女神代行! ~滑川梨子編~ ①-④

 かつての人と神との歴史についておさらいしておこう。


 かつて神様のほとんどが地上にて民の生活を見守っていた。


 冠婚葬祭はもちろんの事、季節ごとの行事のたびに人々は神様に祈りをささげていた。


 そして神様も、微力ながら力を貸していた。ある年は実りをもたらし、ある年では災禍を起こして。


 神様と人間、まるで家族のように世界を共にしていたのだ。


 だが、近年では文明が発達し、様々な事象が解き明かされていった。


 祈りを捧げずとも安定した実りを大量に生産でき、神の御業であった災禍も正体が解明されてから、命が捧げられることはなくなった。




 人は、良くも悪くも成長したのだ。




 子が独り立ちしたのに、親である神様がいつまでもそばにい続けるわけにはいかない。


 そこで、世界から身を引くと決断した際、神様は各地の神社に自らの意識をほんのわずか残していった。


 信仰心が薄まった地上では最早奇跡を起こす力はなくなったが、祈りを、救いを求める人間に一歩踏み出す勇気を与え、常に見守るためにである。


 試練と褒美を与えて成長を促すのがかつての神様で、激励し、共に歩んでくれるのが今の神様。


 前者を親と考えれば、後者は友人と解釈できるのではないだろうか。


 だからこそなのか、今の神様は昔以上に人に寄り添っている印象を受けた。


 普通は見捨てられるだろう私が、今もこうして存在している。


 神様はいつでもあなたを見守っていますよ、という文言は、あながち間違いではないのかもしれない。



 そう私が考えるくらいには、神様は私の事を愛しているように感じた。





「なによ、ここ……」


 うめちゃんのパーソナルスペースだという空間へと到着した私は、その空間で絶句していた。


 果てのなさそうなこの空間、見渡す限り、真っ白。


 勉強道具どころか、生活用品、はては机や椅子と言った家具など、何一つないのである。


「あの子、一体ここでどうやって生活していたのよ」


 勝手なイメージだが、休日には部屋でクラシックでも聴きながら純文学の小説を読み、紅茶でも嗜んでいる、みたいな印象はあった。


 だが、これでは究極的ミニマリストである。


 モノを持たないってレベルなんて次元ではない。


「まぁ、これから好きに部屋を作れると思えば気がラクでいっか」


 新居と考えれば何か物がある時点で不自然だし、そうとなれば私好みの部屋にするとしよう。


「確か、念じればいいんだっけかな。ちぢんふゆう、ごよのおたから……っと」


 目を閉じて欲しい品を思い浮かべ、むむむと念じる。


 すると、私の前方からガタゴトンっと高い所から物質が落ちる音がしたので目を開けると、


「おぉ、これは便利じゃん!」


 学校でお世話になった机と椅子が鎮座していた。


 当然ながら、それしか思い浮かべていなかったので机の中は空っぽだ。


 次に欲しいものは決まっているので、思い浮かべながら目を閉じる。


 物音がしたのを確認して目を開けると、今度は参考書と志望校の過去10年の入試問題集が現れた。 


 ヤバい、すごい。


 語彙力が小学生並に低下してしまうのも無理はないくらいに、神様の力と言うものはすさまじかった。


 その後も、リラックスできる曲を聞ける音楽プレイヤーに、快眠が約束されたふわふわの寝具一式、はては勉強で小腹が空いたときにあると嬉しいお菓子までぽんぽんと出現させた私は、まるで神様になったかのように尊大な態度でふんぞり返っていた。


「いやー、便利便利♪」


 突如として訪れた好待遇に満足しながら、早速勉強しようと椅子を引こうとして、


「あれ? 掴めない……あれれ?」


 自分の手が半透明に透けて、向こう側が覗ける仕様に変わっていることに気が付いた。


 よくよく見ると、手だけでなく、足先もうっすらと消えかかっている。


 これはまずいんじゃなかろうか。


「もしかして、力を使った代償……?」


 このままでは消えるかもしれない。


 その考えが頭をよぎった瞬間、全身に寒気が走り、じんわりと冷や汗をかいていて、気付けば私はうめちゃんの元へと飛んでいた。


「うう、うめちゃんうめちゃん!! 起きて、起きてよ!!」


 今度はちゃんと病室にいた私は、葬儀場でゾンビとして処理されなくてよかった、と考える余裕もなく、寝ている彼女を激しく揺さぶった。


『んんー……。ど、どうしたんですか……』


 どうやら寝ていたらしい彼女に謝罪する余裕もなく、お尻に火が付いたみたいにまくし立てた。


「どうしよう! 私、消えちゃう!」


 そう言って私の手を差し出して今の状態をみてもらうと、


『なるほど、なるほど……。結構、力、使っちゃったみたいですね……』


 私のアップテンポを落とすかのように、ゆっくりと語りかけてきた。


『神様の力って、有限なんですよ……。RPGゲームで言うところの、MP、みたいなものです……』


「それって、寝たらちゃんと回復してくれるやつ……?」


 不安が私の頭の中で騒々しく踊り狂う中、神様はそれでも落ち着いた口調で、


『寝る、というより、時間が経てば、元通りですよ……』


「ホント? よかったぁ……」


 安心して力が抜けて、思わずその場に座り込んだ。


 でも、このままだと物が持てないから不便極まりないのだけれど。


『手っ取り早く回復したければ、お仕事をすればいいですよ……』


 聞けば、あの空間で行使した力は【信仰心】で、人間が私……というか学問の神様を信じれば溜まる“徳”、いわばポイントのようなものらしい。


 使えば当然それは減るし、溜めるには信じてもらう、つまりお仕事をして人々の信仰を集めなければならないみたい。


 そしてこの【信仰心】は、無くなった瞬間に自身が消滅してしまうため、ご利用は計画的に―――だったのだけれど。


『ですから、使い過ぎには気を付けるように、言ったじゃないですか……』


「ご、ごめんなさい」


 正論すぎてぐうの音もでない。


 反省しなくちゃ。


 でも、お仕事と言ってもそう都合よく学問の神様にお願いごとをしている人なんているのだろうか。


 そう思った矢先、寝ている私(本体)が突如光り始めた。


 不思議に思って近寄ってみれば、ポケットの中が光っていたのだ。


 それを見てみると、カバンの中に入れたはずのお守りが、私の目を焼かんばかりに輝いている。


 いや、光量落としてよ。


 うめちゃんが言うには、


『それが光っているとき、困っている人が、近くにいるということです……。手に取って、困っている人の元へと念じれば、そのお守りが連れてってくれますよ……』


 先代の忠言だ、従っておくとしよう。


 どういう訳かお守りはしっかりと掴めたので、人生初の仕事、どうか上手く行きますようにと祈りつつそれを握りしめると、私の意識はまた、遠くに消えていったのだった。

 



『一応、人生が終わっちゃった後ですけどね……』


 

 

 遅すぎたそのツッコミに返してくれる人は誰もいなかった。

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