女神驚愕! ~二階堂トオル編~ ③-③

「早速ですが、テストを行います」


 契約を受けた翌日、私は小学校の教壇に立っていた。


 生徒は一人、依頼人のトオル君だ。


 目をつぶって念じ、出現させた小学校六年生の学力テスト用紙を彼に手渡すと、不思議そうに彼はその用紙を確認していた。


 確かに、何もない所からテスト用紙なんて出したらそりゃびっくりよね。


 おっかなびっくりな表情もほんの数分で、何の変哲もないテスト用紙だと判断してくれた彼は、さらさらと問題を解き始めた。


 私はその間やることがないので、その様子をじっと眺めることに。


「(先生ってこんな感じなのかな)」


 ホントならもっと教え子がいて、みんなの悪戦苦闘するさまを見守っているのだろうけど、たとえ一人でも私の生徒だと思うとなんだか心の底がわくわくした。


 まさか死後に教育実習が出来るとは思わなかったけど、様々なイレギュラーが重なっていることを鑑みるとこれは不幸中の幸いと表現できるのだろうか。


「にしてもすごいね、キミ」


 まだ開始してあまり時間は経っていないのに、彼は澱みなくテストの答案を埋めていき、もう裏面の問題へと差し掛かっている。


 解答欄の中央に書かれたきれいな文字は、そのまま彼の性格を表しているようだ。


 勉強は得意不得意もあれど、結局は毎日の予習や復習で理解度というものは変わってくるものなので、彼は普段から勉強する環境や習慣があるんだなと感心していると、


「っ……!」


 突如として手が止まるトオル君。

 

 難しい部分があっただろうかと覗き込むと、どうやら最終問題の箇所のようだ。


「国語の……読解問題ね」


 わかる、私も昔よく躓いた過去があるからよくわかるよ。


 テスト問題なのに『作者の気持ちを答えなさい』だとかわかんないよね。


 だいたいそういうのは『締め切りヤバい』だとか『印税いくら入るんだろう』としか思わないって。


 一緒に考えようと問題を確認すると、衝撃の一文が目に飛び込んできた。


 

 問:10 このテストを作った人物の気持ちを答えなさい。



 詰んでない?


「ちょっと待って、何この問題。違う、私こんな問題作った記憶ない!」


 爆笑珍解答も真っ青の『驚き珍問題』を突き付けられたトオル君は、冷ややかな目線を送りつつ、無言で私を責めていた。


「まぁ、トイレの花子さんだし、仕方ないですよね」


 彼は呆れた態度で大きなため息をつくと、


「とりあえず、見直しもいいので採点してもらえますか」


「ご、ごめんね? それじゃ、パパっと済ませちゃうからちょっと待ってて」


 まるで針の筵に座らされている気分の私は、採点中一度も彼と目を合わせることが出来ないでいた。

 

 ◆


 さすが優等生、と褒めたくなるような高得点だったけど、残念ながら満点ではなかった。


「も、もちろん最後のは採点対象じゃないから安心してねっ!」


 フォローをしたつもりだったけど、答案を受け取った彼は、やっぱり浮かれない顔をしていた。


「んー、基本的なことは出来てると思うから百点取れてもおかしくはないんだけどね」


 となると、やはり精神面の問題だろうか。


 失敗してしまうビジョンがあまりに強すぎて萎縮してしまい、結果が振るわないということは私も経験がある。


 脱却する方法としては、失敗を上回る成功体験が一番だと思うけど、彼の場合はそれが叶わずに泥沼化してしまっているようだ。


「このままじゃ、お母さんに……」


 いけない、どんどん沈み込んでいる。


「ほら、元気出して! そうだ、チョココロネ食べる? 紅茶もあるよ!」


 慣れた手つきでぽぽぽんっとそれらを出すと、トオル君は拒否感を示す表情で、


「トイレの幽霊のくれる飲食物はちょっと」

「………………そうだよね」


 過去最大級にへこんだ。


「美味しいのに、ばっちくないのに」

「あ、花子さん、その、そんなつもりじゃ」


 自分よりもひどい状態の他人を見ると冷静になるというのは本当のようで、へこんでいたはずのトオル君に逆にフォローされてしまった。


 でも、やっぱり手を付ける様なことはしなかったあたり、やっぱり女神を名乗っておくべきだったかもと後悔した。


「やっぱり僕ってダメな子供なんですかね」


 しょんぼりしながら紅茶をすすっていると、彼は唐突にそんなことを言い出した。


「そんなことないと思うけど。今日だって学校休みなのにわざわざ出てきてくれたでしょ、普通だったらそこまでしないよ」


 教員なら職員室にいるだろうけど、生徒は誰一人としていない。


 私は人生でそんなこと一度もしたことないから、そういった行動できるだけ同年代の子たちよりも立派だと誇っていいはずだ。


 もっとも、彼は勉強熱心だけで片づけていいような問題ではなさそうだけど。


「でも、塾も行ってるし、お母さんは教師だから勉強は出来なきゃって思っているのに、結果は全然ダメだし」


 うーん、これはイメージも一役買ってそうだ。


「あのね、別に親が教師やっているからって無理に勉強できなくていいんだよ。自分のしたいことをしなきゃ」

「自分の、したいこと?」

「そう、例えば友達と遊びに出かけるとか、何もしないで一日寝て過ごすとかでもいいの。勉強以外の事も経験しないと」


 彼はどうも『こう姿』より『こう姿』に引っ張られすぎているように思える。


 先ほどの提案にも難色を示している彼を見るに、このままじゃ彼はパンクしてしまうのではなかろうかって、そんな不安が頭をよぎる。


「そうだ、今から遊びに……」


 行こう、と提案しようとした時。


「誰ですか、今日は休みですよ」


 昨日も見た不機嫌な表情の教師が顔を覗かせた。


「うわ、また二階堂先生だ」


 苦手意識を表情で表していると、


「あ、お母さん……」

「お母さん!?」


 昨日に引き続き、驚きのカミングアウトでまたもや展開についていけない。

 そういえば彼、二階堂って名乗っていたような。


「トオル、教室に一人で何をしているの」

「……勉強」

「言ったでしょう、そればっかりしても意味ないって。教室閉めるから、早く帰りなさい」

「でもっ……!」

「聞き分けのない子は嫌いよ。家まで送るから、早く出なさい」

「……いい、一人で帰るから」


 彼は母の顔を見ることなく教室を出て行った。


「…………先生」


 思わず私は、トオル君を追わずに一人教室に残された二階堂先生に声を掛けていた。


「ごめんね、トオル。不器用なお母さんで、ホントに、ごめんねっ……」


 それは、怖かった記憶しかない恩師の、初めて見る泣き顔だった。


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