化け物バックパッカー、空を飛ぶ。
少年は翼を隠していた。自分と似た者と出会うまでは。
森の中にある展望台。
そこから伸びているレール。
その先には、ゴンドラ乗り場が設置されていた。
無人の受付に、あるひとりの少年がたずねてきた。
「無人って珍しいものだな……」
中学生ぐらいの年齢だと思われる少年の服装は、はっきり言って奇抜だった。
そのズボンが異常に大きく、それを無理やりベルトで止めているようだったからだ。
「ちょっとすまない」
後ろから声をかけられて、少年は背筋を伸ばした。
恐る恐る振り返ると、そこにはふたりの人物が立っていた。
ひとりは老人だった。
若者の好みそうな服装はいわゆる親近感を与えるのかもしれないが、この老人、顔が怖い。別に威圧感を与えているわけでもないのに、それが余計恐怖を与えてくる。その背中には黒いバックパックが背負われている。俗に言うバックパッカーである。
もうひとりは、黒いローブを身に包んだ少女。
顔はフードで隠しており、女性らしい体つきもよく見ないと確認することができない。その背中には、老人のものよりも少しだけ古い、黒いバックパックが背負われていた。
「ここのリフトは乗る人数ではなく、1台で300円かかると書いてあるが……具体的にはどういうことだ?」
老人は立て札に指を指しながらたずねる。少年は立て札を見ると、老人の言っていることを理解したようにうなずいた。
「そ……そうですね。ひとりで1台に乗ると300円、3人で1台に乗っても全員で300円、3人でそれぞれ3台に乗ると全員で900円かかります」
「なるほど、とにかく1台で複数人で乗るとお得というわけか。まるでタクシーだな」
老人の隣の少女も、理解したように黙ってうなずく。
「は……はい。でも、僕はひとりで乗りたいので……それじゃあ……」
そう言って、少年はゲートの挿入口に100円玉を挿入し始めた。
「ちょっと少年、最後まで聞かないか」
再び背筋を伸ばす少年。
「俺は別にどっちでもいいが、この子が3人で乗ったほうが費用が浮くと騒いでいてな」
その言葉に、ローブの少女は初耳だと言うように老人に顔を向ける。
「……彼女、驚いていますけど」
「まあ、俺がカミングアウトするとは思っていなかったからな。そうだろ?」
ローブの少女は必死に首を横に振った。
「……がっつり否定しているんですが」
「まあどちらでもいいだろう。ちょっと乗せてくれんか」
「い……いやですよ。僕はひとりで……」
「おまえさんが“変異体”だからだろう?」
図星だ。老人の言葉は少年の思考を数秒ほど止めることができた。
「大丈夫。俺は変異体を見ても平気だ。もっとも、わざわざ見せる必要はないがな」
「あ…….あ……あの……」
「ん? どうしたんだ?」
「……ど……どうか……」
少年は体を震わせながら膝をつき、土下座を行った。
「通報だけは……しないでください……」
「通報したら俺らが困るだけだし、土下座までしなくてもいいんだが……」
老人は対処に困るといった表情で頭をかいていた。
「……」
その少年に、ローブの少女は近づいた。
彼の前でしゃがみこみ、そっとフードを下ろした。
「……!?」
「心配シナイデ、私タチハ通報スルツモリハナイカラ」
奇妙な声で、少年に語りかける。
その少女は影のように黒い肌を持ち、眼球が入っているべき部位から、触覚が生えていた。それは閉じると引っ込み、開くと出てくる。彼女も変異体だった。
やがて、ゴンドラは動き出した。
そのゴンドラに乗っていたのは、少年、老人、そして変異体の少女だ。
「……あ……あの……」
少年はやや緊張しながらも、親近感があるように変異体の少女に向かって話しかけた。
「ナニ?」
「変異体なんですよね? それで……見つかってしまうとか……考えたことは……」
フードを被っている変異体の少女は思い出すようにうつむき、頬と顔を上げた。
「見ラレチャッタコトハアル」
「実際に!?」
「ウン……ダイタイハ同ジ変異体ダッタリ、変異体ヲ見テモ平気ナ人ダッタリダケド……1回ダケ、警察ニ見ツカッタコトモ……」
「……」
余計なことを聞いたと言わんばかりに頭を下げた。それを見た変異体の少女は心配させないために首を振った。
「アノ時ハビックリシチャッタケド、ソノオカゲデ出会エタ人モイタ」
「そ……そうですか……」
少年は目線を、変異体の少女から老人に移した。
「おじいさんは、どうして彼女と行動しているんですか? もしも変異体だってわかったら、あなたも捕まってしまいますよ?」
老人は少年の言葉をうなずきながら聞き、時々笑った。
「捕まるか……確かにそれも考えられるな」
「確かにって……考えてなかったんですか!?」
「ここ最近は……だな。ちょっとプライベートな事情で彼女と旅をしているんだが……それをある男に話したら笑われたから控えさせてもらう」
「別ニ……オカシイコトジャナイト思ウケド……」
変異体の少女と老人の頭には、その男に笑われたことを思い出しているのだろう。無論、少年がそれを想像することはできなかった。
「おおっと、例を言うのを忘れていたな。この子のワガママに付き合ってくれてありがとう、少年」
その老人の言葉に、変異体の少女は不機嫌そうに唇をとがらせた。
「ワガママ言ッテナインダケド……“
「まあまあ、“タビアゲハ”もそろそろ節約することを学んでいかないとな」
ふたりの掛け合いに、少年は少しだけほほえましく口を緩めたが、何か聞きたいことを思い出して、手をたたいた。
「そういえば、どうして僕が変異体とわかったんですか!?」
「どうしてって……それを見れば一目瞭然だろう」
坂春と呼ばれた老人は、少年のだぶだぶのズボンを指で指した。
「あ……これは……」
「この町ではもうウワサが広まっているからな」
「……」
「まあ、心配しなさんな。俺たちはたまたま居合わせただけだ。通報なんかしたらおまえにこの子とそれに付き添っている俺の特長を話されてしまうというデメリットしかないんだからな」
それを聞いた少年は、何かを決心しようとしてうなずき、それを
「……ドウシタノ?」
心配するタビアゲハを見て、少年は急に頭をかき始めた。
「……いえ……あの……おじいさん……坂春さんでしたっけ? 坂春さんが僕のことを通報することにデメリットがないって言ってましたよね。だったら、僕がここに来た理由を話すのも、デメリットはありませんか?」
坂春は首をかしげる。
「……デメリットがないことはないだろう……メリットがないこともないが」
「サッキカラ、デメリットトカ言ッテイルケド……デメリットッテナニ?」
少年は再び黙り、しばらく目を閉じたのち、決心したようにうなずいた。
「デメリットとは短所のことで……」
「話します! 僕がここに来た理由!!」
「うおっ!!?」「キャッ!!?」
突然の少年の大声に、ふたりは席から飛び上がった。
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