第37話 戦いの後

 キトリーが怪我人の治療をしている間に、戦闘はすべて終了した。治療といっても出来ることは限られている。擦り傷や切り傷に関しては、傷口を洗浄し赤い色をした軟膏のような薬を塗りつけて簡易的な包帯を巻くだけだ。それなりに傷の深いものもいたけども、縫い合わせるような道具はなくても、この世界では軟膏を塗るだけで、ほとんどの出血は防ぐことができた。


 数人骨折しているものもいたけども、出来るのは添え木をして固定するだけである。それだけのことといえ、兵士たちには深く感謝された。


「ご苦労だったな。まさか、傷の手当まで完璧にこなすとは思わなかった。感謝する」

「いえ、大したことではないので」


 キトリーとしては言葉通り大したことをしたという感覚はなかったので、完璧などと大層なことを言われて少し気恥ずかしくなる。


「ところで、魔物化した者たちはどうなるのでしょうか」

「可能なら家族の下に返したいと思うが、こうなってしまっては、生前の面影など残らんからな。この後、まとめて火葬にするつもりだ。身分証をつけていれば回収するし、彼らの着ている服やアクセサリーの類を集めて持ち帰るつもりだ。服に関しては、あまり見分けがつかないが、親しい者なら分かるかもしれないからな」


 ギースの言葉に応じるように、兵士達はジェスタの死体から衣類を剥いでいるところだった。裕福ではない農村の者達だからだろう、キトリーにはどれもこれも地味な色をした代わり映えのない服にしか見えなかった。しかし、何人かは木を削って作ったらしい何かの動物を象ったようなアクセサリーをつけているものもいたので、幾つかは家族の下へ戻せるかもしれないと期待が持てた。


 ただ、死体から服を剥ぎ取る兵士達をみてキトリーは大きく息を吐いた。死体に対する扱いが雑すぎる。ジェスタは確かに魔物かもしれない。でも、元人間なのだからと思わずにはいられない。服を剥ぐにしてももう少し気を使えないのだろうかと思う。ジェスタになれば人から姿を変えているとはいえ、明らかに女性らしきものもいるのだ。


「もう少し、丁寧に出来ないんですか。元人間なのに」

「ジェスタを人と思えば剣が鈍る。それゆえ、魔物として扱うように訓練された結果だ」

「言いたいことはわかるけど、戦いの後ですよ」

「そうか…我々軍人は少しばかり慣れすぎているのかもしれんな。慣れるというのも良いことばかりではないのだな。だが、そんな風に彼らのことを気遣ってやれる君のような存在が居てくれるのは、僅かではあるだろうが救いになるのだろう」

「…」


 人は普通一度しか死なない。でも、この世界では2度死ぬこともある。家族にとってみれば最悪の話だ。それも、場合によっては、自ら手を掛けなければならないこともあるのだから。軍人であるギースにはその経験があるのだろうか。そんなことをふと思った。でも、軽はずみに聞けることではない。


 慣れすぎている。


 そう口にするギースの顔は、平然というよりも何かを堪えているような顔をしていた。


 兵士たちの手で、死体は一箇所に集められ、魔法使いの手によって火が点された。もちろん魔法の火だけで焼き尽くすのは難しいのだろう、死体とともに兵士たちによって集められた大量の枯れ木が燃焼材となってくべられていた。皮肉にも干ばつの影響で、枯れた木はいくらでもあった。


 闇の中にキャンプファイヤーのように大きな炎が立ち上っているのをキトリーは、火葬場の煙突から上る煙を見ているような気分で眺めていた。。死体の片づけや、けが人の治療などに時間を割かれたため、この日はそのまま野営することとなった。マティエスたちの獣車だけは先行して、次の宿場町に入っていることだろう。ルーラルも本来なら、貴族の馬車に乗ることなど、許されることはないのだが、ケーナの口添えで彼らとともに護衛騎士の半分と共に安全圏へ移動した。


 二人の旅が開始してから、夜を別々に過ごすのは初めてのことだった。駄々をこねるルーを見送り、キトリーはギースたちと共に夕食を取っていた。倒したスピガネを捌いて丸焼きにしたことに驚愕していた。


「魔物って食べられるんですか!」

「食べたことないのか?」

「だって、魔物って死体ですよね」

「はは。一般的に口にするものではないし、兵たちの中にも忌避するものもいるが、普通の肉と変わりはないよ。確かに元々死体だといわれると不思議ではあるが、ほとんどの魔物は喰えるよ」


 ギースは焼きあがった肉を一欠けらキトリーに差し出すと、躊躇する彼女に見せ付けるように自分の手にある肉に大きくかぶりついた。それをみて、恐る恐るという感じでキトリーも肉に齧りつく。


 固い。


 ゴーマの肉を食べたこともあるけども、それよりもかなり筋張っている。確かに食べられるけども死臭のような腐った匂いではないが、獣臭さが鼻を突いた。これはだめだ。


「ちょっといい?」


 ギースの了解を取ると、キトリーはマライシンの森からずっと持ち歩いていた調味料セットを取り出して、塩のみで味付けされている肉に塗りつけた。森を出てかなりの時間がたっているため、あまり残っていなかったけども無いよりはマシだと思ったのだ。さらに、乾燥させた香草を焚き火の中に投げ込むと、白い煙が出てきて肉が燻される。獣車の左手には森が広がっているけれども、よく知らない場所では必要な木を見つけるのは容易ではないので諦めるしかなかった。残り少ない香草で燻せるのは、ほんの僅かな時間だったのであっという間に煙は無くなり普通の焚き火の炎となったところで、肉を一欠けら切り落とし口に運ぶ。


-多少マシになったかな?


 とても満足できるレベルではないけども、最初の状態よりはかなりいい。キトリーがうなずくのを待ってギースたちが肉に手を伸ばす。思い思いのサイズに切り裂き、ナイフに刺さった肉を豪快に頬張る。


「うまっ!」

「え、うそだろ。スピガネってこんな美味かったか!」


 口々に賞賛の声があがるけれども、キトリーとしては首を傾げてしまう。喜んでもらえたのはうれしいけれども、肉は硬いままだし、臭みだって残ってる。まあ、ジビエの独特の臭みが好きだという人もいるので、何ともいえないけども個人的には少し食べればもう良いかなというレベルだ。宿の食堂をいくつも経由しているので、この世界の人たちの味覚がキトリーと違うとは思えないから、普段はどんなものを食べているのかと兵士達の食生活が気になった。


「しかし、キトリー殿はすごいな。戦いの場では一騎当千の働きをし、怪我人の治療に、料理まで出来るのか!」

「ほめすぎですよ。大したことはしてませんって」


 ずっと続く兵士達のべた褒めにキトリーは顔が上気するのを感じる。キトリーはギース達マティエスの護衛騎士たちの残りとともに焚き火を囲んで座っていた。他の兵たちは、10人で構成されている小隊ごとに焚き火を囲んでいた。キトリーたちは普段宿を使っていたけども、これが彼らの日常なのだろう。


「たしかに、今日の戦いぶりはすごかったな。この前は、遠くから空牙槍で攻撃しただけだったが、当然ながら近接戦闘も出来るんだな。槍の基礎について隊長に聞いていたから、近接戦闘は苦手なのかと思っていたよ」

「得意というわけではないですよ。我流ですし」


 正直に答えているだけなのに、彼らには謙遜しているように捉えられたのか過剰な評価が下がる気配はなかった。それどころか、ギースが思いも寄らない提案をする。


「騎士になる気はないのか?」

「…私がですか?」

「ああ、十分に素養はあるさ。スピガネにしても、一般兵が3人で1頭倒すのがやっとというレベルの魔物だが、キトリーは、あっさり2頭も倒してしまうからな」

「あっさりじゃないですよ」

「でも、倒したんだろ」

「ええ、まあ。でも、ギースさんほどじゃないですよ。スピガネの首を一刀両断するなんて、次元が違いますよ」

「そりゃあ隊長は、上級騎士ですからね」


 そばかすの残る天然パーマの若い騎士が自分のことを自慢するようにいうと、ギースが苦笑する。聞きなれない言葉にキトリーが聞き返した。


「上級騎士?」


 待ってましたとばかりに天然パーマの騎士が説明をする。


「騎士になるにはいろんな素養が必要とされるんですが、技術面で言えば最低でもスキルを一つ以上習得していることが必要となるんです。一つのスキルを習得するだけでも大変なのに、上級騎士になるには、最低3つは必要なんですよ」

「でも、スキルってお金で買えるって聞いたけど」

「もちろん、そうですね。でも、魔法と違って、呪文を覚えればそれで完成ってわけじゃありません。お金でスキル習得の方法は教えてもらえますが、それを身につけられるかはまた別の話なんです」


 スキル習得の方法を学んだとしても、一つマスターするのに最低3年はかかるというのが常識だった。二兎を負うものは一兎も得ずと言うように、同時に二つも三つもスキルを習得しようとすれば、半端な形になり習得できないという。つまり、三つ以上のスキルを習得しているということは、単純に9年以上修練を続けていることになる。あくまでもセンスがあっての話である。


「ちなみに、隊長は4つのスキルを持っているんです」


 胸を張って若い騎士が言う横で、照れくさそうに笑うギースが可愛く見える。日中に見せる顔は護衛騎士の長として、またここにいる100人の兵士達をすべるものとして、真剣なものだった。町の外で完全に気を許すということはないけども、食事の時間まで肩に力を入れているわけではないようだ。


「すごいですね」

「俺の家は騎士の家系だからな、親から子へとスキルを継承してきたんだ。子供のころから叩き込まれて、やっと手に入れたってだけさ。自力で習得した君のほうがよほどすごい」

「そんなことないと思いますけど」


 ギースの剣術を目の当たりにした身としては、手放しでは喜べなかった。そもそも、キトリーのスキルはあくまでも狩猟のためのスキルであり、戦闘用ではない。言うなればキトリーは狩人でしかない。騎士とは根本が違うのだ。そんなことは口が裂けても言える雰囲気ではないが、みんなの賛美がすごくて申し訳ない気持ちになる。


 その後も、キトリーを交えた簡素な食事会は夜遅くまで続いた。今回同行している兵士はすべて男性だった。ギース達、マティエスの護衛にはリサという魔法使いがいるが、軍に所属する女性というのは圧倒的に少ないようで、キトリーのような若い女性がいれば、必然的に話は盛り上がる。


 皆が就寝したのは日が沈んで何時間も経った後だった。

 キトリーは昼間の戦闘の興奮と、抱き枕代わりのルーが居ないことでうまく寝付けなかった。リサを除けば回りが男性ばかりというのもあるのだろう。みなに気づかれないようにそっと立ち上がり、野営場所から少し離れた。


 スピガネが現れたほうには深い森が広がっている。

 闇の中にも濃いところもあれば、薄いところもある。半分ほどに欠けた月が出ているので、真っ暗というわけでもなかった。幹が見え、枝が見え、葉が見える。目が慣れていくと輪郭が徐々にハッキリしていく。キトリーの住んでいたマライシンの森とは雰囲気が違う。あの森は四季がハッキリとしていた。秋になれば赤や黄色に色めき立ち、冬になれば葉が落ちる。肌寒くなったこんな季節に大きな葉をつけたままの場所は近くには無かった。それに、森を出て一月以上経っていることを思えば、もっと冷え込みがあってもおかしくは無い。


-遠くまで来たんだな


 望郷を感じていることに驚いた。生きるのに必死だった、ただの森をこんな風に懐かしく思う日が来るとは思わなかったし、まだ、たった一ヶ月程度しか経っていないのかと思った。あの森での3年に比べると、この一ヶ月は実に濃厚な時間だったと思う。


「眠れないのか?」


 背後から声が掛かった。振り返るまでも無く、声でギースと分かる。


「ギースさんも?」

「いや、人の動く気配を感じて」

「ごめんなさい。起こしてしまったんですね」

「気にすることは無い。周囲へ警戒も仕事のうちだ」

「そのための見張りじゃないんですか」


 キトリーは振り返って、寝ずの番をする二人のほうに目をやった。


「確かに。だが、仕事柄な、気づいてしまうものだ」

「そういうものですか」

「そういうもんだ。ところで、聞いてもいいか?」

「どうぞ」

「あのお嬢さんと君の関係は?主従関係とも違って見える。君も変わっているが、彼女もただの娘とは思えない。貴族ではないのだろうが、仮にそうだといわれても納得できる気がする」


 着ている服を見れば、身分は分かる。だから、ルーが貴族とは思わなかったのだろう。でも、マティエスに仕えるギースになら、貴族らしい振る舞いというのも見慣れている。だからこそ、ルーの立ち振る舞いが貴族にも見えたのだろう。さらに、ケーナやマティエスとともにいることもあるのだろう。キトリーと違って戦力にすらならない彼女を連れて行く理由がないのだ。


「ただの友達ですよ。弟探しに少し力を貸しているだけです」


 嘘はついていない。キトリーとしても、どういう関係なのか答えにくいところがあった。護衛を頼まれたとはいえ、お金を貰っているわけではない。だから二人の間に主従の関係は無いので、キトリーとしては友達として手を貸しているという感覚が一番しっくりしている。


「友達か。確かにそういう風にも見えるが、いささか不思議でね。平民が旅をするというも稀な話であるし、君のように若い娘がどこで槍術を学んだのかというのも気になる。スキルについてまるで知らないようだから、騎士の家系というわけでもないのだろうし、冒険者でもないのだろう」

「ええ」

「すまんな。問い詰める気はないんだ」


 キトリーの表情を読み取り、ギースはかぶりを振るった。


「嫌になるな。言い訳に過ぎんが、これも職業病だろう。お嬢様の周りには良くも悪くも人が集まるからな。どうしても尋問のような真似をしてしまう」

「気にしてないですよ。でも、そんなに大切なら付いてなくてよかったのですか?」

「問題ない。副官のエクムントも腕は確かだ。それに、こっちには100人の兵がいるからな。100人を率いるには、エクムントにはまだ早い」


 そんな風に言うギースもまだまだ若そうだけどと、キトリーは思う。どう見ても20代半ばくらいにしか見えない。


「マティエス様とは長いんですか?」

「いや、そうでもないな。お嬢様の護衛の任に就いていたのはここ2年位だ」

「それまでは?」

「…」


 ギースは口を閉じるとマティエスのいる宿場町のほうに視線を向けたので、キトリーもつられるように街道の先を見た。ただの間を持たせるだけでの質問だったので、別に言いにくいことなら、いいですよ。と、キトリーが口を開きかけたところで、ギースが話し始めた。


「4年前にソールズベリー領で護衛として任を受けてからは、彼女の兄君に就いていた。だが、二年前、お嬢様の兄君が亡くなられたのだ」

「あの、そんな話を私にしてもいいんですか」

「公になっている事実だから特に問題は無い。ソールズベリーの領民なら誰でも知っている。だが、後継者である兄君の死で、いろいろと変わったのだ。本来、他領に嫁ぐ予定だったマティエス様が跡継ぎとなったために、あわてて教育が施されることになったからな」


 それゆえケーナという教育係が付けられたのだろうか。高飛車なマティエスが頭が上がらないというのが傍目にも分かったのだ。教育を受けることに、思うところはあれども受け入れているのだろう。


「大変そうですね」

「ああ、だからこそ、君のような人にも来てもらえれば助かるんだがな」

「まだ諦めてなかったんですか?」

「さっきのは騎士にならないかという誘いだが、これは単純に領主様に雇われないかという誘いだよ。ルーラル殿を弟のもとへ連れて行った後はどうするんだ?何かあてはあるのか?」

「ないですけど…」

「なら考えてみないか?」


 キトリーの目をじっと見据える。

 真剣なまなざし。声も固く、すこし緊張しているようにキトリーは感じた。


-まさかね?


「先のことは分かりません。弟探しも簡単に行きそうにもないですし…」


 微笑んで誤魔化す。ルーが弟と再会したあとのことは、王都につく少し前から度々頭をよぎっていた。でも、どうしたらいいのか答えは出ていなかった。ルー達が叔母さんの庇護下に入れば、卑人であるキトリーは邪魔になるだろうから、森に帰るという選択肢もある。でも、幾つかの街を巡ったことで、人の世界での生活にも魅力を覚えていた。


 ギースからの提案は素直にうれしかったが、普通に考えて無理なのだ。彼女はここを切り抜けられたとしても、卑人であるということは変わらない。軍人への道など初めからないのだ。


 そのまま、ギースといくらか話した後、二人は野営地へと戻った。

 今日の出来事は始まりに過ぎないのかもしれない。すでにソールズベリー領に入っている以上、飢饉が起こす二次災害が襲い掛かる可能性はあるので、いつまでも夜更かしするわけには行かない。万全の状態で戦えるように心身を整えるのも軍人の務めだとギースは言った。


 地面に横たわり、キトリーは自身の未来のことを考えながら眠りについた。


 

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