女神代行! ~滑川梨子編~ ①-③
「さて、そろそろ行きますね……」
あらかた引継ぎを終えた女神様は、私に乗り移るための下準備のためだろう、アキレス腱を伸ばしたり腕をぐるぐるさせたりし始めた。
えいえいっ、とぎこちないからだ運びで準備体操をしているうめちゃんには悪いけど、とても女神様をやっているとは思えないほど可愛らしかった。
「結構ざっくりな説明だったけど、ホントに『受験生の手助け』でいいの?」
「ええ。ただ、それ一つに絞ると手持ち無沙汰になりがちなので……採用側の手助けだったり、定期考査や、資格試験なんかの、お手伝いもすると、楽しいですよ……」
ほうほう、そう聞くとやること多そうだけど楽しそうだ。
「何かわからないことがあれば、私のところへ来てくださいね……」
うめちゃんはその言葉と共にすぅっとフェードアウトしていった。
私のところ? あぁ、そう言えば娑婆の私の身体は今頃病院へ運ばれているのだろうか。
ふむ、ちょっと様子でも見に行ってみようかな。
こんな展開はドラマでもそんなに見ないし、自分の遺体を眺めるなんていい気分ではないけど体験したくても出来るものではないはずよね。
今の私は、簡素なものだけれどうめちゃんから借り受けた神の権能らしきものが使えるらしい。
自分の元へ飛んでいくのに訳はないということなので、早速先ほどメモした呪文を取り出して読み上げる。
「んー何々、『ちじんぶゆう、ごよのおたから』……?」
堅苦しい呪文だなと思いつつ唱えて目を閉じ、再度開くと、自分が横たわってる傍らにいた。
「おー、これはすごい! 移動とかめっちゃ便利じゃん!」
これが瞬間移動というやつなのか。
神様っぽさはあまり感じないけど、これが出来るだけで自分が特別な存在って気がしてくる。
アメちゃん食べなきゃ、キャラメル味!
「ところで、ここってどこだろう……」
きょろきょろと辺りを見回すと、どうも病室っぽい雰囲気はない。
むしろちょっと暗い印象を受ける空間だ。
真っ白で無垢な病室の一室で生命維持装置に繋がれている自分を想像していただけに、少しだけがっかりした。
今の私の身体はと言うと、大事にしていたぬいぐるみとかといっしょに自分の背丈くらいの白い箱に入れられていた。
その私の前で念仏を唱えるお坊さんの声と一定のリズムでぽんぽん叩かれる木魚の音が若干耳障りに感じた。
たくさんの華やかな花に囲まれた私の写真は映りが悪いのか不機嫌そうに見えるから後で撮りなおしてもらう。
パパとママは礼服に身を包んでずっと泣いているし、友達の灯なんて私のところに縋り付いてダムが決壊したみたいに涙を流していた。
友人のこういう姿をみると心にくるなぁ。
一緒に大学行こうって約束、守れなくってごめんね。
「ってここ、病院じゃないじゃん!」
病院通り越して葬式なう。
ちょっと待って、復活って失敗しちゃったの?
うめちゃんはどうしたの……?
急に不安に駆られておろおろしていると、
「りこのばか! うそつき! なんでしんじゃうの! めをあけてよ!!」
灯が泣き叫んで私の棺を揺さぶったその瞬間、安らかに目を閉じていた私の目がギャンっ! と見開いたかと思うと、
「…………ぁぁぁあああぁぁ…………ぅぅうううぅぅぅ……」
うめき声をあげながら起き上がり、棺から這い出てきた。
ずるっ、ずるっ……と生者を求めて這いずる私の姿は、B級ホラーを彷彿とさせる。
それを見ていた一同は、一瞬の静寂に包まれた後、
「いやあああぁぁぁぁぁりこおおおぉぉぉぉ!!!!!」
「おい、梨子ちゃんがゾンビになったぞ!」
「あああ、悪霊退散!! 悪霊退散!! そこの娘さん、逃げますよ!!!」
「どうして、どうして娘がゾンビに……、娘が一体、何をしたって言うんだっ……!」
「パパ、早く逃げましょう! 私が、私の育て方が悪かったのよ……!! ごめんね、りこ、ごめんねっ……!!」
親族、友人、肉親までもが全員大慌てで祭儀場から出て行く中、一人取り残された私は、未だにゾンビよろしく這いずり回っている。
「ゾンビパニック起きてるじゃない。どうなっているのよ」
せっかく娑婆に戻ってこれたのに、これじゃ絶対あだ名が『ゾンビガール』で定着してしまう。
新年会とか忘年会の出し物で『スリラー』踊らされるじゃないの。
『ご、ごめんなさい……。とりあえず、憑依は完了です……。これでも、必死なんですよ……』
脳内に響くうめちゃんの声。
『憑依できたはいいんですけど……。処置がしっかり施されていないみたいで、痛くって立ち上がるどころか声もろくにでないんですよ……』
這いずり回っているのはそういう理由か。
それなら仕方ない、のかな……。
もうちょっといい復活演出があったのでは、と思わなくはないけどさ。
それにしたってみんなもひどくない?
せっかく蘇ってきたってのにパパもママも灯もみんな逃げちゃって。
『いや、誰だって逃げますよ……。ううっ、痛い……』
痛がっている私(うめ)には悪いけど、私にはどうにか出来そうもないし、ある程度時間が経てば騒ぎも落ち着いて事態も収束するだろう。
「よし、それじゃ後はよろしくー♪」
『ちょ、ちょっと……、せめて、呪文で痛みを……ううう……』
痛みに喘ぐうめちゃん(私の姿)に加虐心がそそられたけど、今後私の身体に後遺症が出るのもあれなので痛みは和らげておいた。
何はともあれ、こちらの世界に帰還を果たすことが出来たわけだ。心置きなく受験勉強に勤しむとしよう。
『お、お仕事は、忘れないでくださいね……』
任せて、と言う代わりにぐっとサムズアップをして、取り敢えずうめちゃんの部屋があるという社に帰るとするか。
目を閉じ、呪文を唱えると、私の意識はまるで鳥のようにこの世界ではない別の空間へと飛んで行った。
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