女神驚愕! ~二階堂トオル編~ ③-④

 現在時刻は草木も眠る丑三つ時。


 私はトオル君と暇を持て余していた女神ブッキーを引き連れて夜の学校に来ていた。


「僕、家のベッドで寝てたはずなんだけど、どうしてここにいるの?」

「ほら、息抜きだって必要でしょ。せっかく連れてきたんだから楽しんでって」


 余計なお世話です、と言わんばかりの視線はスルーしておこう。


 正直、いろんな場所へ連れていきたかったのだが、そうできない理由がある。


 現在の学校探検パーティーは、


・二階堂トオル   

 状態:普通   職業:生徒

・滑川梨子     

 状態:死    職業:女神

・宣姫       

 状態:死(?) 職業:女神 


 冒険開始早々なのにもう既にトオル君が棺桶を二つも引きずっている状態には目をつぶってもらいたい。


 彼は私と宣姫のぶきすらも視認できたけど、他の人達にはしっかりステルス機能は作動しているようなので、傍から見ると何も無い空間に喋りかけている怪しい少年という図が完成してしまう。


 そもそも小学生の彼が深夜に出歩いているのは補導の対象として警察にみつかると彼自身に迷惑がかかるのでNG。


 室内で、彼がいても大丈夫な場所を考えれば、消去法で学校探検ということになったのだが。


「まぁ、何もいないよね」


 幽霊の一つでも出てくれば面白味があっていいかもしれないけど、そういった類の怪談はだいたいが人を怖がらせたいが為の噂話に過ぎないものよね。


 だいたい、幽霊なんて非現実的なものが存在するなんて言う人間は信用ならない。

 そんな人は総じて怖い目に遭えばいいんだ。


「りこっち、まさか怖いの?」

「こわくないっ!」


 校舎が古いせいか、いきなり変な場所から物音がして私が身構えるのは女神様として生者を護ろうとする、いわば防衛反応であって決して怖がっているわけでは……。


「わっ!」

「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 突如その防衛対象から驚かされ、乙女らしからぬ情けない絶叫が校内に響き渡る。


「やめて! マジでやめて!!」


 驚きすぎて死ぬかと思った……いやまぁ、死んでいるんだけど。


「ふふふっ、あはははははっ!!」


 その私の情けない姿を見て、笑い転げるトオル君。


 人が怖がる様を見て笑うなんて、趣味が悪いなと思ったけど、


「花子さん、そんなに怖がるなんて、あははっ! 変なの!」


 年相応に笑えている彼を見てると、怒りもすっかり収まってしまった。


 ネタがネタだけに納得はいかないけど、暗い表情で思いつめるよりかはずっといい。


「初めて笑った顔を見たけど、なかなか可愛いじゃないの」


 もちろんやられっぱなしの私ではないので、仕返しとばかりにからかってやると、


「そう? ありがとう」


 照れるでもなく、さわやかにはにかんだ。


 ぐっ、普通に世辞として受け取られたからこっちが恥ずかしいやつ……!


 どうやら仕返しも難しそうなので、さっきから大人しいブッキーに話題でも振ろうとして気づく。


「あれ、ブッキーがいない……?」


 きょろきょろと辺りを見回すと、私の足元に横たわる怪異が一つ。


 これに触れてはならないと、私の止まっているはずの心臓がばくんばくんと警鐘を鳴らしている。


 すぐにトオル君を連れてこの場を去ろうとしたが一足遅く、それに足を掴まれた。


 恐怖で声も出せずに動けない私の足元から膝、お腹とゆっくりと這い寄るそれは、まさしくこの世ならざるだと断言できる。


 とうとう顔まで達したそれは、私と目が合った瞬間にカッと見開いて、


「……ど…して………し…たの……?」


 まるで呪詛のようにぽつりと呟いたそれを聞いた私の意識は恐怖のあまり、遠く彼方へ消えていった。




「あれ、花子さんどうしちゃったんですか」

「えー? さっきりこっちが絶叫した時に思いっきり耳元で叫ばれたから『どうして耳元で叫んだりしたの』って言ったら気絶しちゃったみたい」

「やっぱり、幽霊の癖に怖がりなんて変な花子さんですよね」

「ほんとねー。しょうがないから目的地に連れていきますか」



「あれ、ここどこ」


 意識を失っていた私は気付けば知らない天井……もとい、星空の下にいた。


「ここは屋上だよ。まったく、怖がりもほどほどにね」


 その星空を遮るように覗き込むブッキー。


 後頭部の柔らかい感触といい、どうやら私が起きるまで膝枕をしてくれていたみたい。


「ごめん、ありがとう」


 起き上がって目いっぱい身体を伸ばしていると、前方に夜空を見上げるトオル君がいた。


 真横に並ぶと、こちらに気付いた彼は、気遣う言葉をかけてくれた。


「花子さん、もう大丈夫なんですか」

「うん、平気。ありがとう」


 その言葉を聞いて安心した表情をした彼は、また星空を見上げた。


「……きれいですね」

「そうだね、私の思った通り」

「?」


 予想通り、この学校の周辺には高い建物も何もないので、満天の星空をうかがうことが出来るのだ。


「どうして、この光景を見せたかったんですか」

「それはね、君にいろんな世界を知ってほしかったからだよ。私の恩師はね、『夢は星の数ほどある』ってよく言ってたの。人生何度もツラい目に遭うし、ホントに自分の進む道があっているのか迷うこともたくさんあるって。そんな時は星空を見上げてごらんって言われたの。たくさん選択肢があるんだから、いくらでも悩んでいいって。決して君の人生は一つだけじゃないって星が教えてくれるって」

「いい言葉、ですね。誰に教えてもらったんですか」

「二階堂先生。私の恩師で、キミのお母さんだよ」

「お母さんが?」


 星を見上げていた彼は、驚いてこちらを見ていた。


「私ね、先生になりたいの。怖い先生って嫌われても、生徒を思いやれる先生になりたくってさ。そして、みんなに今の言葉を送ってあげたいの。昔の私が悩んでいたときに、その言葉に救われたから」


 両目に涙を溜めながらも、私の言葉を真摯に聞き入るトオル君。


「確かに、世界にはこの星々くらい、たくさんの夢がある。でも、その言葉をもらった時に私の未来は決まったのよ。一番星みたいに、何よりも真っ先に輝く私の夢が」

「……そんな事、言われたことない……。僕、出来が悪いから……」

「そんなことないよ。きっと、すっごい期待してるんだと思う。でもあの先生、昔っから怖くて不器用だからなかなか伝えられずにいて、今はきっと後悔していると思うの」

「……ホントに? 信じていいの?」

「うん、信じていいよ」


 涙をぬぐった彼の顔は、泣き顔こそきれいにはなったけどまだ不安な表情がそのままだった。


「他の家族の事に口出し出来る程出来た人間じゃない私だけど、お互い不器用な二人の為に、二階堂先生の教え子であり君の先生である私がこの言葉を送ります」

「……はい」


 私が先生を目指すきっかけとなった、いわば原点。


 私があの時の先生に貰った言葉をそのまま伝えた。




「もし星空を見上げても、明日がわからなくなったり、信じられなくなったら、いつでも私を頼ってください。先生はあなたの味方です」




 二階堂先生が厳しいのは、先生はいつまでも生徒のそばにい続けることはできないことを知っているからだ。


 社会に出れば、自分たちの思っている以上に厳しいことがあるだろう。


 そんな時に、一人で切り抜ける力を養ってほしいから、厳しく生徒たちと接しているのだ。 


「言葉にしなきゃ、伝わらないことだってたくさんあるのに。あの頃から先生は不器用なんだから」


 本当は、こんなにも子どもたちの事を案じているというのにね。


 誰に似たのか、同じく不器用な彼を抱きしめて頭を撫でてあげると、まるで産まれたばかりの赤ちゃんのように大きな声で泣き出した。


 今は彼の気が済むだけ泣かせてあげよう。


 笑うことが出来なかったということは、泣くことも出来なかったはずだ。


 泣いてスッキリすれば心の整理がつくだろうし、彼は澱みきった現状から一歩踏み出すことができると思う。


 人生にリセットボタンはないけれど、リスタートは何度だってできる。


 私がそうだからね。


 彼が泣きつかれて寝てしまうまで寄り添っていたら、そろそろ朝日が顔を出そうとしている時間に差し掛かっていた。


「そろそろ、帰ろっか」

「そうだね、今日は付き合ってくれてありがとう」


 文句も何も言わずにいてくれたブッキーには感謝しかない。


 今度チョココロネでもご馳走してあげるか。


 すやすやと寝息を立てている彼をおんぶして、誰にも見つからないよう家へと送り届けると、私にもドッと疲れが押し寄せた。


 ブッキーと別れ、天界のパーソナルスペースに帰るなり泥のように眠りについた私は、久しぶりに夢を見た気がした。


 大した夢じゃないよ。


 満天の星空の下でうめちゃんやブッキーやお世話になった人たちと笑い合う、そんな夢。

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