますわ。ですが、これから疑われるようなことはしないこと。わかったかしら? ええと……」

「ヒロシです」

「そう。その名前、しっかり脳に刻みましたわ」


 フウナと呼ばれるお嬢様は踵を返すと、『それじゃいきますわよ』と木陰に待機していた女生徒二人を連れ、校門の方へと消えていった。

 まあ、お嬢様なのかどうかは不明だが。


「ごめんヒロシ君。あの子は西園寺楓夏さいおんじふうな、いつからか私を追い回している先輩なの。大丈夫? 何もされてない?」


 あいつの方がストーカーじゃねえか。

 西園寺フウナ……こいつはマナを狙う俺にとって大きな障害になる気がするな。

 あいつがいない内に好感度を上げることが大事だと見る。


「俺は心配されるより、誉められたいかな」

「そう。よく頑張ったね、ヒロシ」


 生まれて初めて女の子に貰った感謝の言葉。

 俺はこれを大切に心に閉まって生きていこう、そう誓った。

 まあ、何も頑張ってないんだけど。


「おーいマナちゃーん、練習の続きするよー」

「わかりましたー」


 奥のコートから呼び掛ける先輩の声。

 マナは『練習いくね』と一言残し、再びコート内へと駆けていった。

 その際に好感度の数値が51%になったことを俺は見逃しはしない。

 初めて稼いだ1、希望の1、歓喜の1。

 この気持ちは生涯忘れることはないだろう。



 結局その後、俺はテニスコートを後にした。

 ソウカとミナトを先に帰したこともあり、帰宅した後に完成形のカレーが出されることを期待しながらヘルプとの会話に勤しむことにした。


「名前が出るってことは、さっきのフウナってやつも攻略対象なのか?」

『一応。ゲームとしてはマナちゃんルートをクリアした後から選べるんだけど、この際別に関係ないよね』


 関係大アリだ。

 攻略対象となれば今のフウナに対する嫌な気持ちを払拭する必要がある。

 今の俺は全ヒロインを愛する色男になる必要がある訳だしな。


「あいつはどういうやつなんだ?」

『そんなの自分で調べなきゃ面白くないじゃん。ヘルプとして言えるのは、マナちゃんを愛する女の子ってだけ』


 尚更よくわからないが。

 それほどまでにマナに心酔する理由がわかれば、こいつを攻略する術を見つけることも可能なのかも知れない。

 その為にはやはりマナを研究する必要があり……恐らく初めて迎えることになる明日から、情報を集めることが最優先だ。

 オートセーブがあるとはいえ、時を繰り返すのはしんどいからな。


――そして、俺は姉妹の笑顔(正確にはミナトだけだが)と香ばしいカレーの香りに誘われ、初の楽しい時を過ごした。

 相変わらずソウカは真顔を貫いていたが、少し口許が緩んでいたのは見間違いではないだろう。


 初めて出来た話し相手・基い家族だが、本気で守っていきたいと思った。

 本当は部屋に籠る俺を守って欲しいと思っていることは内緒だ。


「ごちそうさま」


 俺は食器を台所へと運ぶと、二回の部屋へと向かった。

 後片付けを二人に頼むのはどうかと思ったが、やはり自室を見ることが最優先になってしまった。

 俺はドアノブに手をかけ、期待の空間へと一歩踏み出す。


『どう?』


 部屋の中には一人用のベッド、着替えが入っているであろう天井に密接する棚が1台。

 そこに勉強机をどんと構えただけの六畳分の部屋。

 どう、と聞かれたら「娯楽の無い絶望の部屋でまるで監獄のようです」としか言えないな。


『だよね、僕もそう思うよ』

「だったらなんでこんな殺風景な部屋にしたんだよ」

『本当は装飾の施された可愛らしい部屋だったんだよ? それを前の主人公……つまりクリス君が変えちゃったんだ』


 またあいつかクリストファー。

 可愛らしくある必要は無いが、せめて遊べるものを用意しておけよ。


『彼女達と過ごす時間を増やしたかったんじゃない? 元はあった説明書も捨てちゃったし』

「いやホントに何してるの?」


 ヒロインの攻略に集中するのは良いことだ、まさにプレイヤーの鑑とも呼べる存在だ。


 だがな、クリス。

 説明書だけは置いとけ、次のプレイヤーのことを考えてくれ。

 妹と楽しくゲームするなんてイベントもあっていいはずだろ。


『そんなに気を落とさないでよ。ベッドはふっかふかの新品にしておいたから、睡眠は完璧だよ』

「元の不衛生な布団でも変わらねえよ……」


 俺の頑張りは1日の最後にして落胆で終わるのだった。

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