女神懊悩! ~睦月アズサ編~ ②-⑤
アズサさんは、神社でずっと泣いていた。
元々彼女は男運がないせいで、恋が実らなかったり好きになった相手が既婚者だったりといい恋愛が出来なかったらしい。
その上で、好きだった人が二股かけていた上に、向こうのほうが好きだと言われれば誰だって一生モノの傷を負うのは目に見えてわかる。
分かっていた上でこんな結末にした私は、きっとこの世の何よりも最低な女神様だと思う。
「女神失格だよね、私」
もちろん、こうしたくてしたわけじゃない。
もし知らずにあの関係のままにしておけば、やがてショウタ君の心がアズサさんに向く未来があったかもしれない。
「それでも、やっぱりあのままじゃ駄目だよね」
けれど、普通に考えたら遅かれ早かれこの結末にたどり着いたはずだ。
何より、あんな不誠実な男とこんないい人がくっついてほしくない。
つまり、この結果は私のエゴなのだ。
「ホントにごめんね、でも」
でも、このままこれでお終いじゃ、神としての名が廃る。
だから、これから起こることも、私のエゴだ。
「――でも、このままじゃ終わらせないから」
残った私の奇跡の力を使って、アズサさんに残った仕掛けを発動させた。
淡く柔らかな光が泣きじゃくる彼女を包みこんでいき――。
「……あの、大丈夫ですか? 具合でも悪くされましたか?」
アズサさんの前に現れたのは、清潔そうな手ぬぐいを手に相手を気遣う年若い神主だった。
◆
身も心もぼろぼろだった私は、愚痴ってやろうと思ってすぐに帰らずにうめちゃんの元へ寄っていた。
『初仕事の感想、聞いてもいいですか……?』
相談した時から諸事情を察してくれていた彼女は私を叱責することなく、優しく迎え入れてくれた。
「正直、女神様舐めてたよ」
自由気ままなイメージが強い神様の想像と現実とのギャップと激務に、まさしく満身創痍となった私はため息を垂れ流していた。
それでも、やり切ったという達成感は否定できない。
心に引っ掛かりは残るけど、確かにこれは清々しいわ。
「でも、今回くらい重たいのはもう勘弁ね」
『ふふっ、お疲れ様でした……。安心してください、今回ほどの案件って、そうないですから……』
「それ、信じてもいいの?」
『えぇ、先輩の助言ですから……』
その言葉を素直に受け取れないくらい、今回の仕事は堪えた。
まぁ、最初が厳しければ後が楽だろうし、ポジティブに考えていこう。
『それにしても……、今回はよく、手を貸してくれましたね……』
珍しくちょっと驚いた感じの語感で話しかけられた相手は、女神のくせにへへっと小悪魔みたいに笑いながら、
「まぁね? こんなことって珍しいし、あぁも必死にお願いされたら、ね?」
『必死にお願い、ですか……』
縁切りと縁結びの女神様は、先輩の学問の女神様に余計なことを吹き込もうとしていた。
これは恥ずかしいから内緒にしておきたいことなのに!
「ちょ、ちょっと! この話は禁止! ブッキーも絶対言っちゃダメだからね!」
はいはーい、って軽い返事がどうも信用ならない。
約束は破らないと信じたいけど、やっぱり、見た目って大事だ。
「にしても、あの男って大丈夫なの?」
不思議そうに私に問いかけるブッキーに、胸を張って答える。
「平気よ。あの人、私の知っている異性の中ではダントツに優しくて、誠実さが取り柄みたいな人だから」
あの神社、実は私の父親と先代の神主が友人同士で、小さい頃はよく遊び場として使っていたのだ。
その頃から親交のある彼は優しさと誠実さはあったが、生憎と女性運はなく、いっつも彼女を欲していた記憶がある。
そのまま成長した彼はアズサさんと歳も近いし、あの二人ならきっと上手く行くだろう。
「それより、うめちゃんに聞きたいことがあるんだけどいい?」
アズサさんの未来を案じつつ、うめちゃんに今回の件で聞きたかったことを素直に質問してみた。
「あのさ、もしこの件をうめちゃんが受けたとして。うめちゃんなら、ここまでした?」
彼女はふーむ、と考えた後、
『その時にならないと、わかりませんけど……』
「せんけど?」
『どうすれば正解だった、というのは、実は神様にもわからないのですよ……。だから、もしかしたら……私も、りこちゃんと同じことをしたかも、しれませんね……!」
「……そっか」
私のやったことは、きっと間違いだったのかもしれない。
そう思えるくらいには、アズサさんを深く傷つけてしまった。
模範解答は仕事が解決した今でもわからないけど、そういってもらえただけで私の心が少し救われた気がした。
「さて、お仕事おしまいっと。今日はもう帰って寝ちゃおう」
ぬあーっ、と年若い娘らしからぬ低い声で伸びをすると、疲れ切った身体がちょっとだけ楽になった気がした。
「うめちゃん。それじゃ、また来るね。ブッキーもわざわざ手を貸してくれてありがとう」
『いいですよ……。いつでも、相談に、きてくださいね……』
「いいっていいって♪ りこっち、初仕事にしてはナイスファイトだったよ?」
相変わらず奇跡の力の残量が少ないせいで身体は透明性が高いし、神様として余計な部分まで踏み込んでしまった。
せめて次こそは、誰も傷つくことなく円満に仕事を終えることができますようにと神様にお願いしつつ、私の意識は遠く薄れていった。
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