化け物バックパッカー、名前をもらう。

化け物を恐れない女の子は、森の中を駆け抜けていく。

 



 立ち並ぶ木。




 足元は土の道。




 影が西から東へと傾いている。




 ここは森の中。




 夕焼けをも覆い隠す森の中を、ふたりは歩いていた。






「ぜえ……ぜえ……」


 ひとりは大きなバックパックを背負った老人。俗に言うバックパッカーである。ただでさえ顔が怖いのに、息切れで余計に凶悪な表情になっている。


「“坂春サカハル”サン、ソロソロ休憩スル?」


 もうひとりは黒いローブを身にまとった少女だ。顔をフードで隠しており、背中には坂春と呼ばれた老人のものと同じバックパックを背負っている。


「そうしたいが……休んでいると日が暮れてしまうぞ」

「デモ、マダ宿モ取ッテナインデショ?」

「それもそうだな……よし、あそこのベンチでひと休みするぞ」

 そう言いながら坂春は再び「ぜえぜえ」と息を切らしながら歩き始める。

 少女は坂春の歩行に合わせながら、心配しながらも涼しげに歩いて行く。




 ふたりは道に設置されていたベンチに腰掛け、一息つく。

 その後、坂春はバックパックの中から水筒を取り出し、コップに麦茶を注ぎ、それをゆっくりと喉に通した。

 その間、少女はひとりで背伸びをしていた。


「お嬢さんは疲れないのか?」

 コップを片手に、坂春は少女に質問した。

「ウン、今マデモ疲レタコトナイ……坂春サンヲ見ルト苦シソウダケド、ソンナニ苦シイノ?」

「まあな。若いころはこの苦しさも場合によっては充実感に変わっていたが……この年になると、そう思わなくなったな」

「……サーフィンシテイル時ハ?」

「あれは別だ。サーフィンをしていると全身のアドレナリンがみなぎり、疲れを感じなくなるからな」

「ソレジャア、ギックリ腰ニナッタノハ?」

「それは疲れと関係ないだろう……」

 坂春は空のコップにおかわりの麦茶を足そうとした。


「こんにちは!」


 ふたりの目の前に、ランドセルを背負った女の子が現れた。ローブを着ている少女よりも背が低く、小学生だと思われる。


「……」

 ローブの少女は何も言わずに、ローブを抑えた。

「ああ、こんにちは。学校の帰りかな?」

 坂春は笑顔を作って話しかける。凶悪な顔に笑顔を作られると不気味なことこの上ないが、純粋な小学生は怖じることもなかった。

「うん! おじいさんはなにしているの?」

「世界を旅している者だ。今はちょっと休憩しているがな」

「そうなんだ。そっちのお姉ちゃんは?」

 純粋な瞳を避けるように、ローブの少女は顔を横に向けた。坂春は麦茶をコップに注ぎながら「まあまあ」と女の子を制する。

「この子はちょっと恥ずかしがり屋でな。そっとしてやってくれないか……ごくごく……」


「お姉ちゃん、変異体でしょ?」


「ぶっっ!!」「……!!」


 坂春は口に含んでいた麦茶をふきだした。

「……」

「お顔、みせてよ」 

 女の子は硬直しているローブの少女の顔をのぞく。




 フードの中にあったのは、青い触覚。本来ならば眼球があるべき場所から生えている。まぶたを閉じるとそれに合わせて収納され、まぶたを開けると出てくる。

 正真正銘の変異体……いわゆる化け物だ。




「その目、ちょうちょさんみたいでかわいい」

 女の子は変異体の少女を見つめ、かわいらしい声を出した。

「げほっげほっ…….お嬢、変異体が怖くないのか?」

 お嬢ちゃんとは、お嬢さんと呼ばれた変異体の少女ではなく、小学生の女の子のことを言っているのだろう。

「うん! 平気だよ!! でも他の人が見ると怖がっちゃうんだよね?」

「ああ、そのためにこの子は姿を隠していたんだが……どうしてわかった?」

「声でわかっちゃった! ぎっくりごしがどうとかって……」

「その時から聞かれたのか……」「オ話シニ夢中デ、気ヅカナカッタ……」

 同時に頭を抱えた坂春と変異体の少女をみて、女の子は首をかしげた。


「ねえ、おじいちゃんたちって、あっちの方向に向かっているの?」

 女の子は奥の道を指さした。

「ああ、それがどうかしたんだ?」

「向こうに橋があるんだけど……渡れなくなったってニュースでやってたよ」

「そうか……忠告ありがとう」

 坂春と少女は互いに顔を見合わせた。

「オジイサン……今日ハ野宿ニナルノ?」

「ああ、ここから戻っていては日が暮れるからな……」

「うーん……あ、そうだ!!」

 ふたりの会話を聞いていた女の子が、なにかをひらめいたように手をたたいた。


「あたしの家においでよ!! ここの近くなんだよ!」






 道から外れた木の間を、女の子は慣れた様子ですり抜けていく。

「ちょっと待ってくれんか……ぜえぜえ」

「ネエ、ドウシテコンナ道ヲ歩クノ?」

 変異体の少女に対して、女の子は「よくわからない」と答える。

「だけど、人目についちゃあいけないからって、おかあさんが言ってた」

「ぜえぜえ……だからってこんな道は勘弁だ……」




「ついたよ!」




 森に囲まれた家が、3人の前に現れた。

 ところところがボロボロで、その外見はまさしくお化け屋敷と言えるだろう。

 入り口の近くでは、畑があり……そこで白い何かが動いている。


「おかあさーん!! ただいまー!!」


 女の子はその白い何かに向かって声をかけた。

 まんじゅうにも見える白い何かはこちらを振り向くと、横に切れ込みが開き、歯を見せた。


「オヤマア……ビックリシタワア……男ノ人ノ隣ニ、変異体ノ女ノ子ガイルナンテ……」

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