第34話 干ばつの影響
その日の夜、王都の隣の宿場グンゼにたどり着いた。本来シンドラ車であれば、宿場町を経由せずにちゃんとした宿のある町までたどり着くこともできるのだが、グルゥ車が一緒のためゆっくりとした行軍を余儀なくされていた。
宿場町には公爵家が泊まれるような立派な宿は無いため、公爵家という肩書きを前面に押し出し宿場町で一番の宿を無理矢理貸切としていた。もちろん、すでに泊まっている宿泊客は追い出した上で。
100人もいる兵たちが泊まれる宿はないので、彼らは町の外で野営をしている。キトリーとルーに関しては、本来の奴隷という立場を公にするわけにもいかないため、二人は自腹で別の宿に部屋を取っていた。
キトリーとルーは食事を終えると、いままの旅と同じようにベッドの上で足のマッサージをしている。残念なことに、昼休憩もこの日は別々だったため、二人が一緒になるのは朝に王都を出発して以来である。
「なんだか納得いかないです」
「なにが?」
「だって、キトリーは全然寂しそうじゃないんですもん。私はキトリーがいなくてどれほど心細かったのかわかってますか」
「えっと…?」
意味がわからず首を傾げる。離れていたのはたった一日で、しかも、多少の距離はあっても、ギースが部隊長である以上、公爵令嬢であるマティエスの獣車の近くにはいた。つまり、お互いの姿はずっと見えていたのだ。
突然、足裏のツボをぐりぐりと力強く抑えられた。
「いたっ」
「キトリーはいいですよ。キトリーはギースさんと楽しくおしゃべりしていたみたいですし、なんだか盛り上がってたみたいですからね」
「えっと、わたしがギースと喋っていたのがダメなの?」
確かにギースとの話は楽しかった。キトリーの知らない世界について教えてくれたし、何より話の上手な男だった。
-もしかして、嫉妬している?
実に子供っぽい思考だし、二人の関係は短いけれども、毎日一緒にいたため濃厚だった。そういう環境の中で過分に慕っているキトリーが別のだれかと仲良くしているのが許せないとかそういうことなのだろうか。
-幼稚園児か!?
以前に、小学生認定していた認識を改める。まるで理解していない様子にルーは、むきーっと顔を真っ赤にする。
「そんなんじゃありません。わかりませんか?キトリーがギースさんと一緒だったように、私はケーナさんと一緒だったんですよ」
「それはつまり…?」
「だって、だって、あの人の目怖いじゃないですか。そんな目で一日中見られて、よくわかんない話を聞かされて、私がそんな目に遭っているっていうのに、キトリーはのんきにギースとおしゃべりして…」
ギースさんからさんずけが無くなっていることにキトリーは気づいた。怒りの矛先がどこかおかしい。
-まったく、この子は。
マッサージ中の足を脇に寄せる、一歩近づき頭をポンポンとして、ルーをぎゅっと抱きしめた。大人びた態度を取ることもあれば、どうしようもないほど子供のようにもなる。
「ごめんね」
「うぅ。キトリーはずるいです」
そんな風に言いながらも、ルーの表情がこわばった表情が蕩けるように和らいでいく。
「ずるいです」
「じゃあ、止めようか」
「もう、本当にキトリーはずるいです」
胸に頭をぐりぐりと押し付けて、幼子のように甘えるルーをキトリーは優しく受け入れる。こんなに子供みたいなのに、弟のことを話すときはお姉さんらしくなるし、マティエスと話すときなどは貴族らしい態度を取る。オンとオフの切り替えが出来ているとも言えるし、自分にだけ素を出してくれると思えばうれしいのだけれども弟を見つけた後ちゃんとやれるのか不安になる。
「それで、話は聞けたの?」
落ち着いてきたところで、肝心の話を持ち出した。キトリーもルーも出発時間と場所を聞かされただけで、彼らの目的については何も知らされてなかった。
「ええ、それは…」
ケーナとの一日で教えてもらった情報を共有する。
ルーが以前に話した通り、事の発端はソールズベリー領全体における大干ばつである。そして、問題は農民に課せられる納税の義務が干ばつの影響で不作であるにもかかわらず変わらないことにある。
加えてダダン王国では、農家の収穫物をいったん国がすべてを買い上げるというシステムを取っている。買い取った農作物の10パーセントを税金として徴収し、残りを農民へと返却する。買い上げた農作物は商社へと下ろされて、市場に戻されることになっている。
もちろん、物理的に農作物が農家から国家、国家から商人へと移動するわけではなく間に入る商人が税金を納めるシステムになっている。元々はすべての人に平等に食料が渡るようにするために作られたシステムであるが、現在では弊害の方が大きくなっている。
農家は収穫物を収めることを拒絶した。僅かなお金にしかならないのなら、手元に残して自分たちの食料にした方がいいと考えたのだが、それでは農民以外の領民の生活が困窮してしまう。商人を介しての買い上げが無理だと分かると、領主は商人の買い上げに領兵を貸し出し強制的な回収を断行した。
そこで、農村と領兵との衝突が起こったが、武装した兵士に抵抗できるはずもなく各農村から収穫物は回収された。もちろん、対価は支払われたのだが、冬を越すのに十分とは言えない額。不作の年では、農作物の高騰も予想される中での、いつもどおりの買取価格という微々たる収入に農民は激怒した。
5千人に達した農民の集団がクワやスキを手に立ち上がり、ソールズベリー領の領都の外門に詰め寄った。
数が多くても所詮は農民、兵士が本気で相手をすれば、簡単に蹴散らすことはできる。だが、領都で抱える常備の兵士の数は千人程度と実は少ない。ソールズベリー領の兵士はそのほとんどを、帝国との国境にある砦につめているし、それ以外にも領内の安全を守るために魔物の討伐隊が編成されて外に出ている。
休戦協定があるとはいえ、砦を空にするわけにもいかず、それ以上の人員を割くことはできなかった。もちろん、千人程の兵士でも、農民相手なら十二分に機能する。だが、人数比があるなかで、武力衝突を行えば双方に血が流されることは目に見えていた。
商人の獣車を襲う山賊と同じ理論。数でもって戦う気を削がせるのが、血を流さずに済む唯一の手段だと考えた。砦からも、魔物討伐部隊からも兵士を戻せないため、領主は王国の兵を借り受けようとした。王都には3万人の常駐している兵がいる。そのうち5千でも、借りることが出来れば、農民との戦いは血を見ることなく終結する。人数比がほぼ同じなら、武装した兵士の方が圧倒的である。
しかし、ソールズベリー公爵の考えを国王はあっさりと拒否した。モート帝国が攻めてきたときも、お金で周辺諸国から塩を集め、流血を避けての解決を試みた現国王は、平和的手段を第一としていた。それは公爵にとっては誤算だったのだろう。戦争以外にも問題を抱えていた時節ゆえに、平和的手段をとったと解釈していたし、5千の兵を借りることができれば、農民との衝突を避けられるので結果的に言えば、これも一種の平和的解決法だと思っていたのだ。
原因が食糧不足であるなら、食料で解決できるという考えの元、地方から集まってきている王都の食糧庫を開けたのだ。それが、連なる獣車の正体だった。大量の麦、米、芋を筆頭に様々な食材が積み込まれた。100人ほどの兵士は食料が無事にソールズベリー領へ運ぶための護衛であり、農民への牽制ではないのだ。
「話を聞く限り、私たちの出番はなさそうだけど…?」
「私もそう思います。でも、ケーナさんはそんな風には考えていないみたいです。王都からの援助物資も、領民すべてを賄うには足りてるとは思えません。もちろん、第二陣、第三陣と用意されているようですけれども、農民の怒りは高まっていて、今回用意できた食料だけで沈静化するとは思えないそうです」
「それはちょっと困ったね。彼らの気持ちも分からなくはないし、魔物はともかく農民たち相手に槍を振るうのは嫌だな」
「そうですよね。キトリーは軍人じゃないですし。私もそんなこと望みません。この状況でどう役に立てばいいか分かんないです」
「意見を求められてるの?」
「はい。今日は状況を説明したから、明日、次の街についたら一度会議をするそうです。それまでに、何か考えておくように言われました。でも、さっぱりです」
「まあ、何か思いついたことを言えばいいんじゃないかな」
「だーかーらー、キトリーはいつも簡単に言い過ぎです!」
ルーが口をとがらせて抗議する。
キトリーも戦争に参加したことはあっても、所詮は一兵卒、しかも軍医だった。戦争における作戦立案などに参加したことはない。軍事活動に関して言えば完全に門外漢である。過去の経験に照らし合わせれば言えることもあるけども、すぐに言葉が出てこなかったのは、ルーに必要以上にアドバイスをすることへの躊躇いがあったからだ。
キトリーが優れた人間だと誤解させることにつながるのが怖かった。一度それで失敗しているだけに、二の足を踏んだのだ。
どうすべきだろうかとキトリーは思案する。
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