引き金は、化け物の肉を料理できる。彼女はサイコロステーキに見える。

 ……ん?




 ……なんか……まぶしいな。




 ……手術室? いや、手術室によくある照明の形じゃないな。ちっちゃい豆電球が天井に5つほど着いているだけだ。




 なんで手術室を思い浮かべたんだ?


 ああ、そうか。


 俺、手足を拘束されているわ、手錠で。


 拘束されている部分は……手足だけか。なら首は動かせるな。


 顔を右に傾けてみると、人の肌のような服が壁に掛けられている……いや、






 あれは皮だ。人間の皮を剥いだものだ。






「まったく……運ぶのに手こずらせましたな。おかげで腰を痛めると思いましたよ」

 顔を上に戻してみると、サングラスをかけたガソリンスタンドの店長が、外科医よろしく俺の顔をのぞいていた。

「まあな、こんな体形だが、贅肉ぜいにくはほぼないんだぜ?」

「ほお、この状況になってもそんな事が言えるのですな」

「おあいにくさま。職業柄、こういうことはなれているからな」

「そうですか……でも、何度経験してもなれないものが……アリマスヨネ?」

 突然、店長の声の質がおかしくなった。その声に、俺は全身に鳥肌が立ったのを感じる。


 そういえば、俺たちが向っていた町では若い男女が失踪している事件が起きていた。そして、町での変異体の目撃証言……もしも、先ほどの皮が失踪した若者だったとすると……




 店長は、黒サングラスを外す。




 赤く濁った目が、俺を見つめていた。




「あ……ああああああ……」

 情けない声が、自然とでる。




 普通じゃない、赤目玉を見るたびに、




 体が震え上がる。


 神経が張り詰める。


 心拍数が跳ね上がる。




「突然変異症ニヨッテ変化シタ部分ヲ普通ノ人間ガ見ルト、恐怖ノ感情ヲ呼ビ起コス……理屈抜キデネ……」

 怖い、怖い、怖い、理屈なんてない。

「アナタノヨウナ、皮ガ多イ人ハ助カルンデスヨ。人カライダ皮ハ破レヤスイモンデネエ……女性ノ皮ナドハ破レタ部分ヲ直ス時ニ取ッテイルンデスヨ」

 店主は右腕の包帯をとる。


 そこには傷口のような穴が開いており、そこからピーラーの形をした肉が突起物のようにでてくる。


「ああああ……あああああああああ……!!」

「コイツハ奇麗ニ肌ヲ剥イデクレルンデスヨ。コイツヲ使イコナスノニ……コノ奇妙ナ声デ普通ノ声ヲ出セルヨウニスルノニ……ズイブン時間ガカカッタンデスヨ」

 店長は……こちらの耳元に……顔を近づけた。


「安心シテクダサイ。コノ突起物ガアナタノ皮ヲ奇麗ニ剥ギマスカラ。一瞬デネ」






 ピシュン






 左から、何かが飛んでくる。


 弾丸……?


 次に、右から何かが飛んでくる。


 服の破片……肌……そして黒い液体。




「財布を忘れてきたから戻ってきてみたらあ……大森さん、だいじょうぶですかあ?」




 左に顔を傾けると、晴海先輩の姿があった。

 出入り口と思われる扉の前で、変異体用マグナムハンドガンを構えている。

「ウ……ウアア……」

 店長のうめき声が聞こえてくる。

「ザック、車に忘れていましたよお? ここに置いておきますからねえ」

 晴海先輩は足元に俺のリュックサックを置くと、店長に銃口を向けながら歩いてきた。

「アンタ……警察……!?」

「旅する変異体ハンター……ですよう」

 晴海先輩は、マグナム弾で俺の左腕と左足の手錠を破壊する。ぜいたくな使い方だ。

「……邪魔ヲ……スルナアアアアアアアアアアアアア!!!」

 左に頭を倒していた俺の前に、店主が現れた。俺を飛び越してきたんだろう。ヤツの変化した部分を見ないように、俺は反対側を見た。

 次に、晴海先輩が床に着地をする。店長をかわし、拘束台を飛んでまたいだのか。

 右腕と右足も自由になる。俺はすぐに腹筋を使い、前にでんぐり返し。拘束台から降りるとすぐに立ち上がり、リュックザックに向って走る。

 晴海先輩と店主の方は見ないように。


 リュックサックの中から、ゴーグルを取り出す。

 晴海先輩のような耐性を持っている人を除いて、普通の人間が突然変異症で変化した部位を見ると、恐怖の感情を呼び起こしてしまう。このゴーグルはそれを防ぐことができる。


 ゴーグルを装着して顔を上げると、拘束台の前に立つふたりが見える。赤い右肩をあらわにした店長に向って、晴海先輩は引き金を引く。

 特注のサイレンサーによる無音の弾丸が飛ぶ。

 放たれた弾丸をかわしながら、店長は自らの頬をかきむしった。




 衣服を脱ぎ捨て、肌をも切り裂く。物理的な意味で人間の皮を被った変異体は、自ら皮を剥ぐ。


 その中身は、皮のない人間のように赤い肌を見せていた。ピーラーのような突起物が、体のあちこちから生えてくる。




 晴海先輩は再び発砲する。

 店長だったピーラーの変異体は体を丸めて飛び上がる。銃弾は命中したはずなのに、まるで切断されたかのように火花が散る。

「……っ!!」

 かわそうとした晴海先輩が仰向けに転倒する。

 変異体は壁を蹴り、晴海先輩の真上へと飛び上がる。

「ソノ皮ヲ……ヨコセエエエエ!!!」

 体を回転させ、変異体は晴海先輩へと迫ってくる。


「させるかよっ!!」


 俺はリュックザックの中にあった発煙筒を投げた。既に火はついている。


 発煙筒は煙をあげて晴海先輩の足元に転がる。

 その隣に、変異体が落ちた。目に煙が入ったのだろう。


 グシャ


 俺の足元に、赤い足が転がってきた。膝にはマグナム弾が埋まっている。

「大森さん! 頼みますよう!」

「わかっていますよ!」


 俺はリュックサックから巨大なクラッカーを持ちだし、煙で見えなくなる前にヒモを引っ張る。


 ダイヤモンドの刃でも切れることのない糸で作られた網が、変異体を包み込んだ。






 変異体を捕獲した後、俺は部屋から出て飲食スペースに訪れた。

 どうやらガソリンスタンドの店内の余ったスペースに、あんな部屋を作ったみたいだな。


「はい……後はよろしくお願いします」

 スマホで付近の町の警察への通報を終えて終えて、俺は電話を切った。これで依頼だった事件が1時間もかからずに解決してしまったわけだ。

「通報、終わったあ?」

 例の部屋に続く扉が開き、晴海先輩が表れる。

「はい、先輩は処理を終えたんですか?」

「ううん、もともと警察からの依頼だっからあ、麻酔で眠らせたあ。わざわざ自分から処理する必要、ないでしょお?」

「判断は警察に任せるっていうことですね」

「そういうことお」

 晴海先輩はひと仕事終えたように窓に向って背伸びをした後、俺の方を見つめた。

「あの人、人間だったころが恋しくて、人間の皮を身にまとっていたんだってえ」

「そんなことを言ってたんですか?」

「うん、正体なんて最初からわかってたんだろって捨て台詞と一緒にねえ」

「……実際、わかってました?」

「ううん、全然」

「そうなんですか……てっきり最初からわかっていたかと……」

「ぶっ」

 突然、晴海先輩が吹き出した。

「何かおかしいこと、言いました?」


「そんなの、偶然に決まっているよお。仕事で見慣れている肉を食べることができない、ベジタリアンなあたしは野菜がないと食欲が落ちるんだからあ」

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