攻略対象選びその3

――帰宅。

 俺(クリス)の家は学校からあまり距離が無く、二階建ての一軒家のようだ。

 変なやつだと思われて好感度が下がっても困る、二人に気づかれないようこっそり部屋を見回ってみるか。


 一階にはトイレ、キッチン、リビングにお風呂……この風呂が重要になるだろうと予想しておく。


 二階は自作のネームプレートがぶら下がった扉が三つ。

 ミナトとソウカは勿論、『ヒロシ』の名前があったことには感動した。


 一番気になるのは部屋の中だが今は食事だ。

 俺(クリス)がどんな性格だったかは知らないが、料理の手伝いをするに越したことは無いだろう。

 本当は部屋でゲームをしていたいが。


「ちょっとお兄玉ねぎ切るの手伝ってー! 涙が、涙が、うえええん!」


 わざわざ鳴き声をあげる必要はないだろ、と内心思ってはいるが口には出さない。

 同然、クリアの為だ。


「いいよ。ほら、貸して」


 カップ麺生活を極めた俺が包丁を上手く扱えるはずも無く、何度も指先を刺激する。

 これ以上傷つく前に止めたいが、好感度の為なら……


『ねえヒロシ。そんなんじゃいつまでたってもクリアできないよ?』


 うるさいな、今は集中している所だ。

 痛みも忘れて。


『君はクリアのことを考えすぎなんだよ。もっと彼女たちの前で素を出さなきゃ。前のプレイヤー、クリストファー君は一発クリアしてたよ?』


 俺は玉ねぎを拙く切る手を止めた。


「一発クリアだと?」

『そう、一発。まずは目先のことを考えることがコツだよ』

「わかった、やってみる」


 失敗したらやり直せばいい。

 ヘルプの言うことに間違いはない。

 0.1%を余裕でクリアしたやつがいることには驚いたが、真似をすればいいだけだ。


 楽しそうにカレーを作る二人を他所に、俺は調理を放棄した。


「あれ? お兄、どこいくの?」

「まだ途中ではありませんか。与えられた仕事は最後までやりきりなさい」

『……え? 何してるの、ヒロシ』


 お前が言ったんだぞヘルプ。

 俺は二人に素で接することにするからな。


「俺は部屋でゲームしてるから出来たら呼んでくれー。あ、腹減ってるから装いは多めにぐぁぁぁあっ!」


 最後まで言い切らない内に、俺は爆死した。

 途中から二人の目が怒りに変わっていくのは気づいたが……やっぱり素を出しちゃ駄目じゃねえか。




――あれ、時が止まっている。

 それに、ここはどこだ?

 辺りは全体が黒いモヤに覆われ、今何に立っているのかも不明だ。

 例えるなら、雷雲の中で浮かんでいる感じ。


『ここはゲーム内の霊界みたいなとこ。君、もう五回目のゲームオーバーだよ? 数字自体は普通の事なんだけど、流石にペースが早すぎ。ということで、追加ルールを儲けるからね』


 ペースが早すぎることには俺も同意だ。

 ヘルプは俺の周りを悠々と飛び回り、やがて目の前で制止した。


『次ゲームオーバーになって爆発したら、同様の痛みが伴うことにしよう。とりあえずそれだけ』


 それってなかなか酷くないか。

 いや、なかなかどころではない。

 何度も死の痛みを感じることになるんだ、絶対にやり直す訳にはいかないじゃないか。

 せめて何か救いが欲しい。


『流石にそれだと可哀想だから、少し難易度を下げるね。手動のセーブをオートセーブに変更し、攻略対象を何人か増やさせて貰うよ』


 もし俺が何度もゲームオーバーにならなかった場合、このゲームにヒロインは3人しかいなかったのか?


 説明書や記憶を頭で辿れば男に興味を示さない系ヒロインのマナ、笑顔と優しさの欠片も見つからない姉ヒロインのソウカ、主人公好き好きアピールしながら一向に好感度が上がらない妹ヒロインのミナト……一応タイトルに沿った攻略難度か。


『何言ってるの? 他の女の子たちに接触しなかったのは君でしょ。しかも、出会った3人の女の子達が一番簡単に攻略できるんだよ』

「……ヒントをくれ……」


 体感でもう2日程はゲームを体験している。

 このゲームに入り込んでから一睡もしていないが、眠気は全くないな。

 ただ、疲弊していくのみ。


『うーん、あまり深いことを教えても面白くないよね。仕方ない、主要人物の場所だけ全部教えるよ』


――ヘルプの話によるとヒロインの位置はこんな感じだ。

 マナが2-B、ソウカが3-A、ミナトが1-C。

 そして同じく2-Bに一人、隣の2-A、Cに一人ずつ、3-Aにもう一人、1-Bにももう一人……って覚えられるか!

 唯一覚えたのは、『隣の家に住んでいる子』が攻略対象だということだけだ。


 あくまで一人クリアすればいい。

 全員攻略することになっても今は関係ない。

 初めは、隣の席のマナから始めてみようか。


『結論は出たみたいだね。復活の前にもう一つ』

「なんだ?」


『何度も諦めずに試すこと。それだけ』



――ヒロシ、5度目の復活。

 最後のヘルプの言葉は理解出来なかったが、こいつは普段通り視界の片隅で浮いている。

 いざとなったら質問すればいいことだ。


 さて、さっきはミナトと二人で部活動見学をした訳だが、今度はマナと二人を選択してみよう。

 もちろん、二人を断るときは丁重に。


「お兄、一緒に帰ろ! 買い物しなきゃ夜ご飯もないからねー」

「そんな覚悟を決めたような顔をされても困るのですが」


 明らかにソウカの台詞が毎回変わっているよな……まあそれはいいか。


「すまん二人とも! 今日はクラスの奴と一緒に部活動見学する約束しちゃってるんだ、ここまで来てくれたところ悪いけど、先に帰っててくれないか?」


 前回までは自宅がわからなかった為にどちらか選ばざるを得なかったが、今回は大丈夫だ。

 4人のヒロシはただ無駄死にした訳ではないことがここに証明された。


「それなら仕方ありませんね。行きましょうミナト」

「むー……わかったよー」


 表情を一切変えずに踵を返して教室を後にするソウカに連れられ、不服そうにミナトが続く。

 本題はここからだ、どうマナに接近するか。

 大丈夫だ、勇気を出さずとも自然に接近すればいける。


「なあマ――式神さん。確かテニス部だったよね、俺テニスに少し興味あるから部活見学に行ってもいいかな?」


 マナは一瞬目を丸くしたがすぐに気を取り直し、「うん、別にいいよ」と答えた。

 なんだ、最初からこうすればよかったんじゃないか。


 だが、ここから新たなヒロインの加入により思わぬ方向へ向かうこととなることなど、俺はまだ知らない。

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