女神代行! ~滑川梨子編~ ①-②
「神様と言っても、やることは簡単です……。受験する人たちの、お手伝いをしてください……」
少し構えていた私を安心させようと、これからやる内容を優しく説明してくださる女神様。
なるほどつまりは、
「受験に失敗しそうな人を〇せばいいのね」
「そ、それは……ふぐぅっ……」
なんだろう、おっとりたれ目からいっぱいの涙を流しながら、声を殺して泣く女神様の泣き顔を見ていると、新しい扉が開いちゃいそうだ。
「はいはい、わかってるわよ。私がもう一度蘇るために必要なんでしょ?」
意地悪しすぎても話が進まないので、いじわるもそこそこにしておこう。
さて、何故死んだはずの私が『蘇る』などとのたまっているのか。
別にゾンビとして地方のご当地アイドルをするためではなく、神様代行の話と並行した話なのだ。
少しだけ時間を遡って、女神様からの提案を復習するとしよう。
◆
「…………神様? 私が?」
意外な提案に、怒りも忘れて拍子抜けしてしまった私に女神様は続ける。
「はい……。というのもですね、これから私、下界に降りてですね……。魂の抜けてしまった貴女の身体に、その、乗り移ってきますので、その間の代行をお願いしたいのです……」
「私の身体に、って……」
私の良く知る私の身体は、確かお腹からホルモンやらソーセージ(歪曲表現)が飛び出てて見るも無残な状態だったはずだけど。
「それ、ですけど……。仮に貴女がその元の肉体に戻れば、苦痛に耐え切れずにすぐさま肉体から魂が抜け出てしまうのです……。けれど、これでも私、神様なので、私が今の貴女の身体に宿れば、強力な生命力でどうにか命を繋ぎとめるができるのですよ……」
薄幸そうな彼女はどうみて生命力なんて言葉と無縁な気もするけれど、そうすればHPが0から1になるということか。
「えぇ、その認識で大丈夫かと……。あとは、貴女の傷がしっかり癒えたタイミングで元に戻れば……」
「また元通り、ってわけね」
完全に終わったと思っていたけど、首の皮一枚繋がったという事実に嬉しくて思わず笑みがこぼれた。
まぁ、死んだのコイツのせいだけれど。
となると、新たな疑問が湧きあがる。
「それで、傷が癒えるのってどれくらいかかるのよ」
死んでしまうほどの傷はさすがに一日や二日で治るものではないのはわかるけど、十年二十年とかかるならそれはもういっそのこと諦めてしまいたい。
そんな不安も、大丈夫ですと柔らかく答えて、
「いくら神の力と言えど、さすがに向こう一年はかかるかと思いますが……」
私にとっては、これで受験まで一年ほどの猶予が出来たというわけだ。
「っていうか、一年くらいならここまでしなくてもよかったんじゃないの?」
受験に失敗するとは言え、一年で復活できるのなら浪人するのと変わりないはずだ。
わざわざ命を奪わないといけないような事情があるとは思わないけど。
「それが、ですね……」
ただでさえ儚い声の女神の声量が、蚊の羽音ほどに小さくなっている。
「それが、何よ。一応難関大学を希望していたんだから、さすがに一年浪人するくらいの覚悟はあったわよ」
それでも、説明をためらう彼女。
なんだかじれったいわね。
「はっきりと喋りなさいよ、ほら。怒らないから言ってみて」
「それ、怒られるやつじゃ……」
「いいから!!」
勢いよく詰め寄ると、観念したのか、意外とはきはきした声で、
「はいぃ! じ、実は、受験に失敗した貴女が、世界を滅ぼすんですっ……!!」
「……今度は、世界が崩壊か……」
神様から殺されるのも大概だけど、世界崩壊とは大きく出たものだ。
「どうしてたかが受験にこけただけで世界が滅ぶのよ」
ここまで話がぶっ飛ぶと、今はまだ夢の中じゃないのかと疑ってしまう。
もしくは自分の頭がおかしくなったか。
「それは、ですね。これ、です……」
そう言って女神様が取り出したのは、私のスマホ?
「正確には、SNSなんですけれども。受験に失敗した貴女のSNSアプリで『受験失敗して人生おわた、みんな滅びてしーまえ♪』って投稿が過激派組織に『よかね!』されまして……」
「…………うん」
「世界各地で軍事的戦闘が行われるようになってしまい……。加速度的に世界情勢が悪化して、その……最終、戦争に……」
「…………それ、絶対私関係ないよね……」
ブラジルの奥地、アマゾンで羽ばたいた蝶の巻き起こした風が、遠く離れたアメリカのテキサスで竜巻を発生させるか、というバタフライ効果のたとえ話は私も聞いたことがある。
だけど、私なんかが呟いた一言で世界が滅ぶとしたら、今後はこの世界にもう少し優しくしてあげるべきかもしれない。
次があればの話だけどね。
「ま、まぁ、信じられないのは無理もありません……。これが原因なのかってのは、担当部署が違うので、断言は出来ませんけれど……。正直言うと、私も、信じられませんし……」
その辺は神様の間の内部事情というやつかな。
ここまで聞いて率直な感想を述べるなら、こんな馬鹿馬鹿しい話は世界中どこを探しても見当たらないでしょうね。
神様とやらも相当暇しているみたい。
「釈然としないけれど、もし本当にそうだとしたら、女神様の力で私を合格させればよかったんじゃないの。何せ、復活までできるんでしょ? ここまで大がかりにしなくても」
「そ、それはいけませんっ!!」
その力強い言葉は、呆れ果てた私を驚愕させるには十分な勢いと声量だった。
女神様は真剣な面持ちで、
「ほ、本来ですね。神様というのは、見守ることしか、してはいけないのです……。事情が事情だからって、実力が足りないままに、その人を次の舞台に上げることは、いけないのです……!!」
その言葉を聞いて、納得してしまった。
一見頼りないけれど、ホントに私たちを守護してきた女神様なんだなって。
「そっか。なんか、ごめんね。そもそも私がまだ努力してたらこんな事態になってなかったわけだし、本来はなかった泣きの一回があるだけでも喜ばないと」
一年だけでも運命を共にすることになった泣き虫な女神様に対して手を差し出いて、
「何だか変なことになっちゃったけど、神様の代行? 頑張るから。私の身体をよろしくね。私、
ふふっ、と笑って手を交わす女神様。
「知って、いますよ。私は
こうなった以上、来年こそは志望校に合格しなければ。
世界崩壊がどうとか知ったことではない。
私の世界は、私の手の届く範囲、動ける距離、見えてる景色だけなのだから。
「ところで、神様の代行って具体的に何をすればいいの」
緊張をほぐすかのように優しく説明してくれた彼女の笑顔は、こんな私に神様の代わりなんて務まるのだろうかと身構える私にとって、十分な癒し材料となった。
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