第36話 二次災害

 100人もの兵士に護衛されている獣車を襲おうなどという気概のある山賊などいるわけもなく、ソールズベリー領に入るまでの旅は順調に進んでいた。数日置きの会議でルーはコテンパにやられて半べそになって宿に帰ってきているけども、ケーナやマティエスに何を言われてもルーは常に新しい意見を口にすることを止めなかった。思った以上にタフな子だとキトリーは感心している。


 ブレインストーミングという手法も、ルーの先祖であるランベルト=エディンバラの考え出した方法ということで疑われながらも無下にはされなかった。それでも、新しい方法論を取り入れるのは簡単にはいかず、ルーが何か言うたびに冷たい視線と否定の言葉が投げつけられているらしい。


 二人はちょうどソールズベリー領に入ったばかりで、境界にある街エンデルシャイフを出てからしばらく経った頃だった。これまでに遭遇した魔物はガンダルロウが3頭だけと、拍子抜けするほど何事も起きなかった。だが、嵐の前の静けさとでもいうのか、危険は油断した頃に襲い掛かる。


 遠目には人にしか見えなかった。二足歩行の影が、数十の群れで平原を歩いて接近しているのが索敵 していた兵士により報告された。300トールほどの距離まで近づけば、人でないことは明らかだった、白目部分が赤く、額には複数本の角が生えている。だが、人に似た魔物ではなく、人を素体にした魔物だと分かりキトリーは奥歯を噛みしめた。魔物化するときに体が大型化したのだろう、サイズのあっていない破れかけた服が魔物の体を覆っていた。


「あれって人なんだよね」


 キトリーの質問を受け流し、ギースは兵たちへと指示を飛ばす。20ほどの兵士を獣車の護衛に残し、80の兵士が獣車の右側に整列すると、人型の魔物-ジェスタへと剣や槍、弓の切っ先を向けた。


 人々の身構える中、何の指示も出されていないキトリーは、最初の約束通りギースのそばにいた。指示を出し終えたギースがキトリーへと向き直る。


「その通りだ。ここからは想像だが、おそらく飢饉のせいだろう。領主と農民との間で諍いが起きているせいで、十分な支援を受けられなかったのだろう。町から離れている農村もある。そういった村で餓死者が発生したとしても、周囲に人がいれば、すぐに手厚く葬られただろう。しかし、いま多くの村民は領都に集まっている。人知れず亡くなるものがいるのかもしれない」

「…それで、あの人数に?」


 目の前の群れは一人や二人ではない。30人以上の集団だった。


「初めに魔物化したのが、ただの一人でも他の村人を襲う。そうして出来上がった死体がまた魔物と化す。普通はそうなる前に駆逐される。だが、男手が出払っているというタイミングの悪さが、負の連鎖を起こしたのかもしれん」

「でも、魔物化するには時間がかかるよね。町や村はドルマの薄いところにあるわけだし」

「魔物に襲われて死んだ場合、魔物の牙や爪からドルマがある程度直接入り込むと考えられている」


 ギースの口調は無念に彩られている。こういう悲劇を起こさないためにも、彼らは王都に救援を頼みにやってきたのだ。領兵と農民との戦いが起こったわけではない。だが、結果的に言えば、農民側に犠牲者が出たのだ。


 キトリーは古いゾンビ映画を思い出した。

 ウイルス感染とは違うけども、ゾンビに食われた人がゾンビとなり、人々とゾンビの生存をかけた戦いをするという類のB級映画。背中がゾクりとした。ゾンビ物はどちらかといえば、コメディタッチに描かれることも多い題材だが、実際に目の前にあれば、笑えない。何より一番の恐怖は、目の前の魔物が元人間ということなのだ。


 倒せという指示が下されていないことを感謝した。体が大きくなった分、筋力が増幅して人よりも戦闘力は増しているとは思うが、キトリーはそれほど脅威とは思っていなかった。ただ、元人間である彼らに槍を向けるのは気が咎めた。


 そうこうしている間にも、ジェスタの群れはどんどんと近づいてきた。ギースの命令で、まずは弓で遠距離から攻撃が放たれる。弓を持つのは30ほど。専門職というわけではないのだろうが、こういった場での弓の攻撃は点ではなく面の攻撃となる。30本ほどの矢が空より降り注げば、何本かは刺さる。


 弓とほぼ同時に、もう一つの攻撃が文字通り火を吹いた。

 青キールバーン戦では、氷塊を撃っていた魔法使いが火の球をジェスタに向けて放たれた。バレーボールくらいのサイズの火球が5個飛んでいき、ジェスタを火だるまにする。それだけで、ジェスタは崩れ落ちた。


 連続して魔法が使えるのなら、それだけで充分と思える威力であったが魔法は連撃には向いていない。詠唱に多大な時間がかかるのが、威力の大きさに対するデメリットだろう。魔法使いは次の詠唱に入っているけども、再び火球を放てるころにはジェスタの群れは、兵士達に届いている。


 弓を打ち尽くした兵に、ギースは突撃の指令を出した。魔法で撃退できたのが5体、弓矢はダメージを与えているが、殺せたのはたったの1体だけだ。数の理はこちらにあるが、ジェスタのほうが体つきが大きく、単純な力は上。


 剣や槍を構えて、三対一であたるようにして突撃する。元人間のため知恵も回る。木の棒などの簡単な武器を手にしているものもいた。


「キトリー、ついてこい」


 戦場を眺めていたキトリーをギースが呼んだ。

 街道に列を成す獣車、先頭と最後尾ではかなりの距離がある。進行方向右手にジェスタの群れと戦闘中の兵がいるが、左手は手薄だった。各獣車を守るために兵を残していたが、そのうちの一つ向かって別の魔物が接近していた。


 キトリーはちらりとルーの方を確認すると、震えながらマティエスのいる獣車の縁を掴んでいた。車内にはマティエスも乗っているため、周囲は6人の騎士で固めているので、あの場に居ればおそらく問題ないだろう。


 魔物が共闘することは基本的にない。格の高い魔物が、下等な魔物を隷属することはあるが、スピガネとジェスタにそのような関係はなく、挟撃を受けたのはただ運が悪かっただけだろう。襲ってきているのはスピガネと呼ばれるゴーマを素体とする魔物。ゴーマは美味しいミルクが出るため、家畜としても飼われている温厚な獣だ。見た目はヤギに近く、大きな角がある。角も家畜としてなら問題は無いが、魔物化すると厄介極まりない相手となる。しかも、魔物化してスピガネとなると牛のように体つきが大きくなる。


 それが、群れを成していた。考えてみれば当然のことだった。干ばつの影響が人にだけ、現れるというわけがない。森の動物たちもその影響は受ける。当然、このような事態に対処できるように、領主や国王は軍を派遣してあるのだが、それですべての魔物化した生き物を駆逐できるはずもない。


「スピガネとの戦闘経験は?」

「ありません」

「連中は角を生かした突進をしてくる。正面には気をつけろ。それから、獣車にもだ。大事な食料を落とすわけにはいかん」


-無茶を言うな。


 スピガネは全部で11頭。

 こちらは周辺警戒の人員を残し18人。数では勝っている。でも、獣車を守るなら突進を横に躱すわけにもいかない。それで、どう戦えというのだろうか。疑問を頭の中から無理矢理押し出すと、目の前の敵へと意識を集中させる。前よりほんの少し重心を低くした新しい構え、旅の間ギースからほんのわずかだが手ほどきを受けていた。


「連携は考えなくていい。目の前の一頭に集中しろ」


 いうや否や、ギースが飛び出した。突進してくるスピガネを横に躱し、通り抜けざまに剣で首を切り落とす。頭がごろりと転がった。そこへ別のスピガネが突っ込んでくるので、ギースは大きく飛びのいた。


-強い。


 一人でも全頭と戦えるのではないかと思うほどの華麗な一撃だった。キトリーが腕を回しても届かないほど太い首を一刀のもとに切り伏せるギースの腕は相当なものだ。赤色のオーラが出ていないことからも、特にスキルのような力を使っているわけではないのだろう。


 キトリーは自分の方に向かってくるスピガネへと視線をあわせた。同じようには出来ない。でも、やり方は真似られる。突進してくるスピガネを、闘牛士のようにひらりと躱し、槍を振り下ろす。肉を切り裂く確かな手ごたえが腕に返ってくる。


 黄緑色の体液を噴出させ、スピガネは倒れこんだ。ギースのように首を切り落とすことは出来なくても、傷は深く頸動脈を切り裂いていた。魔獣といえども、不思議なことに生き物と急所を同じくしている。


 キトリーは確かな手ごたえを覚え、別の一頭に向き直る。突撃を交わし、斬撃を叩き込む。しかし、一度目と違いスピガネが首をひねった。横に突き出るよに伸びた角がキトリーの槍をはじく。


 体を翻して頭を突き上げるようにしてキトリーに襲い掛かる。突進の勢いはないので、そのまま迎え撃った。額の中心を石突で強かに打ち付けると金属同士がぶつかったような甲高い音が響いた。


 通常のゴーマでも、額の骨は分厚く固い。それが、魔獣化することで鉄と同程度の強固さを手に入れていた。キトリーは一歩下がると、スピガネの眼球めがけて槍を突き出した。だが、首を振ったスピガネに易々とはじかれる。更に首を振り回しながらキトリーに向かって駆け出した。


 一気にトップスピードに乗って突進するスピガネをぎりぎりで躱す。

 体を回転させ、振り向きざまに槍を大きく薙いだ。刃先がスピガネのでん部を大きく切り裂く。


「ぶおぉ」


 スピガネの野太い悲鳴。

 キトリーはすぐさま追撃を行う。スピガネが体の向きを返し終わる前に、連続して突きを繰り出し、胴体に複数の穴をあける。正面に向き直った時には、上から振り下ろしの斬撃を叩き込む。角で刃が受け止められると、反転して石突で鼻先を強打する。


 鼻骨も固く砕くことはできなかった。

 だが、鼻先への一撃はスピガネを怯ませた。瞬間、スピガネの前からキトリーは消える。目の前で深く体を落としたキトリーが腰のナイフを逆手に持ってクルリと回った。首の下を深々と切り裂かれ、致命の一撃となる。


 足の上に落とした槍を跳ね上げて再び手にすると、次の敵を求めて周囲に目をやった。残りは5頭。兵士達とすべて戦闘中だった。ギースが最初に言ったように、彼らは連携して戦うことになれているらしく、キトリーが飛び込むのはいたずらに場を乱す行為だと理解する。大きく息を吐くと、右太ももの古傷をなぞり周囲の警戒に移る。


 ルーたちのいる先頭車から最後尾まで問題はなさそうに見えた。獣車の隙間から見えるジェスタの群れも、そのほとんどが倒れ伏しているのが見えた。何名かの兵士は怪我を負って、戦場から少し距離を取っていたが兵士達の被害はそれだけのようだった。


 キトリーはこの場での手伝いは不要だと判断すると、怪我人の治療をするべく彼らの元へと移動を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る