女神懊悩! ~睦月アズサ編~ ②ー②

 月が夜空高くに昇りきったくらいの時間に設定をしていたスマホのアラーム音で手を止める二人。


「あー、しっかり勉強したなー」


 身体をばきばきと鳴らしながら伸びをするショウタ君に、


「おつかれさま。もうすぐ本番なんだから、もうちょっと頑張ってよ」


 彼女として、彼の頑張りを褒めつつも人生の先輩としてまだまだと叱責するアズサさん。


 この二人、見たところ息ぴったりで正直サポートなくても平気そうじゃない。


 初めてがラクな仕事でよかったと胸をなでおろしていると、


「それじゃ、また明日。ちゃんと課題はしておくのよ」


「分かっているって。ほら、遅いから送っていく」


 二人が部屋から退場したので、いい加減私もお暇しようとドアノブを、


「つ、掴めない……」


 忘れていた。


 そういや今の私は物理干渉出来ないんだった。


 神様の奇跡も、先ほどのチャイムと激励で使った際にとうとう身体全体が半透明になってしまったからこれ以上の使用は危険だろう。


 この瞬間、この晩は男子高校生の部屋で過ごさなければならないことが決定してしまった。


 まさしく苦行である。


 脱出ゲームでももうちょっとマシな設定だというのに、物理干渉がダメな以上埒が明かないので、悪霊よろしく部屋の隅でじっとすることにしよう。


 仮眠でも取れば、この家から移動できるくらいには力が回復しているでしょ。


 体育座りで寝るのは初めてだったけど、色々な展開で疲れていたのか、気付けば私の瞼は重く閉じていた。

 

 ◆


『……だよな…………。そうだよ……ったく…………』


 眠りが浅かったのか、結構野太い喋り声で目が覚めた。


 変な体勢で寝ていたせいで、身体の節々が悲鳴を上げている。


 うぐぐ、と眉にしわを寄せつつゆっくりと全身を伸ばして痛みを和らげていると、ベッドで寝転んでいる男がげらげらと笑い転げているのが目に映った。


 そういえば、依頼主の彼氏の部屋で寝ていたんだっけ。


 冷静に考えると恐ろしいことをしているわ、と思わず苦笑い。


 彼は(見えていないので当たり前だけど)私のことなどお構いなしに電話に夢中のようだ。


「こんな真夜中でも電話するなんて、よほど仲がいいのね」


 当然、そんな皮肉も馬耳東風だと素知らぬ顔で会話を続けるショウタ君。


 しかし、何だか様子がおかしい。


 先ほどののんきな雰囲気はあるものの、アズサさんと交わしていた態度とは違い、妙な違和感がある。


 不安が私の胸に押し寄せる中、彼がへらへらしながら会話を続ける。


「いやいや、何言ってんだよ。勉強ばっかりやってられるかって。課題なんてあと何週間もすれば卒業なんだし、へーきへーき」


 ちょっと、何言ってるよの。


 さっき彼女と約束してたじゃない、そんなんじゃ合否にも関わってくるって。


 焦る私をよそに、楽しそうに笑う彼。


 学問の女神として直々に叱責しようにも、直接的な干渉が禁じられている以上、私にはどうすることもできない。


 彼に対する妙な違和感、その正体は、彼の意外な一言で明らかになった。


「あぁ、分かってるって。それじゃ、また明日学校でな。愛しているよ…………リツコ」


 なるほど、こういうことか。


 違和感の正体、それは『恋人か愛人か』という愛情の本気度だ。


 彼はアズサさんと付き合っているけど、それは『遊び』としてだ。


 一方で、電話の相手の『リツコ』とは本気の付き合いなのだろう。


 学校で、と言っていたので同い年か同年代なのは確かだ。


 そしてきっと、アズサさんはその事実を知らないはずだ。


「こんなやつを、応援しなきゃいけないの……?」


 途端に、愕然としてしまった。


 どうしてこんなクズ野郎の為に時間を割かねばならないのか。

 

 もちろん、お断りだ。


 そうと決まればこんな場所、さっさと出て行ってしまおう。


 あまり力の余裕はないのだけれど、この空間にい続けるのが耐えられない。

 

 ムカムカしながら目を閉じ、奇跡の力で天界のパーソナルスペースへ飛ぼうとして、


(…………何? 誰?)


 誰かに見られている胸騒ぎがして目を開く。


 私が部屋にいることが彼に気取られたのだろうか。


 互いに不干渉なので、向こうはこちらを視認できない以上ばれることはないはずだけれど。


 彼のいる方へ視線を送ると、丸まって寝ているのか、彼は大きな布団の団子と化して、いびきをかいていた。 


 彼じゃないとしたら何だろう。


 眉をひそめながらも術を再開、私の意識が消える瞬間――、


「………っ!!」


 それと目が合った。


 それは、私だった。


 鏡に映っていた私は、何とも情けない姿だった。


 ◆


 パーソナルスペースに帰り着いた私は、呆然とうなだれていた。


 思い返せば、自業自得な自滅で困り果て、受け持った仕事もラクそうだと判断して気軽に構えている―――そんな私が、女神代行? ふざけるな!


 先ほどの腑抜けてた私を思い切り張り倒してやりたいくらい、怒りで煮えたぎってきた。


 もちろんショウタ君も悪いけど、一番怒っているのは、自分自身に対してだ。

 

 うめちゃんの言った言葉が、胸に刺さる。



『実を言うと、貴女はこのままだと受験に失敗してしまうのでして……』


 

 なるほど私は、落ちるべくして落ちたのだろう。


 私の今までの努力は、結局のところ自己満足だったんだ。


 こんな舐めた態度で受験に臨めば、そりゃ誰だって落ちるだろう。


 そんな私を、他の神様は『世界崩壊の因子』として排除しようとした。


 でも、今以上にひどい状況下にある私を、うめちゃんは決して見捨てる様な真似はしなかった。


 今の私はどうだ、少しの困難に直面した程度で簡単に諦めてしまっている。


 身を挺して私を救おうとしている彼女に、このままじゃ顔向けできないや。


「わあああぁぁぁぁ! 私のバカ!! クズ!!! ほんっと情けない!!!」


 とうとう爆発した怒りを、両頬をバシバシと叩いて鎮める。


「こうなったら、何が何でも合格させてやるわ! そしてアズサさんに幸せになってもらうんだから!!」


 気合い入れろ、私!!


 せめて、うめちゃんの名前を汚すような失態は犯さないようにしなきゃ。


 甘ったれていた私を鍛えなおすんだ……女神代行、リスタート!


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