第46話 戦力の確認

 キードの街を出たのは、盗賊事件の翌々日となった。猛烈な強風と霰まじりの雨が降り、移動は難しいと判断したのだ。農民たちにほとんどの金品を奪われはしたけども、キトリーのナイフや槍が手元に残ったのは幸いと言えた。それすら奪われてしまっていたら、危険を伴う旅を続けるのは困難だったからだ。


 それでも、所持金が激減したのは痛かった。王都までの郵便で多少のお金は稼げる見込みはあるものの、残り半月近い旅を思えばもう少し増やしたいところである。


 あまり無理な戦闘行為は行いたくないけれども、手っ取り早いお金の稼ぎ方というのは魔物を退治して得られる魔核や、動物の毛皮のような素材しかない。森での生活や、魔物との戦いも多少経験をしているため、危険の見極めについてはいくらか自信はある。とはいえ、出来る限り危険は冒したくないというのもキトリーの本心だった。もう少し戦力が強化できれば良いのだけれどとキトリーは思う。


「ねえ、ルーの魔法について教えてもらってもいい」

「私もそんなに詳しくないはないですけど、何が知りたいんです?」


 次の街へと向かいながら、今更ながらの質問をする。昨日の雨のせいで、街道は少しぬかるんでいた。それでも、水はけが良いように、僅かに傾きが作られているのか水たまりになっているところはないので歩行には何も問題はない。


「魔物と戦うこと考えたら、もう少しルーの魔法も活用できないかなって。いろいろ試して、火の大きさとかは変えられるようになったでしょ。それと同じように遠くの相手に飛ばしたりできないのかなって」

「それは難しいと思います。火の大きさを変えるのは単純に、魔法を発動する前に多くのマナを精霊に渡せばできるんです。発動時間を長くするのも同じで発動句を唱えた後にマナを注ぎ続ければ、その分長い間燃焼させられます。でも、魔法を投げつけるための方法は別なんです。そのためには新しい詠唱句を教えてもらわないと」

「その、詠唱句って具体的になんなの?」

「私が使っているのは精霊魔法という魔法の一つの形態なんですが、太古の時代にエルフと精霊との間で契約が結ばれたのだそうです。その契約に従って、私たちは精霊にマナを与えて、その対価として様々な現象を起こしてもらっているそうです」

「エルフ?」

「キトリーは知りませんか?知恵の実を与えられて進化した私たちイム種という人族とは違い、神様が一から創り上げた人族といわれています。見た目はとてもよく似ているのですが、生まれた過程から全く別の生き物だとされています。ただ、人族であることに違いはないのか、太古の時代にお互いの血が混じったのだと伝えられています。稀にその血が濃く現れるものがあるそうです」

「先祖返りみたいなものか。つまりルーにはエルフの血が入ってるってこと」

「ええ。でも、たぶん、キトリーにもエルフの血は流れていると思いますよ。大昔の話ですからね、まったく純血のエルマイム人というのはいないのではないでしょうか」

「なるほどね。それで話を戻すけど、精霊魔法の詠唱句って具体的には」

「精霊の言葉だそうです。エルフは精霊言語も話せるという話ですが、残念ながら詠唱句の正確な意味は伝わっていないんです。或いはわざと伝承しないようにしていたのかは定かではありませんが…。それはともかく、詠唱句はまずは精霊への語りかけの言葉から始まり、太古の契約の言葉へと続き、精霊への頼みごとへと続くそうです。その肝心の頼みごとの部分が、引き起こされる現象に通じるので、その言葉を知らないことにはどうしようもないんです」

「つまり、誰かに教えてもらうしかない。魔法屋で買うしかないってことか」

「そういうことですね。すみません。戦力にならなくて」

「ううん。そんなこと無いよ。直接的な攻撃は出来なくても、使い方次第だと思う。ショルイドヴァとの戦いでも十分生かされていたでしょ」

「えへへ」


 ルーがうれしそうに笑みを見せる。どんなものであれ、使い方しだいなのだ。キトリーの空牙槍というスキルは一撃必殺の力を秘めている。それでも、キトリーが気にしてるのは、どれだけ強い力であっても武器を手放すという大きなマイナスがあることだ。はずせば終わり、あるいは敵が複数であれば使えないのだ。


 強い力を秘めていても使いどころが限られている。ルーの魔法も直接的な使い方が出来なくても、役に立てる方法はきっとある。戦闘に限らなければ、いつでも焚き火を熾せるというのは、旅のなかでは重宝されている。


「私のスキルもちょっと試してもいいかな。ギースに貰った槍は前のより重くなったし、全く試せてないからね」

「大丈夫だと思いますよ。スキルについては私も詳しくないですけど、魔法と同じで使えるようになれば、使えなくなることはないはずです」

「じゃあ、少し試してみますか」


 キトリーは街道の左手の方に体を向けた。

 街道は獣車が走りやすいように地面が固められている。そのため、多少泥濘があるといっても、表面に流れている砂が泥濘化しているだけで、深く沈むことは無かった。踏み込みはしっかりできるので、投槍にも悪くは無い。ただ、街道の外は泥濘や水溜りもありそうで、試すにしてはタイミングが悪かったかなと思うところもあった。


 しかし、戦力の確認は早いほうが良い。いまいる辺りは全体的に進行方向に向かって右側は下り坂の斜面となっているし、まだらな林も広がっている。左手は小高い丘となっていて、頂上より先は見えないが、キトリーが普通に射程距離としているのは最大で50トールほどなので、問題はなさそうだ。


 槍をもらってから数日、素振りを繰り返していたのである程度馴染んできている。兵士についていたときの遭遇戦でも十分な働きは出来たと思う。前に使っていたものより重くなったお陰で、振り下ろす力は格段に上がったと言える。もちろん、その反動で返しの刃を振り上げるのが辛いので、型を少しばかり工夫した。すべての動きが円でつながるように流れるような動きを意識して、単純な振り下ろしなどの攻撃のパターンを減らした。自分の筋力や体格に合った無理のない動きを意識する。


 キトリーは槍の重心をつかみ、腰を低く投げやすい姿勢にして足を前後に開く。右手に持った槍の切っ先は誰もいない丘の頂上辺りに狙いをつける。目標物がないというのは、初めてのことなので集中するのに時間がかかる。


 それでも、しばらくするとキトリーを赤いオーラが纏い始めた。固唾をのんで見守るルーまで緊張で体がこわばっているようだった。キトリーは徐々に高まりつつある力を感じ取り、一気に解放した。


 槍は上空をぐんぐんと進み、ぐんぐんと進み、消えた。


「キトリー?」


 二人してぽかんと口を開けて槍の消えた空を見上げる。昨日の嵐が嘘のように晴れ渡った青空に真っ赤な太陽がさんさんと輝いている。秋も深まり冬も近い時分、肌寒い風が吹く中、暖かな太陽がありがたい。でも、問題はそんなことではない。


「飛んだね」

「飛んだね。じゃないですよ。もう、キトリー何考えているんですか!」

「いや、なにって…」


 言葉を濁すキトリー自信も驚いていた。目標物がないために、とりあえず思い切り投げてみたのだが、予想を遥かに超えて飛んでいき、目視できないところに着地したらしい。おそらく200トールくらいは飛んだのではないだろうかと思う。予想の4倍も飛ぶなんて誰が考えるだろうか?


「とりあえず、取りに行こう」

「もしも人がいたら大変なことになりますよ」


 さすがに街道を外れたところに人がいるとは思えないけども、絶対にないとは言い切れない。槍を回収するために飛んでいったほうへと小走りで向かう。ばちゃばちゃと音を立てて、泥をはねながら、茶色い水滴が二人の足元を汚す。夏ならば芝生が生えている場所に違いないが、日照りの影響もあってほとんどが枯れて剥き出しの地面が見えている。


「伏せて」


 頂上までたどり着いたキトリーが鋭い声を発して、身をかがめる。遅れて付いてきていたルーが何事かと頭を下げつつ、キトリーへと追いついてくる。


 丘の向こう側をそっと覗き込むと、林の少し手前にキトリーの放った槍が深々と突き刺さっている。振り返って街道を見返せば、予想通り200トール以上は飛んだことになる。


-これはもう人間業じゃないね


 ため息を吐く。スキルを魔法の一種とはよく言ったものだとキトリーは納得した。肉体の力だけで出来る現象とは思えなかった。検証は後回しだ。今はそれどころではない。


「あれって…?」


 伏せるように言われたルーが、槍の向こう側のものに気付いて小さく悲鳴を上げる。

 丘を下った先にはまばらな林があり、その向こうには大きな水溜りか池らしきものが見えた。そこに、黒い巨大な塊があった。クラムジーと呼ばれる巨大なオタマジャクシ。先日の強盗たちが口にしていた沼地がここなのだろうかと一瞬頭をよぎる。でも、進む方向からそれは違うだろうと結論付ける。


 もっとも、そんなことは二人にとって問題ではない。キトリーの投げた槍に気付いたクラムジーが興味深そうに近づいている。見つからずに回収するのは無理だと思われた。農村の若者が倒しに行こうと考えるほど、魔物として強いわけではないけども、あの日の悲劇を思い出さずにいられない。


「ぬるぬるですね」

「ぬるぬるだね」


 武器もなしに街道を進むのは自殺行為だ。せめてお金があれば、安物を買いなおすこともできるけども、いまのキトリーたちにそんな余裕は1リュートもない。


-やるしかないか。


 はあ、と二人で大きなため息をついた。

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