女神驚愕! ~二階堂トオル編~ ③-②

 さて、今回私が飛んできた場所は――学校?


 大きな校舎しか判断材料がないので、もう少し詳しく状況を把握するべく辺りを見回すと、私はグラウンドの隅っこにポツンとある小さな社の前に立っていた。


 周辺は田んぼが続くばかりで特徴的な建物は何もなく、この場所は私にとって馴染みのない場所ね。


 そしてその小さな社の前で必死にお参りをする小さな姿から推測するに、どうやらここは小学校みたい。


 ふむ、この少年が今回の依頼人か。


 前回は合法ロリ「あれ? お姉さん誰?」だったけど、今回は違法ショタだ。


 法に触れないよう取り扱いには気を付けないと……。


「……君、私の事、見えてるの…………?」


 ふわりと浮かぶ私の眼下には、驚いた顔を張り付けた少年が一人、こちらを見上げていた。


 これはどういうことなの?


 私は今女神様をやっているので、人間なら誰も視認することは不可能なはずだけど、こちらを見て驚愕しているということは、私が見えているのか。


 どうして私が見えるんだろう、なんて想定外の出来事に頭が追いついていないけど、


「ちょ、ちょっと待って! それは待って!」


 少年が防犯ブザーらしきものに手を掛けているのを止めることが出来たのはファインプレーだ。


「お、お姉さんは、何者ですか!?」


 恐怖しているからだろう、身体を縮こまらせて震えている彼を納得させることが出来る言葉ってあるのだろうか。


 よし、ここは嘘偽りなく正体を明かすとしよう。


 こちらが挙動不審になれば相手も不安になるだろうし、よく考えればやましいことなど何もないのだから、堂々と胸を張って答えよう。


「えっ、えっとね。お姉さんは――女神なの!」





 誰もいないグラウンドに、大音量の防犯ブザーが鳴り響いた。



「ひ、ひどい目にあった……」


 流石に危機を感じて脱兎のごとくその場から離脱したはいいけど、人から視認されてしまう以上、隠れながら行動しないといけないよね。


 にしても、どうして私が見えるようになったのか。


 原因として考えられるとすれば、弱り切った力のせいとしか思い浮かばないけど。


「しっかし、ここはどこだ……?」


 隠れるべく急いで入った教室は、難しい漢字が多用されていない掲示物に、後ろに大量に張り出されている習字の半紙なんかがどこか懐かしさを感じさせる雰囲気を醸し出していた。


 周囲に人がいないことを確認して教室の外に出てクラスを確認すると、『6-2』という案内があった。


「うわ、すっごい懐かしい」


 もう何年前になるだろうか。


 その頃の思い出なんてあんまり覚えてないけど、先生がすごい怖かった記憶が印象に深く残っている。


「あの頃の担任の先生、元気にしているかな」


 不意に、そんなことが口から出てきた。


 当時からしたら恐怖の対象でしかなかった先生だけど、成長してわかることだってある。


 言い方こそきつかったけれど、思い返せばどれもが後になって実感することばかりだ。


「でも、もう一度会いたいかと言えば勘弁だけどね」


 何だか可笑しくなってつい笑ってしまう。


 教室内に戻って、かつての記憶を頼りに当時の席に座ってみた。


 この席に座っていると、まるであの頃に戻ったみたいだな……。


「こら、滑川さん。また給食の人参を残しているんですか、なーんてね」

「誰ですか? 誰かまだ残っているんですか?」

「うげっ、に、二階堂先生!?」


 感傷に浸っていて、急な来客に気付かず狼狽してしまった。


 ヤバい、今の私は許可なく学校に侵入した不審者だ!


「ああああ、あの、違うんです先生! これはですね……!」


 立ち上がってしどろもどろになりながらも言い訳を紡いでいると、


「……気のせいでしたか」


 先生はまるで何事もなかったかのようにその場を去っていった。


 あれ? 私、見えるんじゃないの?


 新たに舞い込んだ疑問に頭を整理しようとしていると、


「いた、不審者」


 再度びっくりして声のする方をゆっくりと振り向くと、どうやら私はかくれんぼの鬼に見つかってしまったようだ。


「お姉さん、もう一回聞くけど何者なの? 空飛んだり先生には見えてないってことはもしかして、花子さんなの?」


 防犯ブザーには手を掛けていないけど、まるでお化けを見るかのような顔でこちらをうかがう少年。


 なるほど、そう考えるのが普通よね。


「んー、まぁ、そんなところかな。よくわかったね」


 この世ならざる者という括りで言えばあながち間違いでもないし、ここは変に弁解するより話を合わせたほうがよさそうと判断した私は今からこの学校のトイレの花子さんだ。


「それより、何か悩みがあるんじゃないの? よかったらお姉さんに話してごらん」


 彼はまだ身構えながらも、


「実は、テストの結果が良くなくて。このままだとお母さんに顔向けできないから」

「ふむふむ、ちなみに何点くらいなの」

「96点」

「高得点じゃないの」

「でも、いつも百点満点じゃないとだめだって頑張るんだけど、そう思うと緊張しちゃって」

「もしかして、百点そのものを取ったことがない、とか?」


 彼は悲しそうにうなずく。


「よし、お姉さんに任せて! こういうお手伝いをするのがお姉さんの役目だからね」

「いいの? でも花子さんって勉強できるの?」

「んー、少なくとも君よりかは出来るかもね」


 まだ不安そうな顔を払拭するべく笑顔で応えてあげると、ちょっとだけ警戒心を解いてくれた。


「それじゃ、君の名前と願いを教えてくれる?」


 握手を求めると


「……二階堂、トオル」


 照れながらも握手を返してくれた。


 その時、彼の頭上にぽんっと絵馬が現れた。


「ちぢんふゆう、ごよのおたから! 女神代行、トイレの花子さん……改め、滑川梨子の名において、この者の満点祈願を応援します!」


 絵馬に勢いよく押された『受領』の字が光り輝き、彼の願いの内容が浮かび上がる。


『テストで百点取れますように  12歳 二階堂トオル 』


「うん、トオル君ね。これからよろしく!」


 前回のお仕事とはちょっと変わっているけど、これも学問の女神様としての大事なお仕事だ。


 さぁて、頑張るぞい!

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