ハッピーエンド到達確率が0.1%しかない恋愛ゲームの主人公になりました。
一愛
攻略対象選びその1
――気がつけば。
俺は女子ばかりの教室で、授業を受けている最中だった。
たった今まで家に居たはず、そしてここは知ってる教室でもない。
余りにも咄嗟の出来事だ、だがここで狼狽えてしまったら注目を浴びること間違いなしだろう。
ここは冷静に、さっきまでの行動を振り返るとしよう。
見た目の迫力・太さから彼女や友人が出来ない俺は、休日という空白の一日を埋めるべく、前々からずっと探していた恋愛シミュレーションゲームを購入した。
そして、ディスクを挿入・起動して。
そこからの記憶がないな。
……さっきから視界の片隅に見える、小刻みに動く逆三角形とこの状況が関係ないと嬉しいが。
内心動揺しつつ、眉をしかめる俺の左肩を叩き、呼び掛ける声が一つ。
「どうしたの? お腹痛い?」
可愛らしい声に、思わず格好つけてしまう。
だが、これが俺の嫌われる原因なのかもしれない。
「別に。少し過去のことを思い出していただけだ」
俺に話しかける奴がいるなんてことは、本来なら絶対にありえないことだ。
そいつがどんな奴なのか確かめる為、しかめっ面はそのままに俺は声主へと顔を向けた。
――するとそこには、見覚えのある顔があった。
ただ見覚えがある訳ではない。
高校で見た顔ぶれでもない。
淡いピンク色の髪を短く切り揃え、くりっとした犬のような目をした女の子の顔。
そいつは、先程俺が購入した恋愛シミュレーションゲーム、『0.1%レボリューション』のパッケージに写っていたヒロインそのものだった。
「どうしたの? お腹痛い?」
二度目の台詞。
これがどういう意味か理解するのに時間はかからなかった。
咄嗟に視界の片隅に写る逆三角形へと意識を集中させると、思惑通りセーブやログ等のコマンド、及びメッセージウィンドウが表示された。
"あなたの名前を教えて?"
一瞬時が止まったかと思うと、座ったままの俺の眼前にゲームスタートに欠かせない名前の設定画面が映し出された。
半透明になった"ポーズ"の文字、50音順に並ぶひらがなの羅列。
背景は薄暗く、足を動かすことができない。
――ここは、ゲームの世界だ。
非現実すぎる結論だが、この解答以外に正解が見当たらない。
とするとこれは夢か?
右腕だけは動かせるみたいだ、頬を思いきりつねってみる。
――痛い。
これは夢じゃないのか。
念のため、もう一度。
今度は頬に平手打ちを入れた。
――痛すぎる。
うん、これは現実だ。
じんわりと込み上げる熱さに掌を見ると、頬に触れた部分以外は白く、長い。
俺はこんなに白くはないし、自分で言うのもなんだが指はチョリソーのようだ。
驚いて足元を見下ろすと、これまでのダイコンはどこへやら、机の下に細く長く
そして、気になる顔は。
名前入力画面にうっすらと映る俺の顔。
髪はツンツン尖らせ、さっき叩いた頬が赤い。目付きは丸く可愛らしい印象だな。
こいつは説明書で見た。
『0.1%レボリューション』の主人公だ。
ええと、名前は確か自分で決めるから公式には無かったよな。
"時間切れです"
突然止まっていた時が動きだし、体の硬直も解除される。
と、同時に先程声をかけてきたヒロイン、『
「さっきからぼーっとしてどうしたの? クリストファー・レボルート君」
中古で買ったからか……前の所有者はどういう気持ちでこの名前をつけたんだ?
感傷に浸る時間も無く、立て続けにメッセージウィンドウが追い討ちをする。
"チュートリアルだよ! 現在、マナちゃんの好感度は50。ここから君の返信次第で上がったり、下がったりするよ。くれぐれも、0にならないように気を付けてね"
なるほど、0になったらゲームオーバーというところか。
ここも説明書に書いてある通りだ、やはり『0.1%レボリューション』の世界に迷い混んだと見ていいな。
それにしても、メッセージウィンドウが表示されている最中は時が止まるのか。
最後まで読み終わると動きだし、メッセージウィンドウは消える。
そして、メニューを開いているときも……
やはり時が止まるみたいだな。
残念な事に、時が止まっている最中は自分の体やメニュー画面に触れることしか出来ないみたいだが。
ずっとこのままでも何も解決にならないし、とりあえずゲームを進めてみようか。
俺はメニューを閉じ、マナへと視線を合わせる。
「何でもないさ子猫ちゃん。俺の事を心配してくれるなんて優しい子だな、君は」
当然のように俺はマナの頭を撫で、百万ボルトのウインクをする。
現実では見た目のせいで叶わなかったが、このスタイルと容貌があれば恋愛ゲームを知り尽くす俺は女をオトすことなど容易い。
「え……急になに。キモいんだけど」
マナは俺の手を払うと、軽蔑するように鋭く細い目付きを向けた。
彼女の頭上には、薄く5%の文字が浮かんでいる。
恐らく5%とは好感度の事だろうが、見間違いではなかろうか。
どんな女の子もこの容姿と台詞でイチコロだったはずだが。
説明書の記憶を便りにすると、マナはツンデレ少女ではない。
まさか名前で呼んで欲しかったのか?
「マナ」
「な、なに? 今度はなんなの?」
「大好きだ」
「は? 本当に気持ち悪いからもう話しかけてこないで」
瞬間、メッセージウィンドウがこのゲームの終わりを告げた。
"ゲームオーバー。残念だけど、マナちゃんの好感度が0になったよ。次はクリアできるように頑張ってね!"
読み終わると同時に俺の体は爆発した。
――"あなたの名前を教えて?"
その言葉に、俺の意識は覚醒した。
目の前に広がるのは先程と変わらない光景、時の止まった教室に半透明な『ポーズ』、浮かぶ名前の入力画面。
ここは、最初の画面か。
ゲームオーバーになるとセーブ地点から――そうか、セーブ機能を忘れていた。
流石にあの名前は長いし、日本人の俺としては呼ばれて嬉しいものでもないからな、普通に『ヒロシ』でいいか。
にしても爆発オチかよ、痛みは感じないにしても精神的ダメージはそこそこある。
確か、このゲームは普通の恋愛ゲームだが、注意書きがあった気がするぞ。
タイトルにちなんだ物だった気がするが思い出せない。
まあまだ序盤だ、注意書きのことは一旦忘れよう。
俺は決定キーを押した。
「どうしたの? お腹いたい?」
また来た、この台詞だ。
今度は間違えないように慎重に答える必要があるな。
「いや大丈夫」
「そう? ならいいけど」
普段通りの返答をしたら思ったより塩対応になったな。
これで好感度が下がってないといいが。
――よし、50%のままだ。
もしここが基準だとすれば、0%って相当嫌われたんだろうな。
かなり早いが、一応ここでセーブしとくか。
その後は何事もなく授業が進み。
多くの生徒が鞄を持ち出している、ということは下校時間か。
俺は帰る場所がないんだが。
絶望した矢先、二人組の女子生徒が廊下から近寄ってきた。
「お兄、一緒に帰ろ! 買い物しなきゃ夜ご飯もないからねー」
「何を驚いているのですか、ヒロシ。早く行きますよ」
――そうか、思い出したぞ。
確かこの二人は俺(クリストファー・レボルート、長いのでクリスとする)の姉と妹。
妹は
天真爛漫で好奇心旺盛な少女、つまり現在進行形で俺の腕をぐいぐい引いている金髪ツインテールの子だ。
ちらりと見える八重歯は、もはやテンプレとも呼べるな。
説明書によると、ツンデレではないらしい。
姉は
目付きが鋭く、毒舌……だったな。
まだご褒美なる言葉は頂けていないが、刺すような視線に背筋が少しヒヤッとする。
薄い紺色の髪を肩ほどまで伸ばした、俺と背丈の変わらない170程の彼女は触れるだけで殺されてしまいそうだ。
こんな二人と暮らしているなんて、
好感度は妹のミナトが68、姉のソウカが57。
まあ上々と言った所か。
自宅を知る必要がある、とりあえずは二人に着いていくとしよう。
そう思って、「行こうか」と返事をした訳だが。
「ねえお兄、今のどっちに言ったの? あたしだよね!」
「ミナト、少し黙りなさい。ヒロシは私に言ったのよ」
何この状況。
独り身の俺に姉と妹ができたのは嬉しいが、こんな展開になるとは。
これまで美少女が群がり、取り合ってきたイケメンに嫉妬してきたが、自分がいざそうなってみると案外面倒なものだな。
ここは、あの台詞がいいな。
「待って二人とも落ち着いて、俺の為に争わないで。俺は二人とも大好きだからさ」
妹ルートや姉ルートに分岐させてもよかったが、今はまだ早いだろ。
とりあえず二人の好感度を上げて、どちらも狙えるようにしておきたい。
それが、ゲームクリアに繋がるかもしれないしな。
だが、また空回りしてしまった。
「お兄のそんな言葉聞きたくないよ! あたしだけ選んで欲しかったのに!」
「軽蔑します、ヒロシ。いや、カメムシ。貴方はそれほどまでにちっぽけな存在なのですね」
二人の好感度がみるみる内に下がっていく。
50%を下回っている、なんとかしなければ。
「両方選ぶのは駄目だよな、はは……」
「じゃあどっちなの?」
「どちらを選ぶんですか」
「え、ええと……」
「もういいよ! お兄なんて知らない!」
「見損ないました。二兎を追う者は一兎をも得ず、哀れな狩人様だこと」
「え、ちょま――――」
再び、俺の人生は爆発オチを迎えた。
――ヒロシ、復活。
やはりセーブは必須だな、今度は授業が終わったらすぐにどちらかの元へ向かおう。
俺は内心にやけつつ、業後を待った。
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