第48話 女冒険者
ギルドの扉をくぐったときの男性冒険者の好奇の視線に二人は大きくため息をついた。ギルドに入るのは三度目とはいえ、毎度毎度この手の視線にさらされなければならないのかと思うと辟易とする。しかも、いつにもまして冒険者の数が多い。
飢饉の影響で魔物が増えているため、商人の行き来も減っていた。そのため、護衛任務も少なくなり、ギルドで燻っているのだろう。
ドンと、テーブルを叩く大きな音がして、そちらに目を向けると女性の冒険者が一人座っていた。真っ直ぐに伸ばしたブルネットの鋭い眼光の女戦士。キトリーとは違い槍ではなく剣を主武器として使っているらしいが、彼女の横に掛けられた得物は、彼女の身長と変わらないくらいの大剣である。魔物は大型のものも多いので、男性冒険者の中には大きな武器を得意とするものはいるが、筋力で劣る女性には珍しかった。
彼女に助けられたことに、軽い会釈で礼をするとカウンターへと足を運ぶ。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
カウンター席で対応をしてくれたのは、女性のスタッフだった。男性ばかりの冒険者ギルドにおいて女性のスタッフというのは一種の癒しにでもなっているのだろうかと不思議に思う。どう考えても、女性向の仕事とは思えない。
「ソールズベリーの領都から郵便の依頼を受けていますので、確認をお願いします。それと、これから王都へ向かいますので、郵便の依頼があればお引き受けいたします」
「かしこまりました。それでは、手紙と冒険者証の提示をお願いします。それから、郵便に関してですが、先日別の冒険者が引き受けてくださいましたので、現在はございません」
袋の中からエンデルシャイフ宛の手紙を取り出して、カウンターへと置くと女性スタッフはそれらを数える。キトリーとルーの身分証を確認して銀貨で支払いをしてくれる。身分証の裏には、特殊なインクで現在受けている依頼について書かれているため、運んでいる手紙の数も記載されている。万が一、紛失していてもすぐに気付かれるというものだ。
「それから、魔核の買い取りもお願いできますか」
「もちろん。大丈夫ですよ」
クラムジーとの遭遇の後、二度魔物との戦闘があった。魔物の数は通常よりも多いなか、二回の遭遇で済んだのは先行して進んでいる兵士たちのお陰だろう。魔物との戦闘はあったものの複数に取り囲まれるような事態にならなかったのが不幸中の幸いだった。少しずつだけど、キトリーの槍術も経験を積み重ねて向上していた。
カウンターに並べられる魔核を見て、受付スタッフの目が大きくなる。
「こちらはお二人で討伐されたのですか」
「ええ、キードからここまでの途中で遭遇した魔物です」
「ちなみに何が出たか、教えていただけますか?ご存知の通り、飢饉の影響で魔物の増殖が報告されています。国や公爵様の討伐部隊のお陰で、減ってきているとの話もありますが、どの程度の頻度で魔物が出たのか、こちらでも情報を集めておりますので」
「そういうことですか…えーと、クラムジー3体と赤いクラムジー1体、それからミルカジが2体、ホーグが8体ですね」
遭遇した魔物を思い出しながら、ルーが指折り数えていく。
「ハバクラムジーを倒されたのですか?」
「ハバ…クラムジー?」
「赤いクラムジーです。こちらの石はその魔核ですよね」
「はい」
そういって、彼女が指し示したのは深緑色をした魔核である。ホーグから取れた魔核は黒で、ミルカジの魔核は藍色、クラムジーから取れた魔核は紫色をしていた。魔物の強さによって、魔核の色が違うらしいことはキトリーも気付いていたけども、深緑の魔核はこの中では一番格が上のようだ。
「何か問題でも?」
「いいえ、冒険者証が見習いとなっていたので気になっただけです。あまり無茶な魔物狩りは控えてくださいね。それでは計算いたしますので、少々お待ちください」
そういって、魔核を種類ごとにまとめて秤に載せていく。キトリーたちに向かって、それぞれの魔核の格にあわせた掛け率を見せて、重さと計算した結果を指し示す。それによると、黒の魔核は1バイン=50リュート、紫の魔核は1バイン=100リュート、藍色の魔核は1バイン=200リュート、深緑色の魔核は1バイン=400リュートとなっていた。1バインはおおよそこぶし大くらいの石の大きさの重さに近く、魔核はそれぞれ魔物の大きさによってかなり違う。当然体の大きなクラムジーの魔核は大きい。深緑色の魔核も下から数えて4番目のものであるが、大きい分価値は高くなる。
「それでは、全部で2236リュートになります。ご確認ください」
「「え!」」
予想外の高額取引に驚いて声が出た。平民になる以前はギルドに出入りする人たちを仲介して取引をしていたため、本来の価値に気がついていなかった。もちろん、彼らには2~3割の手数料を払うというようにしていたわけだけども、この時になってようやく、騙されていたことに気がついたのだ。
人は見かけじゃ分からない。
高額で売れたことによるうれしさと、いままでの取引で騙されていたことの悲しさがあいまって何ともいえない表情でキトリーとルーは顔を見合わせた。
呆然としたまま、高価を巾着袋にしまいこみギルドを後にしようとする。
「ねえ、あんた達」
先ほど机を叩いて、ほかの冒険者を諌めてくれた女戦士に呼び止められた。
「私と組まない?ちょいと面白い仕事があるんだ」
飲みかけのジョッキをテーブルに置いて、キトリーたちの下へと近づいてくる。大剣持ちという前衛職にしては、軽装の鎧を身につけ、身長はキトリーと同じくらいと女性にしては大柄であるものの特別体格に恵まれているようではなかった。他の冒険者の視線が動向を伺うように注がれている。
「興味ないです」
キトリーとルーは顔を見合せると、相談するわけでもなく同時そう口にした。話も聞かずに断られると思わなかったのか、女戦士がきょとんとなる。
「それじゃあ」
話は終わったとばかりに、出て行こうとすると肩を掴んで止められた。見た目に反して力強いのは、さすが大きな剣を振り回すことだけはある。
「待ちなって」
「なんですか?」
「何ですか?じゃないんだよ。話くらい聞きな」
ぐるっと前に回りこまれ、出口への道を完全にふさがれた。酒焼けしたような掠れた声に、なんとなく田舎の女ヤンキーのようだと場違いな感想を抱く。めんどくさいのに捕まったかもとキトリーはため息をついた。ルーをかばうように前に出て、断りの話をする。
「話を聞いても無駄ですよ。私達、冒険者として仕事をするつもりは無いんで」
「は?」
「王都に行く用事があるので、ついでに郵便を請け負っただけです。ただの小遣い稼ぎ?みたいなもんです。じゃあ、そういう訳なんで道を開けてもらっても?」
「舐めてんのか?」
眉根を寄せて、ぐいっと一歩キトリーの顔を覗き込むように近づいた。
「魔物が増えてるっていってもね、クラムジーは普通沼から離れないんだよ。大体の出現場所も分かっているから、冒険者なりたての新人がよくやるんだよ、クラムジー狩りをね。あいつ等は弱い。でも、粋がった新人が逆にハバクラムジーに殺されるってのもよくある話さ」
「たまたま遭遇しただけなんだけど?」
投げた槍を取りに行ったら出会ったので、厳密には「たまたま遭遇した」とはいえない。でも初めて遭遇した時は、街道沿いに歩いていて襲われたのだから、沼から離れないはずはないとも思う。しかし、女戦士はキトリーの話に聞き耳を持とうとしない。
「はん。そんな嘘が通じるとでも?」
「嘘も何も、ホントなんだって。それに王都に用事があるから無理だから。そんなに仲間がほしいなら、そこにいくらでもいるでしょ。私達より経験も豊富だと思うよ」
「確かに腕だけなら、使えそうなのも何人かいるけどな。冒険向きのがいないのさ」
彼女のほかの冒険者を嘲笑するような物言いに色めき立つが、女冒険者はここでは有名人なのだろう。言い返そうというものは一人もいなかった。
「冒険者向き?」
「自分の腕以上のものへ挑戦するような気概さ」
「だから、たまたまなんだって。だいたい、クラムジーみたいなキモチワルイ魔物を誰が好き好んで狩るかって」
「どうかしら」
キトリーの意見に、コクコクと頷いているのは背後のルーだけではなかった。女戦士は目をすっと細めただけだったが、後ろの冒険者達の数人も同様に頷いていた。あれが気持ち悪いのは女性だけではないようだ。とにもかくにも、目の前の女戦士だけは分かってくれそうになかったが。
キトリーは大きくため息をつくと、さっきまで背後に庇っていたルーを前に差し出した。
「あのね、私はともかくとしてこの子が冒険者に見える?」
「ちょ、ちょっと、キトリー!?」
「私だって冒険に出ない日はおしゃれを楽しむこともあるさ」
「え?」
あまりにも堂々と嘯く女戦士に、間抜けな声が漏れる。彼女が休日にスカートを翻している姿は、どうあっても想像できない。似合う似合わないではなく想像ができない。彼女は自分の発言で少し騒がしくなる冒険者達をじろりと一睨みで黙らせると、再びキトリーたちに向き直った。
「私がおしゃれをするのがそんなに変かい?」
「いやいや、それはいいんだけど、この子は常にこの格好だからね。どう見ても冒険者らしくないでしょう」
「そんなに変ですか?これでも丈夫な生地のものを選んだんですが…」
「そういう問題じゃないから。スカート穿いた冒険者なんていないよ」
「で、でも、私は剣を持って戦うわけじゃありませんから」
「へぇ。嬢ちゃんは何ができるんだい?」
楽しそうに口角を上げて、挑発的な目で女戦士が見ると、ルーは胸を張ってドヤ顔で答える。
「魔法です!」
「ほぉ」
女戦士だけでなく、周囲からも感嘆の声が上がる。最初にギルドに加入した時に分かったことだけども、やはり魔法使いというのは稀有な存在らしい。だが、訂正の必要がある。
「勘違いさせて申し訳ないけど、この子は魔法の素養はあるけど攻撃魔法は一つも知らないから」
みんなに向かっての宣言と共に、ルーの耳元で黙っているようにと注意する。「なんでですかぁ」と抗議の声が上がるけど、さらりと聞き流す。せっかく、冒険者じゃないという話をしているところで、戦う力があると見せるのは本末転倒だ。
「どちらでもいいさ。魔法使いは貴重だからね。呪文一つ分くらい投資してもいい」
「投資って…いくら掛かるか分かってて言ってるの?」
「一番安い炎の矢で5000リュートくらいだったはずさ」
5000リュートといえば、キトリーたちが褒美としてもらった金額と同じであり、一般的な兵士の月収を上回る大金だ。それを、あっさり投資すると言える女戦士の財力は侮れない。安定収入のないその日暮らしの冒険者が、大金を持っているということは、それだけの実力を伴っているということの一つの証明でもある。このような大勢に聞かれても問題視しないくらいに、彼女は冒険者として本物なのだろう。
キトリーがそんなことを考えていると、全く関係ないところから声がかかった。
「差し出がましいかもしれませんが、冒険者登録しているルーラルさんでしたら、ある程度仕事をこなして、ギルドの信用を得れば、ギルドから紹介状を発行できますよ。先ほども出てきた最下級の炎の矢になりますが、魔法屋で、1000リュートで教えてもらえます。普通、冒険者になる前に習得しているので、あんまり使われるシステムでは在りませんが…」
「ホントですか!」
戦う力のないことを嘆いていたルーが明るい声を上げる。1000リュートであれば、何とか捻出できる金額だ。もちろん、現在星0個で、信用も何も無いキトリーたちには、今すぐにというわけにはいかないのだけれども。
「そんなことはどうでもいいさね。さあ、どうする?」
「はぁ。だから、仲間になるつもりはないって言ってるに、人の話を聞くつもりあるの?」
「何だって、そんなに嫌がる?新人の冒険者が実力に会わない敵と戦って命を落とすのは間々あることさ。あんたらには見込みがあるから、私が教えてやろうっていうんだ。悪い話じゃないだろ」
彼女の言うことは一理も二理もあるのかもしれない。魔物について詳しいことを知らなければ、簡単に命を落とすのはこれまでの僅かな経験からも明らかだ。クラムジーですら、弱点を知らなければあっさりと殺されていたかもしれないのだから。でも、それは、冒険者を目指しているのならという話である。
キトリーは、何度目になるか分からない大きなため息を吐いた。
話が通じない。
暖簾に腕押し、ぬかに釘、馬の耳に念仏。
「ルー。行こうか」
「でも…」
会話を打ち切ろうとするキトリーを止めようとするのを、首を振って黙らせるとルーの手を引いて歩き出す。会話が通じない相手を説得する必要は無いのだ。こういうときは無視するに限るのだが、それを良しとするほど女戦士は往生際がいいはずもなく、あっさり止められる。
「先輩の話は素直に聞くもんだよ」
剣呑な雰囲気をにじませて、女戦士がぎろりと睨みつける。死地を越えてきたものの見せる鋭い視線に、ルーが自分に向けられたものでもないのに、ひぃっと小さな悲鳴を上げる。突然、変わった空気に周囲の冒険者も僅かに腰を浮かせる。
「ちょ、ちょっと。ここでの喧嘩はご法度ですよ」
間の抜けたような明るい声で受付嬢が声を上げる。
「らしいよ。表に出ようか」
挑むような視線を返して、キトリーがドアの向こう側に目を向ける。
「くく、あんたは面白いな。まさか私に勝てるつもりなのかい?」
「さあ、やってみないとわからないと思うけど?」
「くく、いいねぇ。表は通行人が邪魔だ。裏の訓練所でやろう」
あごをくいっと動かして、キトリーたちが入ってきたのとは別のドアを指し示す。キトリーは知らなかったが、各ギルドには冒険者が訓練をできるようなスペースが設けられている。もっとも、律儀に素振りをするような冒険者は稀なので、ほとんど使われることはない。
「構わないけど、素手でもいい?私の武器は宿においてるから」
「そのほうが良いだろう。得物を持ったら怪我じゃすまないかもしれないからね」
楽しそうに笑みを浮かべる女戦士は獲物を狩る蛇のよう。彼女の放つ威圧感だけで、経験の浅い冒険者なら気を失っていることだろう。キトリーは表情に出すことなくプレッシャーを受け流す。
「先に行っててくれる?私はこの子と話があるから」
「くく、逃げようなんて考えるんじゃないよ」
そういうと、女戦士は彼女達に背を向けて歩き出した。扉を開けて訓練所へと進む。不安そうな顔でキトリーを見上げるルーを安心させるような笑みを浮かべると、顔を近づけて耳もとでささやく。
目を瞬くルーの肩に手を置くと、先に宿に戻っててと指示を出す。荒事の好きそうな、他の冒険者の半数は喧嘩を見ようとすでに訓練所に入り、残りの半数はキトリーが逃げ出すことのないように動向を伺っていた。女戦士の味方というわけでもないのだろうが、キトリーが逃げ出したら興ざめだと思っているのだろう。しかし、ルーが外に出ることを止めようとするものはなかった。
無事に外に出たことを確認すると、やれやれと肩を竦めて訓練所へと歩き出す。開け放たれたドアの向こうに、ストレッチをして準備をしているらしい女戦士の姿が見える。
「あんた、正気か?あの女は『白地図の冒険者』星五つの本物の冒険者だぜ。ハバクラムジー程度を倒せたからって見習いがどうにかできる相手じゃないぜ」
忠告とも取れる冒険者の言葉をキトリーは聞き流す。淡々とした様子で冒険者達の間を通り抜け、扉の手前まで足を運ぶと女戦士と目を合わせ、にこりと微笑んだ。その瞬間、キトリーはドアノブを叩き壊したうえで扉を勢いよく閉めると、後方に伸身宙返りを決め、着地と同時に正面にあったテーブルを押し付けドアを封鎖する。
「ごめんなさい」
ポケットの中の小銭を受付嬢に向かって投げつけると、突然の凶行に動揺するほかの冒険者を尻目に、とっととギルドから外に飛び出していく。その際にももちろんドアノブは叩き壊すおまけつきである。
キトリーは脱兎のごとく逃げ出した。キトリーは戦い好きというわけでもないし、勝てそうにもない相手に喧嘩を売るほどバカではないのだ。表に出ていれば、さっさと逃げ出していたわけだけど、まさか裏手に訓練場があるとは考えていなかった。しかし、女戦士が先に訓練場へと向かったことで、逃げる算段は整っていた。
すぐに女戦士は訓練場からギルドに戻り、外に飛び出してくるだろう。そのときにキトリーはすで雑踏の中に消えている。森の中で獣に気付かれない気配の消し方が出来るキトリーを追いかけるのは簡単なことではない。
あわてることなく人ごみの中に消えたキトリーが思うのは、ドアノブの修理費が足りただろうかと思いであり、女戦士のことはとっくに忘却していた。王都へ向かう彼女達が再び会うことはないだろう。
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