女神驚愕! ~二階堂トオル編~ ③-①

「それじゃ、今回のテストを返しまーす」


 僕はこの時間が嫌いだ。


 一喜一憂しているクラスメイトを尻目に、担任の先生の元へテストの答案を貰いに行く。


「おし、二階堂は……惜しかったな、今回は96点だ」


 点数を公表された途端、クラスメイトから羨望の声が上がる。


「すげー! やっぱトオルは頭いいよな!」

「やっぱり塾行ってる人は違うよねー」


 多分、普通なら照れたり自慢したりするところなんだろう。


 でも、僕は憂鬱と絶望感に頭の中を支配されていてそれどころじゃなかった。


「(また、勉強しなきゃ)」


 取れた96点より、取れなかった4点のせいで、今日は晩ご飯が食べられないからだ。



 人間の皆様。


 あなた方は生きていく上で、無性に『これ』が食べたいって衝動に駆られる時がおありでしょうか。


 ちょうど今の私の心境がそれで、今はチョココロネの気分でございます。


 普通ならその欲を満たすために買いに走ったり、大人しく我慢して別の日に発散したりと様々でしょうけれど、今の私は女神様なので、


「ちぢんふゆう、ごよのおたから。チョココロネ、出てこい!」



 ドサドサドサッ!



 ちょっとお願いするだけで欲を満たすことができるのです。


 代償としてちょっぴり手足が透けたりするのですが、かつてみたいにモノに触れられぬほどではないので、山のように積まれたチョココロネを心行くまで堪能するとしましょう。


 さて、お味の方はいかほどでしょうか。


「んー、あんまぁぁぁいっ!」


 パンのふわふわに包まれたチョコはとろりと甘く、それでいてしっかりコロネとマッチするよう調整されている。


 まさしく、神が作りたもうた逸品と言えるかもしれませんね。


「ちょっとー? なーに変な食レポしてるの? キャラがいつもと違うんですけど?」


 ちょっとやめてよ、今お上品なお嬢様の練習してるんだから――と言いたいが、口の中いっぱいにチョココロネが詰め込まれているので、目線で訴えかける。


「いや、そうだとしても流石にお嬢様はそのリスみたいにぱんぱんになるまでパンを詰め込まないと思うよ……?」


 以前お世話になってから仲良くなった縁切り&縁結びの女神様である宣姫のぶきことブッキーも、私の膨れ上がった頬を見て少しばかり頭を抱えていた。


「まぁまぁ、ブッキーもせっかく来てくれたからさ、おひとついかが?」


 口の中に物が入っているまま話すのは失礼なので、あらかじめ用意しておいた紅茶で流し込むと、絶品チョココロネの感動を共有するべく一つ差し出した。


「あ、ありがとう。これは後でいただくね? それより、さ? 例の……サツキ、だっけ? 無事お付き合いできたよ」


「お、ホント? それは良かったよ」


 わざわざ私の天界のパーソナルスペースに何の用かと思ったけど、用事はそれだったのね。


 前回のお仕事から一か月ほど経ったけど、まるで昨日の事のように思う。


 波乱万丈な恋愛をしてきた前依頼人に、今度こそ悲しむことなく良きお付き合いが出来るよう祈っていると、


「何のんきに構えているの? あーし、成功報酬貰いに来たんだからね?」


 へ? 成功報酬……?


「あぁっ! 忘れてた!」


「ホントにこの娘は、この先やっていけるのかな……?」


 成功報酬とは、前回の仕事の際に私がサツキさんに幸せになってもらえるようにと目の前のギャル風女神様と交わした契約で、簡単に説明すれば、今付き合っている彼氏と別れ、新しい恋を芽吹かせてほしいということだが、上手く行ったということは、


「それじゃ、貰うからね? りこっちの『奇跡の力』」


 彼女は私の額に手を当てると、そこからしゅわわわ……と力を吸い取っていく。


「うぅ、力が抜けていくぅー」

「消える程は取らないから心配しないの」


 およそ10秒程だろうか、手を引っ込めた彼女に対峙している私の手足はすっかり透明感が増していて、


「あぁ、チョココロネ……」


 モノが持てないほど力が弱まっていた。


「ほい、これで完了っと。 ごめんね? いくら仲が良くなっても契約は契約だから」


「ううん、いいの。あの件は私のエゴだから」


 私だけでは恐らく詰んでいたかもしれないので、手を貸してくれただけでありがたいのだから、然るべき代償だと飲み込もう。


 しかし、力が減ると物理干渉が出来なくなる仕様は勘弁してほしいものだけれど、と頭を悩ませているちょうどその時に私のお守りが光り始めた。


「ん? りこっち、何か光っているよ?」


 かつての私の学業祈願のお守りが光りだしたということは、誰かがどこかで私を必要としているということだ。


 まるで消えそうになると依頼が入り込む仕様なのかと勘違いしてしまいそうなほどのグッドタイミングだ。


「よし、お仕事行ってくる!」

「うん、いってらっしゃーい」


 このままではせっかくのチョココロネがぱっさぱさになってしまうので、それだけは避けなければ。


 相変わらず光量が半端ないお守りを握り込むと、私の身体は助けを求める人の元へと転送されていった。

 



「……はむっ。むぐむぐ……んむっ! おいひい!」


 私を送り届けた女神様は、一口食べて虜になったのか、腰を下ろすと最高おいしいチョココロネを堪能しはじめた。

 

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