第四話 死は眠りに似て

 晩飯どきのニュースで初めて知ったが、寝不足なのは俺や妹だけじゃないらしい。テレビではアナウンサーの質問に答えて、医学かなにかの専門家が、こう解説していた。


「……ご覧頂きましたように、世界的に深刻化しております過眠症ですが、いわゆるナルコレプシーとは違うんですか?」

「昼夜を問わず激しい眠気に襲われる睡眠障害がナルコレプシーですね。過眠症の場合、眠気は軽いですが、眠っても眠っても常に眠く、一旦眠るとなかなか目覚めません」

 テレビカメラが、


 ナルコレプシー:眠気・強い 睡眠・短い 覚醒時・爽快


 過眠症:眠気・弱い 睡眠・長い 覚醒時・不快 


 と書いてあるフリップを映した。

「なるほど。やはり厳しいストレス社会が原因なんでしょうか」

「過眠症は遺伝のほか、脳腫瘍や薬物の影響で発症することもありますが、近ごろ多発しているケースでは原因がはっきりしておりません。……しかしながら、ストレスも一因としては考えられますので、お仕事だからといって無理に徹夜をなさらない、昼間は外に出て太陽の光を浴びる、といった具合に、規則正しい生活を心がけて頂くのが、現時点での対処法としてはベストと言えるでしょう」

「ありがとうございました」


 ニュースを聞きながらおかずを咀嚼していた父さんが茶碗を置き、そういえば、とつぶやいた。

「うちでも多いんだ。遅刻する奴。二、三人なら仕方ないけど、今日みたいに職場の半分も昼まで出社してこないと仕事にならなくて困るよ」

「パート先もそうよ」と母さん。

「同僚がさ、森林伐採のやりすぎで地球の酸素が薄くなってるんじゃないかって。ンなワケあるかよな」

「みんな疲れてるのかしらね。……あんた達も遅くまでポチポチやってないで、寝る前は端末の電源を切りなさいよ?」

 余計なお世話だ。妹はさておき、俺は夜更かしのせいで眠いんじゃない。すべては変な夢のせいなのだから。


 空を飛ぶ夢には慣れてしまった。今夜は(といっても、夢の世界では昼だが)送電線に引っかからないように電柱や鉄塔よりも高度をとり、遠くの街まで行ってみよう。都市部を離れ、山々をはるか下に眺めて飛ぶと、山間に鉄橋が見え、小さな集落が見え、やがてそれらもまばらになる。“夢の中だから飛べる”という俺の意思ひとつで飛んでいるのがちょっと怖くなって、地方都市にさしかかったあたりで無人の幼稚園の園庭に着陸し、木陰の古タイヤに腰掛けて休憩した。それからもう少し飛んで、現実では行ったこともない他県の街の駅前に降りたり、俺の地元では展開していないチェーンのコンビニで買い物をしたりする。会計を待つ列に並んだのは確かだが、誰もいないのになぜ並んだのか分からないし、何を買ったのかも判然としない。山ばかりの風景に飽きた俺は海岸を目指し、太平洋を渡って離島へ行こうとした。海上には降りる場所がないのが不安だが、よく晴れた青空の中を、全身に風を受けてひたすら飛ぶのは気持ちいい。見上げた太陽が相変わらず不自然に欠けているのに気づいた瞬間、空が割れた。

 猛烈な頭痛のせいで飛べなくなった俺は真っ逆さまに墜落したが、落ちる途中で弾力のある何かに受け止められ、いつのまにかフォアシュテルングのコックピットに着席していた。操縦席の両肩から幅広のパッドが降りてきて、背もたれとの間に俺を挟み込む。外では空間が螺旋状に割れている。というか、螺旋状の割れガラスは明らかにこちらを狙っていて、バリバリと砕けた青空の先端がフォアシュテルングを突き飛ばした。

「がああっ!!」

 こめかみが締め付けられるように痛い。吐き気もある。フォアシュテルングを操縦するどころじゃなく、座席にしがみついて耐えるのがやっとだ。



“wesen”



「……っあ、あれも敵なのかっ!?」

 螺旋の向こうに何かがいる。そいつが意識をめちゃめちゃに掻き乱すほどの激しい不快感で俺の頭を締め上げながら、ガラスの螺旋でフォアシュテルングを猛攻している。フォアシュテルングが黒い鏃に変形し、螺旋の攻撃を躱しつつ距離を詰めてゆくと、すさまじいスピードで飛ぶ矢とすれ違った。赤い鏃は着水すれすれで騎首を上げ、フォアシュテルングのコックピットめがけ……というより、俺の喉笛をめがけて突っ込んできた。殺される!!

 すんでのところで再変形して身体をひねったフォアシュテルングが飛んできた鏃を小脇に抱え込んだが、それでも敵の勢いは止まらず、俺とフォアシュテルングは海面に叩きつけられた。鏃は水しぶきの中でフォアシュテルングから離脱し、フォアシュテルングと同じように変形して空中で人型になった。……そいつは赤いフォアシュテルングだった。


 そこで目が覚めた。

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