第39話 作戦会議

 会議室代わりの食堂にキトリーたちは顔を出した。いつも通り、キトリーたちの泊まっている宿とは別の宿を貸しきっている。宿場の宿の格はどれもこれも同じようなものなので、二人の泊まっている宿とそれほど変わりは無い。




 食堂のテーブルに、マティエスとケーナを筆頭に、数人の男達が集まっていた。もちろん、ギースもいる。キトリーは一瞬目を合わせてしまい、すぐに目をそらした。

 非常に気まずい。


「あら、まあいいわ。そこに座りなさい」


 キトリーの姿に一瞬言葉を詰まらせながらも、ケーナがすぐに二人にイスを勧めた。唯一のチャンスを逃してキトリーは心の中で舌打ちする。逃げる口実を失った。影でこっそり、ルーがガッツポーズらしきものをするのを目の端に捕らえた。


-やっぱり、怒ってる


 キトリーたちが席に着いたところで、ケーナから事の次第が告げられる。明日からの行軍に関して、意見が割れているらしい。この宿場町から、ソールズベリー領の領都までは二日半の距離らしい。つまり、あと二つ宿場の町を経由すれば、明々後日の昼ごろには到着する予定ということだった。


 しかし、その道ではなく迂回路を通ろうという考えが出ている。真っ直ぐ進むのではなく北の山脈側から回り込むという案だ。道は険しくなる上に時間も掛かる。4日は余計に掛かるルートなのだ。


 なぜ、そんな道を選択するのかといえば、真っ直ぐ通るルートでは領都に詰め寄る農民の集団との衝突は避けられない。農民の数は5000にものぼり、とても100人程度の兵士で太刀打ちできる相手ではない。もちろん、領都の兵士の協力は得られるだろうけども、それでも人数には大きな開きがあることはどうしようもない事実だった。


 それならば、北側の迂回路を通った方がマティエスの身の安全は確保されるし、領都に食料を運び込むことが出来る。そういう考えだった。


 迂回路を推奨するのはケーナたちのものであり、反対しているのがギース達兵士達だ。ギース達は最近のジェスタたちとの遭遇により、食料の問題はすでに末期に達していると考えていた。そのため、出来る限りはやく食料を届けるべきと考えている。さらに、山脈側を通るルートは道も険しく、戦闘になったときの優位性が保てなくなるというものだった。


 ケーナたちは4日程度の遅れは問題ないと考えている。領民に確実に食料を届けるためには、農民との衝突は是が非でも避けたいとの考えだ。どちらの言い分もキトリーには正しく思えた。双方の意見を聞いたところで、ルーが疑問を投げかける。


「それは何が問題なんでしょうか?」

「あんた、バカでしょ。いまの説明を聞いて何で分からないの?」


 マティエスが呆れるようにため息をつき、ケーナが冷たい視線を送る。全員の視線を受けて、ルーがたじろいだ。横から見ていてもケーナの目は怖い。ルーが毎日のように、キトリーに泣きついていたけども、本当に視線で人を殺せるような冷たい目なのだと改めて理解する。


 その上で、それでも意見を口に出きるルーを尊敬した。たしかに、愚にもつかない意見でも出すことに意味があるといったのはキトリーだ。でも、あんな視線を投げられたら、次の場では萎縮して何もいえなくなる。彼女はそれでも意見と投じようと前向きにがんばっているのだ。それは、誰にでも出来ることではない。


「話はちゃんと理解してます。でも、何で農民と衝突したらダメなのでしょうか」

「やっぱり分かってないじゃない」

「いえ、そうではなくて…なんて言えばいいのか」


 困ったようにキトリーを振り返る。立派に彼女達と遣り合っているのかと思えば、こうして頼りにしようとする。そこがまだルーの弱いところなのだろう。もしかしたら、一緒にいないほうが、ルーは成長するのかもしれない。そんな考えがふと浮かんだ。だけど、とりあえずはキトリーに出来ることをする。隣に座るルーの手を握り、こちらを向かせた。


-エルク・ルシ・クルカ


 声を発さずに唇を動かす。それだけで、彼女に伝わった。落ち着きを取り戻して、ルーは大きく息を吸い込んだ。


「食料を届けたい領民というのは、農民の方も含まれているのですよね」

「当たり前でしょ。どちらかといえば、彼らのほうが金銭的に恵まれていない分、食料が回っていない可能性が高いわ」

「ですから、農民と衝突しそうになったら、戦うのではなく食料を渡せばいいのではないですか」

「は!馬鹿なことを言わないで。たとえ元々彼らのための食料だとしても、こちらから与えるのと、奪われるのでは意味合いが異なるでしょう。そんなことも理解できないの?」


 つまりはプライドの話ということかとキトリーは納得する。領主という立場のものが、領民に食料を分け与えるのと、農民に囲まれて力づくで奪われるのでは、結果は同じでも過程が違う。そうなれば、領主の立場というものがなくなってしまう。そんなことを許せば、領主の統治というものが成り立たなくなるのだ。あくまでも領主から分け与えなければならないのだ。


 そのために、わざわざ裏から領都に入り、門の前にいる彼らに分け与えようというのだ。


-めんどくさっ!


 キトリーの心の声を無視して会議は進む。


「それでは、食料を王都からみなさんのために運んできましたよ。と大々的に宣言していればいいのではないですか?」

「囲まれた状態で言っても説得力がないでしょ」

「白旗をあげ、横断幕か何かに文字を書いていればどうでしょうか?」

「はぁ。もう貴女と話をしていると疲れますわ。農民ごときが文字を読めるわけないでしょう。ケーナ、本当にこのバカを呼ぶ必要があったの?」

「お嬢様…」


 ルーの手が震えているのが伝わってきた。皆の前ということもあり、涙を流すことを必死に堪えているのだろう。人前で馬鹿にされ、扱き下ろされるのは筆舌に尽くしがたい屈辱だ。キトリーも自分のことのようにお腹の下にぐるぐると怒りが渦巻いていた。


「…の、農民の方だって、5000人もいるのでしょう。何人かはいるのではないでしょうか。村長などであれば、契約書などに目を通されることもあるのではないですか」

「可能性はあると思いますよ」


 ルーの必死の訴えに、ギースが賛同した。


「シグ、お前は農村の出だったよな。お前の村で文字の読み書きが出来るものはいたか?」


 会議に参加するわけではなく、壁際に護衛として待機していた男、ルーを呼びにきた男の一人に話しかけた。軍人になるものには色々いる。家を継ぐ長男以外は自分たちで仕事を掴み取るしかない。それは、商人であれ、職人であれ、農民でも同じだ。親から土地を譲ってもらえないのであれば、自分で土地を切り開くか他の道を探すしかない。ジグは後者を選んだのだろう。一歩前で出て発言する。


「いますよ。農民だってバカじゃありませんので」


 ギリギリ敬語を使っているけども、その声には怒気をにじませていた。ルーを馬鹿にした言葉でもあるが、マティエスの言葉は農民全体を貶めている。農村の出ということは、家族が農民ということなのだ。家族を馬鹿にされ、怒りを感じないはずはない。


「ジグ!」

「…申し訳ありません」


 ギースから強く名前を呼ばれて、素直を頭を下げて一歩下がる。


「マティエス様。大変申し訳ございません。このものには後で厳しく言って聞かせます」

「…まあ、いいわ」

「感謝いたします」


 ギースが頭を下げたことで、マティエスへと視線が注がれる。農民にも文字の読めるものがいるのであれば、どうするべきなのかと意見を待っていた。しかし、彼女はその先を続けることは出来なかった。


「そうね」


 しばらく成り行きを見守っていたケーナが初めて口を開いた。教育の一環として、マティエスに会議を進めさせていたのだろうが、実際に取り仕切っているのは彼女だというのは明らかだった。


「もとより裏から領都に入るという道にも問題はあった。万が一農民の耳に入れば、秘密裏に食料を運ぶことをよくは思わないでしょう。領主達だけに食料を回そうとしたと誤解を生みかねない懸念もあった。それを考えれば、正面から入るのが一番というのは分かってた。でも、ルーラルの策であれば、すべてが解決するというわけね。農民がこちらの意思を理解したうえで、襲い掛かってきたのなら言い訳も立つ。それではただの反逆であるし、我々が剣を向ける行いも正当化されるというわけね。手札の中では最良かもしれないわね」


 断言するようにケーナが言う一方で、ルーの目が泳いでいるのがキトリーには分かった。武力行使の正当化や、秘密裏の行動が起こす問題にまで、頭が回っていたわけではないのだろう。彼女は単純に農民のために持ってきた食料だから、素直に渡せばいいと考えただけなのだ。


「そう、ただのウツケじゃなかったのね」


 さっきまでの勢いをなくしてマティエスがそういうと、ルーは居たたまれなく逃げ出したいような顔になったが、賽はすでに投げられている。ランベルト・エディンバラの子孫としての役目を立派に果たしたのだ。

 会議の後、ルーがキトリーに泣きつくことになるのだが、それはまた別の話。


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