第44話 冒険者登録

 カランカランと入り口の鈴を鳴らせて扉が開く。

 長身のスレンダーな赤毛の美人と、小柄な丸みの帯びた可愛らしい少女の二人組が冒険者ギルドに入ってきた。ギルドに併設されている酒場にいる男たちの視線が注がれる。


 見られることに慣れていないのか、背の低い少女がおびえたような顔を見せると、長身の彼女が守るように前へと一歩進み出る。冒険者というのは職業柄、戦闘行為を生業とするため筋骨隆々としていて纏っている気配も街を歩く平民とは一線を画している。


 危険な仕事であるために、基本的に男性の占める割合の多い職業だ。規律正しい軍人とは違い、一獲千金を夢見てギラギラとした目をしている。殺伐とした雰囲気は一歩間違えれば、犯罪者を前にしているような錯覚を覚えてしまうほどである。


 いままでに何度も魔核の売却をギルドで行っているものの、キトリーとルーの二人が冒険者ギルドを訪れるのは、初めてのことだった。オルドーという商人を助けた時には、護衛に魔核の売却を任せ、それ以降もギルドに出入りするものへと仲介を頼んでいた。当然そんな時には、話しかけやすいものを厳選していたので、荒くれ者の冒険者と直接的に対峙する機会はなかったのだ。


 不快な視線を受けながらも、二人はカウンターの方へと歩み寄っていく。そこには、草原に咲く一凛の花のように、にこやかな笑顔の女性が座っていた。このような場所で仕事をしていて怖くはないのだろうかと、心配してしまう。


「あの、冒険者の登録をしたいのですが…」

「かしこまりました。それでは、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いしたのですが、読み書きは出来ますか?」

「大丈夫です」

「それから身分証の提示をお願いします」


 新しく平民の身分となった薄桃色の宝石のはまった身分証をカウンターに置くと、ルーは登録用紙に目を通しながら、必要事項を記入していく。といっても、大したことはない。名前と生まれた年、出身地という、身分証にも記されているものと同じこと。


 それから、緊急連絡先のようなものの記入欄があった。仕事中に死亡した場合、遺品の届け先が必要ということだった。ただし、魔物に襲われて死んだ場合は遺品も何もないことが多い。そうした場合でも、依頼の未完了ということで死んだ可能性があることを、必要ならば家族へ連絡できるようにと言う配慮らしかった。


 ルーは一応、叔母さんの家を記載したもののキトリーには特にない。連絡先が貴族であることに、用紙を覗き込んでいた受付嬢の目が大きく開かれるが、プロとして口をつぐんでいた。しかし、その後に続いた項目には思わずと言う感じで声を発してしまう。


 登録用紙には、得意武器や経験を記入する欄がある。冒険者の中には元軍人など、ある程度の実力をもって転職するものも多い。その点、キトリーは槍を得意としているものの、基本的に我流であり、公式に評価の対象となるものはなにもない。それでも一応ルーに魔法の使用が可能なことと、キトリーに槍術の心得があり空牙槍というスキルが使えることを記載する。


「槍術スキル持ちに、魔法使いですか」


 受付嬢の小さな呟きに、聞き耳を立てていた冒険者たちがガタっと椅子を倒して立ち上がった。突如変わった雰囲気に、二人が背後を振り返る。


 スキルの習得は一種の憧れである。方法論は購入できるとは言え、習得の道のりは厳しいのだ。そのうえ、魔法使いはかなり希少な人材である。単純な攻撃力に換算すれば、兵士百人に相当する。パーティーに一人組み込むだけで戦術の幅が広くなるのは言うまでもない。


「ごめんなさい。びっくりして、声に出してしまいましたね。たぶん、登録の後、仲間にしたいというお誘いがあると思いますが、嫌なら嫌ときちんと断ってくださいね」

「はぁ」


 よくわからずに、あいまいに肯く。

 ルーは魔法が使えるといっても、攻撃力は無いのだ。キトリーはともかく自分を誘う理由がわからないとルーは不思議そうな顔をするが、言わなければ持っている呪文が焚き火一つとは分からないのだから仕方がない。暴動の中で、ルーの精霊魔法に周囲が驚いたように、知らなければ十分に脅威と見なされる。前回は危険と思われ、今回は多大な戦力と思われているとの違いはあるものの、魔法を使えるということはそれだけ人々への影響が多い。


 キトリーに初めて魔法を見せた時のルーのドヤ顔はある意味で正しかった。ほとんど驚かなかったのはキトリーの無知故なのだが、あるいはそこで、キトリーはルーのことを特別視しなかったことも二人にとっては幸いだったのかもしれない。


「それでは、一通り冒険者ギルドについてご説明いたしますね」


 ルーの記入した書類と、身分証を受け取った彼女が別のスタッフにそれらを渡して説明に入る。


「冒険者ギルドは、その名の通り、冒険者のための互助組織になります。具体的な仕事内容はそちらのボードに記載されている依頼書をご確認ください。依頼書には星の記載がありますから、ご自分の実力にあった依頼を受けるようにお願いします。星は0~10までの段階があります。お二人はまず見習いということで星0となります。星一つの仕事までなら受けられますので、5回ほど依頼をこなせば晴れて新人、星1つとなります。それ以降の星の授与に関しましては、依頼達成を繰り返し、信頼と実績を積み上げてください。それぞれの星の数に応じて、おおよその魔物討伐の目安のようなものがございます。例えば、星一つはシュゲール級とよばれ、シュゲールをお一人で討伐できる程度の力があることを意味します。星に対応する魔物のリストはそちらの壁に記載がありますので、ご参照ください。ここまでで何かご質問は?」

「いえ、続けてください」


 キトリーはちらりと壁の方を見たけども、依頼書を含めなんて書いてあるのかが全く読めない。神の家の孤児院を含め、読み書きを習うことはなかった。キトリーに限らず、平民の識字率はそれほど高くは無い。ソールズベリーへの行軍で農民の識字率について言及があったように、大きな都市に暮らすものは値札の数字を読むくらいは出来ても、それ以上の読み書きが出来るのは2割程度のものだ。近いうちにルーから読み書きを習った方が良いかもしれない。


「それから、基本的に星の数以上の依頼はこちらでお断りしていますが、依頼を受けずに魔物の討伐や森に入る方が後を絶たないのですが、自分の実力を踏まえて無謀な行いをしないようにお願いします」

「それって、意味があるんですか?もちろん、魔核の買い取りに関しては理解しているのですが」

「なぜ、冒険者と呼ぶがお分かりですか?」

「いえ」

「こちらをご覧ください」


 受付嬢がカウンターに置いたのはダダン王国の地図だ。文字の読めないキトリーでもそれは理解できた。地図に描かれた山や川、町の配置などをみれば旅をしてきたキトリーには、文字は読めなくてもおおよそのことは想像ができた。自分が住んでいたマライシンの森のあたりを見ると、そのほとんどのエリアが空白になっていた。


「冒険者の元々の起こりは、地図の空白部分を埋めることに始まったといわれています。未開の地を踏破することで、そこに自分の名前を刻むそれこそを誉と考えているのです。あるいは、誰も見たことのない場所に眠る財宝を狙って一獲千金を夢見ていたり」


 背後から「夢を見なくなった奴は冒険者なんかやめちまえ」そんな声が聞こえてくる。つまり白地図を埋めることが、彼らの目的ということ。しかし、誰も見たことのない場所というものは、当然危険度も未知数ということ。木乃伊取りが木乃伊になる。そんな冒険者が後を絶たないのだ。だが、かといって、得られるものもないかもしれない場所の調査に、莫大な予算を投じて国が軍を出すこともない。それゆえ、空白は長い年月埋められずに残っている。


 そんな夢物語だけで食べてはいけないので、依頼をこなし日銭を稼ぐ、あるいは森に入り、適当に魔物を狩って魔核を得る。ある程度まとまった準備ができれば、白地図に己の旗をたてに行く。


 といっても、そういう冒険者もいまとなっては数が少ない。過去の冒険者によって比較的安全な地域はすでに探索済みであり、それ以上ともなれば冒険者のランクで言うと星五つ以上なければ生きて変えられる保証はない。そして、星五つを越える冒険者など、一握りしか存在しないのだ。そういう彼らは、一介の冒険者と区別して『白地図の冒険者』と呼ばれている。


 だが、もちろんだが、二人が冒険者登録を行うのは『白地図の冒険者』への憧れなんて理由ではない。


「説明は以上になりますが、どうされますか。いつもなら、比較的安全な近くの森で薬草採取などをお勧めするのですが、ご存知のように飢饉の影響で魔物が多くあまりお勧めできませんので、街中の雑用から始めたほうがいいかもしれません。詳しくは依頼書をご確認ください」

「ありがとうございます。私たちも危険なことに手を出すつもりはないので、安心してください。請ける仕事は決めてますから」

「そうですか」

「はい、それで、手紙の依頼はありますか。私たちこれから王都へ向かうのですが…」

「なるほど、郵便ですね」


 受付嬢の顔がぱあっと明るくなる。無謀な冒険者を相手取る毎日のなか、分をわきまえた見習い冒険者というのは貴重である。受付という立場上、依頼の受理をして送り出した冒険者が帰ってこないという現状を憂いているのは彼女なのだ。


「もちろんございます。いまは状況が状況でしてなかなか引き受けてくださる方がいないので、結構溜まっています。しかし、大丈夫ですか。先ほど申し上げた通り、街道沿いも安全とは言えないのですが…」

「それに関しても、たぶん大丈夫です。領都に食料を届けてくださった兵たちの一団が明日の朝、王都へ向けて出発すると伺っています。そのあとをついていこうかと思っていますので」

「なるほど。なるほど。それは賢い選択ですね。では、こちらをどうぞ。ああ、それから冒険者証もできたみたいですね」


 大きな袋を一つと、二人の身分証と新しく発行された冒険者証がカウンターに置かれる。冒険者証は銀色のメタリックなプレートでできていて、登録ナンバーに名前と出身、それから冒険者証の発行元が記載されている。別の街で受けた依頼や結果についても、基本的に発行元で管理する仕組みになっているのだ。


 プレートの下部には10個の穴が開いていて、おそらくここに星の数に応じた石が填められていくのだろう。現在は石0個の見習いということだ。


 身分証もそうだが、簡単に偽造出来てしまえそうなほど単純なつくりである。ただ、プレートに書かれた文字は、魔核を利用した特殊なインクを用いていて、一般に出回っているものではないので、偽造はほぼ不可能だ。加えて冒険者証を偽造するメリットはない。仮に自分の実力に合っていない石をはめ込んで、能力以上の依頼を受けるたところで自分の首を絞めるだけである。


「袋の中には、途中の街への手紙も入っていますので、必ず冒険者ギルドに顔を出してください。規定で手紙一通につき、隣の町までで10リュート。ここから王都までの手紙は30リュートの支払いになりますので、各地でお受け取り下さい」

「なくした場合は?」

「もちろん、報酬はなくなりますし、お二人の今後の昇格審査にも影響があります。ですが、きちんとギルドへご報告ください。手紙の依頼人への連絡義務もございますので」

「わかりました」

「それでは、旅の安全をお祈りしています」


 袋をキトリーが受け取り、ギルドを出ようとする。

 すると、さっきまで様子をうかがっていた冒険者たちが、やっと終わったかという感じで話しかけてきた。


「魔法が使えるってのは本当かい。だったらうちのパーティに入らないか」

「スキル持ちって本当か?その若さで身につけたなんて嘘じゃないだろうな」

「影蠍ってパーティなんだが、入らないか?俺達は全員星4つなんだぜ」


 口々に誘いの言葉や、スキル持ちを疑う声が聞こえてキトリーはげんなりとする。聞き耳を立てていたのなら、王都へ向かうとわかっているだろうに、なんで無駄なことをするのかなと辟易とする。それに、ルーが正直に登録用紙に記入していたけども、そもそも特に書く必要はなかったんじゃないかと思いたかった。なにしろ、スキル持ちを申告したからと言って、登録証への反映はなにもなかったのだ。


「悪いけどその気はないんで」


 適当な断りをいれて、ルーの手を引き足早にギルドを出ていった。


「微々たるものかもしれませんが、これで少しは旅の資金になりそうですね」

「ルーが冒険者ギルドに行くって言った時は、何事かと思ったけどそういうことだったのね。手紙1通10リュートなら悪くないんじゃない。たぶん、100通くらいは入ってるよ。王都へ行くついでの仕事だから、デメリットは何もないしね」

「へええ、もっとほめてください」

「エライエライ」


 ルーの頭をなでなでする。


「でも、手紙が一般的にあるなんて驚いた。貴族とかそういう人たちだけだと思ってたから」

「そうですね。一般の方で読み書きできるのはそう多くないですからね。町の看板や値札程度の簡単なものでしたら、大体の方が読めますけど、それ以上は教育を受けているかによると思います」

「でも、手紙を出すって事は他所の街に知り合いがいるってことだよね?」

「結婚して違う街に嫁ぐということもありますね。生まれ育った町で一生過ごす方が多いのは間違いないと思いますが、王都のような街に出稼ぎに出る人もいますし、家業を継ぐ長男以外は、軍に入ったり、どこか違うところで仕事を見つけることもありますので」

「そういうものか」

「はい。それに、お手紙といっても、文字が書いてあるのは一部だと思いますよ」

「どういうこと?」

「先ほどもお話したように、読み書きができる人は多くありません。都市にでて、読み書きを習ったとしても、送る相手である家族が読めるとは限りませんから。そういった方々は、押し花を封書に入れているそうです」


 識字率の低さに合わせた独特なやり方を面白いなと思った。携帯でいつでも連絡が取れる世界では、味わうことのできない感動だろう。手元に届いた封書を開くと、一枚の花が入っている。家族の無事を知り、安堵する。押し花は家族の代わりのように、家のどこかに飾られて毎日それを眺めて過ごすのだ。そんなどこかの光景を思い描きキトリー温かい気持ちになる。


「それで無事であることをお互いに伝え合うそうです。また、出稼ぎに出ているものからは金貨や銀貨を忍ばせたりしているので、厳密にお手紙と言えるかどうかはわかりませんね」

「でも、金貨なんか入れてたら危険じゃない?」

「詳しくは知りませんが、そういう手紙はもう少し信用のある冒険者に任されるそうです。でも、そうですね。手紙をなくした場合に連絡が必要な点からしても、依頼人のことや手紙をきっちり管理してあるんだと思います。無事であることを伝える手紙が届かないのは家族を不安にさせますので、見習い冒険者でも受けられる簡単なお仕事のようで、その役割はとても大きいと思います」


 街から街へ移動するだけであれば、国の討伐部隊の定期巡回があれば、それほどの危険はない。二人の一か月にも及ぶマライシンの森から王都までの道程の中で、ルーが呼び出したガンダルロウを除けば、キールバーンの亜種と巨大なオタマジャクシ(あの後、クラムジ-という名前と判明した)の2回だけだ。前者に関しては、マティエスたちに任せてもよかったので、実質襲われたのは1回だけである。


 それを考えると、街から街への移動というのは思ったよりも危険度は低いのかもしれない。


「私も手紙が欲しいな」

「ふふ、読み書き教えましょうか?」

「ううん。そういう手紙じゃなくて、押し花のやつ。ああ、でも、読み書きも覚えたほうがいいみたいね」

「そうですね。知っていた方がいろいろと便利だと思います。それで、誰とやり取りするんですか?ギースさん?」

「ははっ、違うって」


 ルーが上げた名前に思わず噴出した。季節ごとに違う花を使った押し花の手紙が届くと言うのはとてもロマッチックな気がするのだ。定住していないキトリーに手紙のやり取りは無理だし、手紙を出したい相手も貰いたいのも、ルーくらいしか思いつかなかった。でも、それを口にするのは何となく恥ずかしくて笑ってごまかした。花を愛するルーなら、きっと色とりどりの花で手紙を彩ってくれそうだと夢想した。

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