攻略対象選びその2

――終業の鐘が鳴る。


 このルートでクリアできるとは限らないからな、長い授業を飛ばすためにセーブが必要だ。


 確かミナトは1-Cでソウカは3-A、そして俺は2-B……覚えやすくて助かる。

 説明書を頭に叩き込んだことが幸いした。


 好感度からミナトを選ぶと、俺は1年生の教室へ走った。


「ミナトッ!」


 教室の引き戸を勢いよく開いた。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔が俺をいくつも見つめている。


「お、お兄? そんなに慌ててどうしたの?」


 動揺しているな、我が妹。

 いや、正式にはクリスのだが。


「たまには二人で帰ろうと思ってな。さ、早く行こうぜ」


 心無しか俺が俺で無くなっている気がするが。

 容姿がイケメンになると、性格もイケメンになるということか。


「やったーお兄と一緒だー! あ、でも買い物があるからソウカねぇにも声かけなきゃー」


 それはマズい。

 もう一度同じ局面に達した場合、爆死は免れない。

 何度も何度もやり直せるのは魅力だが、これではいつまでたっても元の世界に戻ることが出来ない。

 俺はプレイヤーとして恋愛がしたいんじゃない、あくまで画面から眺めている方が好きなんだ。


 ということで。

 絶対に阻止してみせる。


「待ちな、ミナト。俺はお前と二人で帰りたいんだ、ソウカの事は今は忘れて――――」


 そこまで言って突き刺すような鋭い視線に気がついた。

 俺を真っ直ぐ見据える姉の様子は、漫画であれば『ゴゴゴゴゴ』という文字が入るであろう、殺気を纏った物だ。


 何故ここにソウカが……。

 少し考えれば二人が合流すること位思い付いたはずだが、早計だった。


「さようなら」


 その言葉を最後に、顔面に鉄槌を受けた俺は爆死した。



――そして、4度目の復活。


 セーブ位置が悪かった。

 二人がここに来るのも時間の問題だろう。

 だからと言ってどちらかの教室を目指して解決するとも思えない、一体どうすれば。


『困ってるみたいだね』


 聞き覚えのない機械音。

 だが、どこか懐かしいような声。

 こいつは――ヘルプだ。


『正解! 僕はヘルプだよ。まだまだ序盤なのにゲームオーバーなりすぎ。そんな恋愛ゲーム初心者のヒロシくんの為に出てきてあげたよ』


 いやらしい程に思考を読んでくるな。


 甲高い子供のような声で話し、宙に浮かぶ猫。

 こいつは恐らく、いや名乗っているがこのゲームのお助けキャラだ。

 序盤中の序盤に現れたことにゲーマーとしてのプライドを少し傷つけられたが、厚意として頂くとしよう。


 それにしても、会話はどうすればいいんだ?


『そうやって心で話しかけてくれたら答えるよー。今回は初見だからポーズ状態にしてるけど、次からは進行中に話しかけるからね? あ、でも安心して! 僕の姿は誰にも見えてないから!』


 安心できるかよ、万が一普通に話しかけたら頭のおかしい奴だと思われるだろうが。


「なあヘルプ、俺の質問にいくつか答えてくれるか?」

『内容によるけど、基本は何でも答えるよ』

「じゃあ軽く3つ程」

『あんまり軽くないよね。2つにして』


 面倒な奴だ、2つも3つも相違ないじゃねえか。

 ここは慎重に質問する必要があるな。


「まず1つ。ここはゲームの世界なんだろ、何故俺はここに飛ばされているんだ?」

『君リアルが全く充実して無さそうだったから、僕の厚意だよ』


 何故俺の情報を完全に理解している?

 夢なら説明がつくが、それは完全に否定されたはずだ。


『このゲームは起動させた人の記憶、精神状態等を読み込み……ってこんな話しても君にはわからないよね。簡潔に言うと、未来のVR技術で君はこの世界のプレイヤーになったのさ』


 起動させただけでそんなことが? 現実の体の様子も気になる。


『君の指紋や画面から放つ光……いくらでもやりようはあるんだよ。安心して、現実では時が進まない。元の体に戻ると同時に、記憶が改竄されるからね』


 じゃあ、もしかしてクリストファーとかいう名前は……


『前のプレイヤーだよね』


 やはりか。現代に完成していない技術のことわ言及しても仕方がない、ゲームに関しての質問をしよう。


「次。このゲームを全クリするにはどうしたらいい」


 なんにせよ、元の世界に戻る条件は全クリが必須だ。

 途中でストーリーを投げ出すゲームなど俺は知らないからな。


『それはもちろん、攻略対象を選んで好感度を100%に上げる。そして恋人になったら終了さ』


 恋人になってからがお楽しみじゃないのか。

 流石に手に入らなかったゲームだけあって、こういう謎設定にプレミアがついたんだろ。


『それともうひとつ! このゲームはクリア確率0.1%しかないからめげずに頑張ってね』


 そうだ。それを忘れていた。

 このゲームは名前の通り0.1%しか全クリに辿り着けない、未だクリア者が出ていない物った。

 単純に画面の前で遊んでいたなら諦めもしたはずだが、今の状態で諦めることができない……即ち永遠とも思える地獄か。


『張り切っていこー!』


 その言葉と共に、時が再び進みだした。


「お兄! 一緒に帰ろ! 買い物しなきゃ夜ご飯もないからねー」

「何をにやついているのですかヒロシ。早く行きますよ」


 またこの状態。

 人の目を気にせず俺に抱きつくミナトに、それを引き戸の横で俯瞰するソウカ。

 普通のゲームなら最初の台詞でイベントが進んだのだろうが、流石は0.1%。制作者の意図が全くもって読めん。


 先程から視界の右上でふわふわと浮いている猫に困ったような視線を送ると、案の定ヒントを送ってくれた。


『君はまだ部活に入っていなくて、今は春。そこに着目してみたらいいんじゃないかな』


 無所属、春。

 周りを見回すと、重そうなテニスラケットを入れたバッグを背負うマナの姿があった。


「そうか、ありがとう」

「……? 私は何も言ってませんが」


 今のはヘルプに感謝したつもりなんだが。

 名前と言葉が被るのは面倒だな。

 それは頭の片隅に置いといて、今は目の前のことに集中しよう。


「今日はいろんな部活見学しようと思ってるんだ、悪いけど先に帰っててくれないかな?」


 2年の春に部活見学ってのもおかしな話だけど。

 このゲームの設定は本当に謎だ。


「えーやだ! 私も一緒に見学する!」

「そういうことであれば私は図書室に残って自習をしてきます。終わったら声をかけてください」


 ソウカは振り返り、俺の教室を後にした。


 よし、自然と二人を分断できた。

 ここでミナトと一緒に回ればミナトの、断ってマナに同行を頼めばマナの好感度が上がるということか。

 ソウカに好かれる方法はまだ謎だが、いかにも初心者向けルートなミナトから行こうか。


――なんだか楽しくなってきたぞ。


「そうと決まれば早速!」

「おー!」


 俺たち二人は桜の雨が零れ落ちる下に様々な部活を巡った。

 それはまるでデートのように。

 妹だとかそんなことは関係ない。

 愛の前には遮るものなど無力なのだ。

 ……ヘルプが俺を嗤っていたのは少し鼻についたが。




――最後に、図書室。


「ソウカ、待たせてごめんな」

「いえ。それでは行きましょうか」

「買い物買い物~!」


 あれ、三人揃って帰ることができるのか。

 思い返せばこの二人、一緒に俺のとこへ来てたよな。

 仲が悪い訳ではなく互いに嫉妬しているだけか、可愛い奴らめ。


『うっげー、臭い発言するね』

「急に距離が狭まったなお前」

『声に出さない方がいいよー? 僕の姿は二人に見えていないし』


 はいはいそうですかい。

 愛らしい猫顔には似合わず鬱陶しいやつだこと。

 まあいざという時には便りにさせて貰うが。


「あ、あれ?」

「どうしたのお兄?」


 帰路を歩く途中、とんでもないことに気がついてしまった。


 ミナトの好感度が微塵も上がってねえ。


「いや、何でもない」


 誤魔化しはしたが内心動揺が隠しきれない。

 ヘルプよ、これはどういうことだ?


『だって、あれは日常茶飯事だもん。君とミナトちゃんはそういう仲なの』


 どういう仲だよ。

 というか、俺はああいうのが恋人同士ですることだと思っていたんだが。

 未来の子供たち、恐るべし。


 『未来とか関係ないよ』等という言葉は無視させて頂こう。

 このゲーム、いや人生は一筋縄ではいかなさそうだ。

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